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2017年12月17日日曜日

金融検査マニュアルの廃止

金融庁が検査のために使う金融検査マニュアルを2018年度末に廃止するという発表を行いました。1999年に金融検査マニュアルを作るときには監査法人からも人を出して手伝いました。日銀出身のK氏(その後逮捕された方)が「新しい金融検査と内部監査改訂金融検査マニュアルの読み方」という本を出され、どこの銀行の内部監査(検査)部門に行ってもこの本が置いてありました。その後、証券、保険向けの検査マニュアルも順次公表されました。

検査マニュアルは、そもそも金融庁の検査官が検査をするときに使うものです。それを公表することは、検査の手の内を明かすことになりますので、本来はしてはいけないことです。監査法人は、各法人の監査マニュアルや監査手続書(これは監査先ごとに作成します)を監査先に公開するようなことはしません。

金融庁は、むしろ公表するために検査マニュアルを作成したと言った方が良いと思います。これは、銀行などの内部統制の整備運用の指針を与えることを目的としていたと思います。これまで銀行などはこの検査マニュアルを指針として内部統制の整備運用をしてきたということが言えます。

英米の銀行監督機関では、1990年代の後半から検査マニュアルを公表するようになりました。我が国の金融庁ではこれに見習って検査マニュアルを作成して公表したのだと思います。

今回の検査マニュアル廃止の決定は、欧米の監督機関による廃止の方向に習ったのかと思いましたが、どうもそうではなさそうです。米国のFDIC(預金保険機構)OCC(銀行監督機関)は、従来どおり検査マニュアル(examination manual)をウェブサイトに公表しています。

金融庁の森長官は、大きな改革を実施中ですが、その一環として検査局を監督局に集約するということも公表しました。これで検査がなくなるということではありませんが、「対話」を重視した検査になるということなのだそうです。検査マニュアルに対応しておけばよいという考え方から、自分の頭で考えてリスク管理をするという考え方に変えてもらおうということだと思います。

これによって、金融庁任せでなく、独自の内部統制(その前提となるリスク管理)の整備運用することが求められることから、各金融機関の責任が重くなるということも言えます。実は、そうなると金融庁の検査官の検査にも高度な技能が求められるようになります。

2017年12月12日火曜日

三菱グループの取締役選任議案に三菱UFJ信託が反対

三菱UFJ信託銀行は、三菱自動車の取締役選任議案の一部に反対投票をしたそうです。信託銀行は株主総会議案への賛否を公開することにしました。その中で、三菱自動車の取締役として、三菱重工社長の宮永俊一氏と三菱商事会長の小林健氏を選任する議案に対して、三菱UFJ信託銀行が反対したそうです。

同じ三菱グループのことですので、グループの会社の社長や会長に取締役になっておいてもらった方がよいのではないか、とも考えられます。そもそも三菱グループの信託銀行が三菱自動車の議案に反対するというのはなぜだろう、と思う人も多いかもしれません。

三菱UFJ信託は、三菱自動車の証券代行業務(株主名簿を維持したり、総会小通通知を送ったり、株主に配当を払ったりする業務)も行なっているはずです。要するに三菱自動車は三菱UFJ信託銀行のお客様でもあります。そのお客様の取締役に三菱グループの人たちがなるのに反対した、ということです。なんだかヘンです。

信託銀行は、投資信託や企業年金の投資先の株式を受託者として保管管理しています。その結果、信託銀行は投資信託や企業年金への出資者(拠出者)に代わってその株式の議決権の行使を行うことになります。その際に出資先の会社のパフォーマンスが最大になるような議決権の行使をすることが求められます。それがお金をお預けている受益者(投資信託保有者や企業年金拠出者)の利益になるからです。このような信託銀行の責任を受託者責任(フィデューシアリー・デューティ、Fiduciary Duty)といいます。受益者の利益を守る責任を負っているということです。受託者責任はスチュワードシップコードの基本となる考え方です。

上記の三菱UFJ信託銀行の取締役選任への反対投票は、受託者責任の観点から、受益者のために一番良い投票行動を選んだ結果だったのです。

三菱重工と三菱商事は、三菱自動車の重要な取引先と考えられます。取引先を代表するような人(三菱商事の小林会長は代表取締役ではないですが)が取締役になると、そろぞれの出身会社の利益になるような経営意思決定をする可能性があります。その決定は、必ずしも三菱自動車の利益にならない可能性があります。

これが、取引先を代表する人を取締役に入れるべきではない根拠です。しかし、三菱自動車の場合は、経営危機に陥った時、三菱商事を筆頭にブループ会社が助けてくれた経緯があります。三菱自動車を買ってくれるのも三菱グループの会社だろうと思います。そういう点から、この三菱グループ会社からの取締役選任に反対した議決権行使がそれで良かったのかちょっと腑に落ちない感じもします。しかし、時代はここまできたということも言えると思います。



2017年11月22日水曜日

日本原電の運転期間延長申請

 日本原子力発電が東海第2原子力発電所(茨城県東海村)の運転期間の延長を申請しています。この原発は、私が唯一見学した原発です。
 原子力発電にはPWR(加圧沸騰水型)とBWR(沸騰水型)があります。東芝=ウェスチングハウスがPWRで、日立=GEがBWRです。
 原発の耐用年数は40年ということになっており、許可を受ければ1回だけ20年延長できることになっているそうです。東大の原子力の先生から聞いた話では、この40年には別に科学的根拠はないそうです。そう決めただけ、ということでした。
 調べて見たら、「2003年10月の制度改正に伴い、運転開始後30年を経過する原子力発電所は運転年数が長期間経過していることから、設備の経年劣化に関する技術的な評価、保全計画等を策定して、10年を超えない期間ごとに再評価を行うことが法令上義務付けられている。」となっていました。福島事故の後にこれが改正され、上記のように40年が運転できる期間と規定されたようです。
 関西電力のウェブサイトには、アメリカでも同様の制度があり、9割以上の原発が60年の運転を許可されている、と書いてあります。ただ、会計上、税務上の耐用年数を決めないと減価償却できません。多分30年か40年で減価償却しているのだと思います。
 日本原電の場合、1800億円の追加投資が必要とのことです。これで20年延長された場合、年間90億円以上(1800/20)の利益がでないと運転延長する意味がありせん。そもそも1800億円の資金調達ができるのか、ということもあります。規制委員会もその点を問題にしているようです。
 国としては、20年この原発を稼働したら、結局は良くても損益チャラかもしれませんが、温室効果ガスが削減できるという経済効果を狙っているのでしょうか。それをカウントしたら、もしかしたらプラスかもしれません。
 そもそも、当初の事業計画はどうなっていたのでしょうか。40年で減価償却していたとしたら、廃炉にして新規に作り変える資金(蓄え)ができているはずです。もし、60年運転することを前提として事業計画を立てていたとしても、この1800億円の追加投資分は当初から見込んでいないはずですので、今後しっかり稼がないと60年後には、巨額の除却損が発生します。(今後つくる防潮堤は廃炉したときに、無用の長物になると思います。)
 実は、東海村の第一原発は廃炉中で、ここが日本唯一の廃炉をした原発だったと思います。廃炉コストはこの会社が一番知っているはずです。

2017年11月13日月曜日

東芝・シャープが勝ち目のない案件に挑んだ理由

「東芝・シャープが勝ち目のない案件に挑んだ理由」という日経ビジネスon-lineの記事を読んでみました。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/110900179/110900002/?P=3

「投資損失リスク=投資額X失敗リスク」であり、失敗リスクが低くても投資額が巨額だと損失リスクも大きくなる。日本企業は、本業の延長線上だと失敗リスクを低く見てしまい、一気に多額の投資をする傾向がある。その結果、巨額損失を招く。

「飛び地には投資しない」という日本の経営者が多いのは、そんな感じがします。「飛び地=失敗リスク高い、本業の延長線上=失敗リスク低い」という思い込みがあるかもしれません。

失敗リスクが高い投資でもリスクテークして取り組むべきであり、しかしそれは少額投資から始めなさい、というメッセージだと思います。反対に、本業の延長線上の投資は、失敗リスクを低く見てしまう傾向があるので、一気に巨額投資するのには注意が必要、ということでしょう。しかし、あまりビクビクして少額投資ばかりだと、それも問題です。

「勝ち目のない案件に挑んだ」というのは、ちょっと日経の脚色と思います。「本業の延長線上の巨額投資に失敗した」ぐらいかもしれません。

社外取締役や監査役は、投資案件の審議において、ブレーキの踏みすぎに注意しながら、こういう点に気配りする必要がありそうです。

2017年11月4日土曜日

株主還元と企業価値の関係

株主還元というと「配当」と「自社株買い」があります。これらの株主還元をすると企業価値はどうなるでしょうか。

株主から見たら配当が増えたり、自社株買いで発行済株式数が減ると得した感じがします。しかし、モジリアーニ・ミラーの理論(MM理論)では、このような株主還元をしても企業価値は変わらないということです。

配当を行うと株主に配当金が入りますが、企業からはそのぶん現金が減少します。株主から見たら配当金が手元にあっても、企業内に留保されても企業価値としては同じです。株価を見ても、配当権利落ちで配当金の分だけ株価が下がります。

また、自社株買いの場合は、自社株を買うために企業は現金を支払います。企業が自社株を自己株式として持っている間は、現金が自社株に変わっただけです。そのあと、企業が自社株を償却すると資本金が減少し、その分、企業価値も減少します。自社株買いにより、発行済株式数が減少しますが、企業価値も減少するので、1株あたりの資産価値は同じです。

というのが、MM理論です。もっともな話ですが、現実には配当権利落ちによる株価下落があまりなかったり、自社株買いにより株価が予想以上に上がったりするため、理論通りには行きません。例えば、過去3期の平均ROEが1.8%だったアマダが利益の100%を株主還元すると発表したことで20%以上株価が上がったいわゆる「アマダショック」が2014年にありました。NTTが2008年に自社株買いを発表したら22%株価が上がったそうです。

実際には、株主還元をするより、余剰資金を再投資した方が企業価値が上がる企業もあれば、そうでない企業もあります。日本企業は留保利益(現金)を溜め込んでいるから株主に還元すべき、という話もよく聞きます。

MM理論では、株主還元では企業価値は不変ということですが、実際は、どんな場合に余剰資金を再投資すべきであり、どんな場合は株主還元すべきなんでしょうか。

これは、再投資の投資利回りと資本コストの比較なのだそうです。
投資利回り>資本コストの場合は、再投資した方が企業価値が上がる。
投資利回り<資本コストの場合は、再投資せず株主還元により企業価値が上がる。

「投資利回り>資本コスト」の会社は、どんな会社でしょうか。フェイスブックやアマゾンのように再投資してしっかり儲けられる企業です。反対に「投資利回り<資本コスト」の会社は成熟産業に属する企業、例えばNTTとかJTだそうです。

有名な「伊藤レポート」(英語ではKay Reviewに倣ってIto Reviewと呼ぶそうです。)では、ROEは最低8%としていますが、これは日本の上場企業の資本コストが8%だからだそうです(本当はこれは7%という話もあります)。

とうことは、8%以上の投資利回りを出せる自信があれば、株主還元ではなく再投資する、8%以上の投資利回りを出せないようなら、株主還元するという意思決定になります。

しかし、上場企業が業績発表(IR)の時に、「当社は投資利回り>資本コストなので、株主還元はしません。」と説明したとしたら、それを聞いた機関投資家や経済記者が理解できるのかという問題がありそうです。

それでは、株主還元のうち、配当と自社株買いのどちらが良いのでしょうか。配当には「シグナル効果」というのがあり、必ず?株価が上昇するそうです。ただし、減配になると株価が下落します。

反対に、自社株買いの場合は、減少させても株価への影響は少ないそうです。したがって、利益に変動がある会社は、増配より自社株買いにする方が良さそうです。

もちろん、このように株価を気にしながら株主還元で対処するより、成長戦略を立てて中長期的な企業価値の向上を目指すのが王道です。

2017年11月3日金曜日

ASBJの日本基準の開発方針と収益認識に関する会計基準

日本の会計基準の大もとは企業会計原則です。それだけではまさに「原則」で、実際には会計処理ができません。特に上場企業は海外事業や多くの子会社を有し、多種多様の事業活動を行っています。このため、企業会計原則より詳細な細則を決めておかないと、企業によって会計処理がバラバラになり、企業間比較ができなくなってしまいます。

有価証券報告書を提出している会社(全ての上場会社と一部の非上場会社)と、会社法上の大会社(資本金5億円以上または負債総額200億円以上)に適用されるのが企業会計基準委員会(ASBJ)が公表するいわゆる「日本基準」です。

企業会計原則は、企業会計基準の全ての分野をカバーしますが、ASBJが公表する企業会計基準は法人税、退職給付、研究開発費、会計上の変更などのテーマ別になっています。

実は、有価証券報告書提出会社と会社法上の大会社には、監査法人による財務諸表監査が要求されています。監査を行う上で、会計処理基準は「判断基準」となります。財務諸表が適正かどうかを判断する際に、企業会計基準から外れていないかを判断するためです。

そういう点で、ASBJの企業会計基準は、財務諸表監査と切っても切れない関係にあります。(ちなみに、監査が要求されない中小企業には「中小会計指針」と「中小会計要領」があります。)

日本の有価証券報告書提出会社(上場会社と金商法適用の非上場会社)が使える会計基準には次の4種類があることはご存知でしょうか。
1 日本基準
2 米国会計基準
3 国際会計基準 (IFRS)
4 修正国際基準 (日本版IFRS)
このように4つの中から会計基準を選べる国は世界で日本しかありません。ASBJから公表されているのは、1の日本基準と4の修正国際基準です。上記は連結の話で、親会社の単体財務諸表には日本基準だけが適用可能です。(そもそも単体財務諸表を有報に掲載することが間違いだと思いますが、その点は別稿で検討したいと思います)

修正国際基準は、国際会計基準のほとんどそのまま受け入れ、どうしても受け入れられない部分(具体的には、のれんを償却しない会計処理)について、1の日本基準を入れ込んだものです。

実は、4の日本版IFRSを実際に使っている会社は1社もありません。変な話ですが、もともとASBJとしては使ってもらおうと思って開発した会計基準ではなかったようです。これは、もし国際会計基準がこの日本版IFRSのようになったら、日本の会計基準として全面的に国際会計基準を採用することができる、という日本からの意思表明だったそうです。

このため、国際会計基準そのままの部分は英語のままで、日本基準を入れ込んだところだけ日本語という和洋折衷になっています。そういう点でも、企業に使ってもらうことを前提に開発された会計基準ではなかったことがわかります。

米国会計基準と国際会計基準は、それぞれ米国(FASBー非上場会社とPCAOBー上場会社)と国際会計基準委員会(IASC)が、その設定母体です。ASBJは、国際会計基準については日本としての意見を主張できますが、必ずしも受け入れてもらえるとは限りません。米国会計基準については、米国が決めている基準なので、他の国は口出しできません。

ここまで分かったところで、本題のASBJの日本基準開発方針のお話になります。どんな方針で日本基準を作っているのでしょうか。日本基準は、長い間かけて国際会計基準に近づけていく方向で改訂されてきました。

昔は、先進国では各国がそれぞれ独自の会計基準を持っていましたが、ヨーロッパ諸国が国際会計基準を採用することになり、その後、中国を含むアジア、オセアニア諸国も国際会計基準を採用しています。このため、世界の会計基準は、米国会計基準、国際会計基準それに日本基準と3つしかないのが現状です。日本は、その全てが使える(米国会計基準採用には条件があります)世界で稀に見る国です。

日本基準の存在意義がなくなってきたので、日本基準はやめて国際会計基準を日本企業も適用したらよいのではないか、という意見が高まったことがありましたが、結局、企業の強い反対により、そうはなりませんでした。

のれんの償却など一部の会計基準を除いては、国際会計基準をそのまま使ったら良いのではないかという考えを取り入れて開発されたのが、1社も使っていない修正国際会計基準(IFRSに日本版とか英国版があってはいけないということになっているので、日本版IFRSと呼ぶのは正しくない)です。

そういうことから、ASBJによる日本基準はできる限り国際会計基準と同じにするという方針で開発されているそうです。これから適用される「収益認識に関する会計基準」は、まさにこの方針で開発されたそうです。

ただ、この収益認識については、ちょっと背景があります。米国基準と国際会計基準が全く同じなのです。実は、米国でも日本と同じように国際会計基準を適用した方が良いという考え方が盛り上がり、そのため、国際会計基準と米国会計基準を擦り合わせて一緒にするというプロジェクトが始まりました。その結果できたのが収益認識の会計基準です。

残念ながら、国際会計基準と米国会計基準が一緒になったのはこれだけで、そのあと米国は国際会計基準に歩み寄ろうという動きを止めました。トランプ大統領のアメリカファースト政策よりずっと前です。

このような背景があることから、日本だけ独自の会計基準を作るわけには行かないのです。実は、国際会計基準は「原則主義」と言って細則を決めない会計基準でした。しかし、米国会計基準の収益認識基準には200のガイダンスがあり印刷するとかなり分厚いものでした。この2つを擦り合わせた結果、米国会計基準寄りの細則主義の会計基準になってしまっています(この時点で国際会計基準は原則主義を捨てたと考えられます)。

日本ではどうでしょうか。日本における収益認識に関する会計基準は、企業会計原則に次のとおり定められているだけです。これ以上の会計基準はありません。

 「売上高は、実現主義の原則に従い、商品等の販売又は役務の給付によって実現したものに限る。ただし、長期の未完成請負工事等については、合理的に収益を見積り、これを当期の損益計算に計上することができる(注6)(注7)

日本は、非常に原則主義的な基準しか持っていなかったのです。なぜそのようになっているかというと、業界の会計慣行が色々あり、それらを整理することが難しかったのでほっておいた、というのが真相だと思います。

収益認識基準が、米国会計基準=国際会計基準となった以上、ASBJとしては産業界の力に振り回されているわけには行かないのが現状と言えます。そのようなことから、この会計基準の適用にはASBJは非常に慎重になっています。

というのは、デパートなどの在庫リスクのない委託販売方式での売上計上が認められない、割賦基準が認められない、販売時ポイント付与の会計処理が変わる、工事進行基準の会計処理が厳格になる、材料有償支給の会計処理が変わるなど、大きな影響が考えれるからです。

ASBJは、2016年2月に意見募集を行い、2017年7月には公開草案を公表しています。この基準が強制適用になるのは2021年4月以降の事業年度からになりそうです。それまでの間、上場企業などは取引内容の見直しや会計システムの変更などの準備をすることになるでしょう。

国際会計基準=米国会計基準となった今、泣いても笑っても、日本基準だけ別にするわけには行きません。特に、損益計算書のトップラインを決める会計基準なのでなおさらです。

なお、収益認識基準に関する会計基準は、国際会計基準と同じという建前ですが、ASBJはが「上乗せ」と言っている日本の業界会計慣行を一部認める部分があります。意見募集、公開草案、強制適用までの長いリードタイムの間に「上乗せ」が「日本独自基準」にならないように願いたいと思います。

2017年10月19日木曜日

コーポレートガバナンス・コードは企業成長のためのヒント集

今日、OECD主催の「アジア・コーポレートガバナンス・ラウンドテーブル」(@高輪プリンスホテル)に行って来ました。午前中3つと午後最初のセッションに参加しました。

あまり期待しないで行きましたが想像通りではありました。ただ、お話(全部英語)を聞いているうちに、コーポレートガバナンスについて自分なりに色々と考えることができたのは収穫でした。

まずは、takeawaysをいくつか。

・日本企業はほとんどの社員が新卒採用で、社内取締役はほとんどがインサイダーだ。
・日本の取締役会は執行側が既に議論済みの議題を検討するceremonialな会議だ。
・取締役会の人数が多すぎる。9-10名ぐらいにして取締役会の回数を増やすべきだ。UKの会社で年に50回開催した会社があるがそこまでは不要。
・Diversityという観点で、外人比率が低い。Nikkei225でも2.5%。UKは31%, ドイツは21%,USでも8%だ。
・日本の機関設計を英語で言うと (per 神田秀樹先生)
  監査役会設置会社=Two board structure (取締役会と監査役会)
  監査等委員会設置会社=One board one committee structure
  指名委員会等設置会社=One board three committees structure
・当社では、顧客、従業員、コミュニティー、株主の順で重視しており、株主は4番目だ。
・GPIFは、アセットマネジャー(AM会社のこと)に投資先がgood corporate governanceであるように求めている。

上場企業のCEOは自社の経営方針的なことをお話されますが、それとガバナンスとの関係が分かりませんでした。そういえば、経営者はガバナンスされる側ですので、経営者にガバナンスのあり方を聞くのはおかしいということが言えます。上記の顧客第一主義の経営理念などをしっかり会社に浸透させるのが経営者の仕事です。コーポレートガバナンスは経営者の仕事ではありません。ただ、コーポレートガバナンスのあり方をしっかり理解し、その体制の基礎を作るのは経営者の仕事です。基礎ができたら独立社外取締役と一緒になって、良いコーポレートガバナンスを求めて改良していくことも経営者の仕事です。

そう言う点では、独立社外取締役と一緒になって、こんなに良いコーポレートガバナンス体制を作り、運営することができた、と言える経営者が一番と言うことになると思います。社内取締役が過半数の取締役会では、多分こうゆうことにはならないと思います。
例えば、社内2名、社外5名の取締役会だとしたら、社長が常にテストされる状況になりますので、取締役会をうまく運営しようとしたら当然社外取締役と一緒に、、、と言うことになります。

ところで、コーポレートガバナンス・コードが導入されて何年か経ちますが、それに準拠(complay)する会社数も増えてきました。東証は完全準拠の会社数などの統計を毎年発表しています。

Comply or Explainですので、説明すれば準拠しないでも良いのですが、大多数の日本企業は、このルールは準拠することを実質上強制するルールであると思っていると思います。

コーポレートガバナンスをコードに準拠させるとどんな良いことがあるのか分からず、有名大企業がやっているのだから、準拠しておけば会社が良くなるだろうと考えている経営者が、もしかしたらおられるかもしれません。あるいは、IRでうるさく言われないように準拠しておけば安心という考えもあるでしょう。

コーポレートガバナス・コードはJ-SOXの後にやってきたルールですので、そう言う点でも準拠が求められるルールと勘違いされているのかもしれません。

コーポレートガバナンス・コードはJ-SOXと異なり、違反したからといって罰則は全くありません。「準拠しないとかっこ悪い」ぐらいです。I don't care about the Codeとおっしゃった経営者(日本人)が今日1名おられましたが、それで良いと思います。

コーポレートガバナンス・コードの目的はそれに準拠することではなく、コードにも書いてあるように「持続的な企業成長と中長期的な企業価値の向上」です。コードに準拠すれば自動的にそのようになるのであれば苦労しませんが、そんなことはありません。

コードはガイダンスであり、多分準拠したら目的が達成されるだろうというレベルもので、実証実験された結果でも何でもありません。

コードに書かれたことはやってみる価値があるのでやってみたほうが良いと思いますが、自社に合わないやり方をやる必要はないのです。「持続的な企業成長と中長期的な企業価値の向上」のためになることをやるべきです。

そのため、独立社外取締役を増やしたからといって、企業成長の役に立たないと思ったらそれはしなくても良い、と言うことになります。どんなコーポレートガバナンスにするかは経営者が決めることです。

調子が良い会社はそのままの体制を続ければ良いかもしれませんし、調子が悪い会社はガバナンス体制を変更してみるのも一法です。不祥事が起こったりすると、ガバナンス体制に手を入れる会社も多いと思います。調子が良い会社はどうでしょうか? 日立は川村隆社長の下で、V字回復した後に、ガバナンス体制の見直しをしました。調子が良い会社が体制変更した事例です。

コーポレートガバナンスをどうするかは、経営者が決めることですが、ここで経営者の知識と経験、資質が問われます。自分が慣れていてやりやすい従来型が良いと思い込んでいないでしょうか。現状のガバナンス体制が本当に企業成長のためになっているでしょうか。社内ではイエスマンだけで、悪い情報が上がって来ないような状況がもしあれば、社長に意見するような体制も検討の余地があります。

女性が多いと何かと厄介と考えているかもしれませんが、これまで考えもしないような意見がもらえる可能性もあります。外人も同じです。

と言うことで、コーポレートガバナンス・コードには、こんなことを考えるヒントが色々と書かれているのです。我が社は、この点はComplyなのかExplainなのか、とチェックリストとして使うのではなく、コードは企業成長のためになる「ヒント集」と考えたらどうでしょうか。

2017年9月23日土曜日

雪国まいたけに出資した米卸の神明

 雪国まいたけに出資した(ベインキャピタルから株式の買取)米卸の神明がカンブリア宮殿に出ていましたので、新聞記事から過去の経緯や買収の理由などを検討して見ました。
 
 まず、雪国まいたけという新潟県のきのこ生産会社がありますが、経営者の内紛で株主総会が紛糾したことで有名です。順を追って説明すると次のようになります。
  • 2013年6月に不正会計が発覚
  • 2013年11月に創業者の大平社長が辞任、イオン出身の星名氏が社長に就任
  • 2014年6月の定時株主総会で、取締役人事議案の動議が創業者一族から提起され、この動議が賛成多数で決議された結果、社長の星名が退任し、ホンダ出身の鈴木氏が社長に就任
 2013年に発覚した不正会計は、言うまでもなく業績不振になったことが原因です。その内容は、主に次の3つだったようです。
①過去に取得した土地の資産計上額の妥当性(土地仮装計上716百万円)
②一部事業用資産の減損について(減損損失非計上470百万円)
③過年度における広告宣伝費の会計処理について(不当な繰延処理180百万円)

 土地の仮装計上というのは珍しいです。1995年に物流倉庫を近江八幡市に建設しようとしたがそれを中止したにもかかわらず、建設仮勘定に計上していた金額を損失計上せず、それを別の物件の取得時に土地勘定に含めてしまったと言うことです。
 広告宣伝費は、当初733百万円の契約だったようですが、それが繰延資産に計上され毎年償却されていたようです。繰延資産というより長期前払費用と思います。費用計上すべきものを資産計上していたということでした。そもそも同社にとっては733百万円の広告宣伝費は巨額です。

 このような経緯があり、次に起こったのはベインキャピタルによるTOBです。外資系ファンドが創業者社長を追い出して、会社を乗っ取るという行動に出たのです。創業者の大平社長ら創業家が議決権のある株式のうち67.33%を所有していました。普通に考えればTOBが成立する可能性はありません。
 しかし、銀行団が経営陣と米投資ファンドに全面的に協力したことでTOBが可能になりました。銀行はどうして同社株式を取得したのでしょうか。それは、融資の担保権を行使して創業者の持株を取得したからです。
 メインバンクの第四銀行は、この大平商事と大平社長名義の株式を取得して筆頭株主になりました(銀行法上5%以上は取得できないという「5%ルール」がありますが、担保権行使の場合は例外となります)。同社の取引銀行6行がTOBに応じることでTOBの成立に最低限必要な51.44%を確保し実質第3位の大株主である大和ハウス工業(持株比率4.61%)も買い付けに応じたと考えられます。

 このような経緯で、ベインキャピタルは過半数の株式を取得し、同社を上場廃止した上で、その後同社株式を100%取得しました。ベインが同社を再生して再上場させるという筋書きと考えられます。

 前置きが長くなりましたが、ここで神明さんが出てきます。売上高1800億円の米の卸会社としては最大手です。報道によるとベインの買収総額が94億円となっています。同社株式を神明は49%取得し、それが「50億円以上」とか「50億円強」と報道されています。ということは、ベイン側は雪国まいたけ株式の取得価額とほぼ同額で神明に売却したことになります。企業再生して売却益で稼ぐというビジネスモデルが成立していません。
 
 おそらく、ベインは同社の企業再生に手こずっており、リスク軽減のために神明に持株を売却して一部資金を回収をした、というのが真相だと考えられます。

 米卸の神明がなぜ「きのこ生産」なのでしょうか?新聞によると下記のようになっています。
「資本参加を機に、神明の出資先であるワタミなど外食産業に対しマイタケなどの商品を提案していく。雪国まいたけは神明のネットワークを活用し西日本への販路拡大につなげ、西日本での生産拠点新設や輸出も検討する。神明は3月以降、青果卸や水産加工会社、食材宅配会社など米穀事業以外への出資や買収を繰り返している。」(日刊工業新聞)
 きのこも青果の一種であり狙いは「青果流通」への拡大ではないかと考えられます。
雪国まいたけの売上高は3000億円であり、神明の売上高の2倍です。神明は、2倍の企業規模の会社を買収したということになります。ただし、雪国まいたけはきのこ生産会社であり、そこのところは同社にお任せということになると思います。

2017年8月13日日曜日

東芝の監査報告書「速報(その4)最終回」

 最後に内部統制監査の報告書を見てみましょう。財務諸表監査の監査対象は言うまでもなく財務諸表という情報です。それが適正かどうかを監査法人が監査します。一方、内部統制監査の場合、会社の内部統制の有効かどうかが監査の対象と思っている方も多いと思います。
 そうではありません。内部統制監査は、会社が作成した内部統制報告書が監査の対象になっています。その内部統制報告書が適正に作成されているかを監査するのが監査法人の仕事になります。そのため、PwCあらた監査法人による監査意見は、次のように記載されています。

「不適正意見
 当監査法人は、株式会社東芝が2017年3月31日現在の財務報告に係る内部統制は有効であると表示した上記の内部統制報告書が、「不適正意見の根拠」に記載した事項の内部統制報告書に及ぼす影響の重要性に鑑み、我が国において一般に公正妥当と認められる財務報告に係る内部統制の評価の基準に準拠して、財務報告に係る内部統制の評価結果について、適正に表示していないものと認める。」

 すなわち、「内部統制報告書が適正に表示されていない」が監査の結論です。内部統制が有効でない」ではありません。会社は「内部統制は有効」と報告しているが、その記載内容が不適正という書き方になっています。
 財務諸表監査は「限定付き適正」でしたが、内部統制監査では「不適正」です。「その2」でお話したように、「影響が重要かつ広範」な場合は不適正で、「重要だが広範でない」時は限定付き適正意見となります。
 一方、内部統制監査では、基本的に「限定付き適正意見」はありません。制度としてはありうることになっていますが、少なくとも私は見たことがありません。会社が内部統制報告書に記載する結論は、内部統制が有効か有効でないかの2択です。監査報告書では、それがいいか悪いかを記載することになるので、適正と不適正しかありません。この結論以外のところで記載が間違っていたりすることもありうるので、その場合は「限定付き適正意見」になります。
 会社が内部統制報告書を作成するときは、監査法人に相談しますので、結論以外のところにわざわざ意見の相違を残したまま、内部統制報告書を公表して「限定付き適正意見」をもらうような会社はないと言っても良いと思います。筆者は、この制度設計の段階で限定付き適正意見はない、と考えていましたが、それがあるという結果になったので、驚いたことを記憶しています。
 「その1」の冒頭に内部統制監査報告書で「不適正意見」は非常に珍しい、と書きましたが、なぜでしょうか。それは、会社が内部統制報告書を作成するときに、監査法人からの意見を求めるからです。監査法人と会社の見解が相違する、すなわち内部統制が有効か有効でないかの意見が異なる状況で報告書を作成するか、監査法人と同じ意見にするかについて、会社は選択できます。
 監査法人が「有効でない」とする結論の場合には、当然ながらそれなりの根拠があるのですから、会社も「有効でない」と報告するのが普通です。会社は、それを無視して「有効」と報告することもできます。これが「会社が選択できる」という意味です。会社が作成する報告書ですので、会社の意思で結論を決めることができます。ただし、報告書作成時点では、監査法人の結論がわかっているのです。
 東芝の場合、会社の報告書で「有効でない」と結論づけたら、どうなるでしょうか。監査法人の監査意見は、「適正」です。こんな簡単なことを、東芝はやらなかったということです。ほとんどの会社は、監査人が「有効でない」と結論づけた場合には、それに従って報告書に「有効でない」と記載します。
 その結果、内部統制監査報告書では「不適正」は非常に珍しいということになります。実は、東芝は、同様の事態を2016年3月期に経験しています。このときは新日本監査法人が監査人でした。監査報告書には次のように記載されています。

「監査意見 
当監査法人は、株式会社東芝が2016年3月31日現在の財務報告に係る内部統制は開示すべき重要な不備があるため有効でないと表示した上記の内部統制報告書が、我が国において一般に公正妥当と認められる財務報告に係る内部統制の評価の基準に準拠して、財務報告に係る内部統制の評価結果について、すべての重要な点において適正に表示しているものと認める。」

 このときは、会社は内部統制が「有効でない」と報告したので、それが「適正」だと監査法人が報告しています。2017年3月期では、東芝は、なぜ「有効でない」にしなかったのでしょうか。
 2016年3月期の財務諸表監査では、新日本監査法人は適正意見を出している点が、2017年3月期と異なります。これが理由でしょうか。実はそうだったのです。2016年3月期において内部統制が有効でないとされた原因は、5月に行った決算発表(決算短信)に誤りがあり、それを監査法人から指摘され、最終的な決算ではそれを修正した経緯があります。
 決算において、重要な記載誤りをし、それを自社が発見できなかったということは内部統制の問題となります。このため、東芝は素直に(だったかどうか分かりませんが、、)これを認め、「内部統制は有効でない」と報告しました。
 2016年3月期の場合は、監査法人が「652,267百万円のうちの相当程度ないしすべての金額」決算が間違っていると言っているのに、東芝はそれを修正しないままで公表してしまっています。
 このような状況で、東芝が「内部統制は有効でない」としたとしたら、間違った決算をしたことを認めることになります。東芝は間違っていないと考えるため、連結財務諸表を修正しないで公表しているわけですから、東芝の立場からは「内部統制は有効」なのです。
 以上の結果、財務諸表監査で「限定付き適正意見」であることが、内部統制監査で「不適正」となったことと密接に関連していたことが分かりました。東芝としては、筋を通したということが言えます。

 ただし、監査法人による「652,267百万円のうちの相当程度ないしすべての金額」の指摘は尋常な状況ではありません。東芝としては、上場廃止を免れるかどうかの瀬戸際であるとしても、監査法人の意見を無視した、いわば横柄な態度は、経団連会長や副会長と輩出してきた日本を代表する企業とは思えません。野球やサッカーでは、審判に逆らったら退場です。東芝による決算を修正しない姿勢は、まさにこれに当たると思います。

2017年8月12日土曜日

東芝の監査報告書「速報(その3)」

  東芝の監査報告書は、読んでみると色々勉強になります。東芝のプレスリリースや有報だけでなく、それ以外の情報がマスコミ報道される状況は、まさに「東芝劇場」と言えると思います。

 それでは、監査報告書「速報その3」です。今回は、内部統制監査にしようかと思いましたが、強調事項にも色々と記述されていますので、今回はこれを見ておきましょう。
 監査報告書の<財務諸表監査>には、強調事項に該当する事項があれば記載することになっています。これは監査意見とは別に、財務諸表の読者に対して注意喚起する目的で記載されます。これがあるから、監査意見が「限定付き適正意見」になったということではありません。全部で4項目記載されています。

1. 継続企業の前提の注記
 事業継続に重大な懸念があるときに記載される事項です。英語では「ゴーイングコンサーン」呼ばれます。財務諸表にこの注記が記載されており、監査報告書ではこのような注記が記載されていますよ、ということが記述されています。
 会社自らが事業の継続が危ぶまれるというようなことを公表するというのは、ちょっと変です。これは普通、監査法人から書きなさいと言われて注記として記載することになります。財務諸表の注記なので、「会計基準」のはずですが「監査基準」に規定されているという風変わりなものです。
 東芝の場合は、債務超過になったことと、財務制限事項に抵触したことなどがその理由になっています。なお、この注記はこの期末から記載されたのではなく、監査法人が「結論不表明」とした第3四半期から記載されています。そのためか、あまり話題になっていません。普通は、大企業の場合、この注記がついただけで、新聞記事になります。

2. ウェスチングハウスの破綻
 ウェスチングハウスとその関係会社が、2017年3月29日に米国連邦倒産法第11章に基づく再生手続を申し立てたので、東芝の連結から除外されたことが記載されています。これにより、ウェスチングハウスとその関係会社は、非継続事業として区分表示されていることが注意喚起されています。(前期の連結財務諸表も非継続事業に組み替えられています。)

3. 後発事象(担保差し入れ)
  決算日以降に、銀行借り入れに対して、不動産と所有株式を担保に差し入れたことが記載されています。

. 4. 後発事象(子会社の上場)
         売却交渉か上場か、どちらにするかということで報道されていたことはご存知の方も多いと思います。スマートメーターのランディス・ギア・グループをスイスで上場させたので、その時に同社の株式を売却したことが記載されています。これも、上記3.の担保差し入れと同じように、期末以降に起こった事項で、次期の財務諸表に重要な影響を与える事項が、後発事象として財務諸表注記されているので、それ注意喚起するのが目的です。

2017年8月11日金曜日

東芝の監査報告書「速報(その2)」

 「速報(その1)」でお話ししたように、昨日提出された東芝の監査報告書では下記の部分がキモになります。

「会社は、2016331日現在の工事損失引当金の暫的な見積りに、すべての利用可能な情報に基づく合理的な仮定を使用していなかった。会社が、工事損失引当金について、すべての利用可能な情報に基づく合理的な仮定を使用して適時かつ適切な見積りを行っていたとすれば、当連結会計年度の連結損益計算書に計上された652,267百万円のうちの相当程度ないしすべての金額は、前連結会計年度に計上されるべきであった。」

 この結果、PwCあらた監査法人は、東芝の連結財務諸表は、この点を除き適正であるとしています。すなわち、「限定付き適正意見」を表明したということになります。

 6,522億円はかなり大きな金額です。この期末の東芝の純資産は2,757億円のマイナスです。すなわち債務超過です。また当期純利益は9,656億円です。これらの金額と比較してこの6,522億円は非常に大きな金額であることがわかります。

 特に監査報告書には「652,267百万円のうちの相当程度ないしすべての金額」と記載されており、「相当程度〜6,522億円」と金額が特定されていません。このあたりの書き方は、監査法人としては非常に苦労したのだと思います。「相当程度」というのは6,522億円の半分以上のように読めます。このような場合、監査法人は影響額を特定するのが普通ですが、何らかの事情により「範囲」で示したのだと想像されます。
 
 監査報告書に記載された「前連結会計年度に計上されるべきであった。」という点も注目しなければなりません。当期の連結財務諸表が「相当程度〜6,522億円」間違っているのですが、それは前期に計上すべき損失金額が当期に計上されているため、という意味になります。
 ということは、連結損益計算書では、最大6,522億円、当期純損失が減少して、前期の当期純損失が増加するということです。ただし、連結貸借対照表では、その6,522億円の損失が前期に計上されていても、当期に計上されていても、当期末から見たら同じです。すなわち、当期の連結貸借対照表は間違っていないということになります。言い方を変えると当期末の債務超過額の2,757億円は適正ということになります。

 前期末の純資産は6,722億円ですので、これが全額前期に計上されたら純資産は200億円となります。結果として、前期は債務超過にはならず、2年連続債務超過ではないスレスレのところです。もし、この金額が7,000億円であれば、当期末で2期連続の債務超過であると認定されてもおかしくなかったということが言えます。

 ここまで解ったところで、このような場合に、「限定付き適正意見」でよかったのか、「不適正意見」ではないのかという疑問が出てきます。不適正意見と限定付き適正意見の区別は次のようになります。


 ここで、「広範」というのがポイントです。「監査基準委員会報告書705」によれば、「広範」の定義は次のとおりです。

 「広範」-虚偽表示が財務諸表全体に及ぼす影響の程度、又は監査人が十分かつ適切な監査証拠を入手できず、未発見の虚偽表示がもしあるとすれば、それが財務諸表に及ぼす可能性のある影響の程度について説明するために用いられる。
 財務諸表全体に対して広範な影響を及ぼす場合とは、監査人の判断において以下のいずれかに該当する場合をいう。
影響が、財務諸表の特定の構成要素、勘定又は項目に限定されない場合
影響が、特定の構成要素、勘定又は項目に限定される場合でも、財務諸表に広範な影響を及ぼす、又は及ぼす可能性がある場合
虚偽表示を含む開示項目が、利用者の財務諸表の理解に不可欠なものである場合

 東芝の場合は、問題となる項目が限定されていますので、「② 影響が、特定の構成要素、勘定又は項目に限定される場合でも、財務諸表に広範な影響を及ぼす、又は及ぼす可能性がある場合」に該当します。しかし、この文章には「広範」が使われています。「広範」の定義なのに同じ言葉をその中に使ったら意味不明になります。

 この文章を読んで、監査法人はかなり悩んだことだろうと推察されます。この②の「広範」は一般用語の「幅広く」という意味とも考えられます。そうすると、東芝の場合は、「非継続事業からの非支配持分控除前当期純損失(税効果後)」の計上がくが間違っているという点だけですので幅広くはなく、また当期末の連結貸借対照表には影響のない問題ですので、「広範」には該当しないため、「限定付き適正意見」を表明できる、と考えることができます。

 このPwCあらた監査法人による監査意見は、当期の連結財務諸表に対する監査意見ですが、前期が間違っているということが書かれており、その間違っている金額は「相当程度〜6,522億円」ということになります。

 前期の連結財務諸表に対する監査は新日本監査法人が実施しました。新日本監査法人としては、「あんたの監査した連結財務諸表は『相当程度〜6,522億円』間違ってるよ」とPwCあらた監査法人に言われてしまった、ということになります。
 
 新聞報道では、監査は限定付き適正意見でクリアしたので、東芝の次の課題は、半導体事業を売却して今期末に債務超過から抜け出す点に焦点が移った、としています。しかし、監査法人の問題が残っているということではないでしょうか。これを新旧監査法人間の見解の相違として片付けることができるかについては、疑問に残るところです。