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2019年9月26日木曜日

粉飾決算に加担した企業内会計士は会計士協会から懲戒処分を受ける

公認会計士の主な業務は外部監査だと考えられていると思います。コンサルティングを行う公認会計士もいますが、どちらも企業外部の立場での仕事になります。一方、公認会計士が会社の社員や役員になることもあります。最近これが増えてきていると思います。筆者も、社外役員をしていますので、外部監査だけでなく、会社側の立場としての仕事もしています。

最近、公認会計士協会の倫理規則が改訂され、会社の役員や社員としての公認会計士を対象にした具体的な倫理規則になりました。これまでの倫理規則は、どちらかというと外部監査業務に焦点が当たっており、カバーされていない訳ではありませんが、企業内会計士を念頭においた規則にはなっていませんでした。

日本公認会計士協会は、国際会計士連盟の倫理規程の改訂に伴い、日本の公認会計士に適用される倫理規則を改訂し、企業内会計士について、具体的な倫理規則を定めました。

それによると、「誤った意図をもって情報を作成・提供・省略してはならない」とされています。また、他社からのプレッシャーによって、基本原則違反を生じてはならない、他社に基本原則違反となるプレッシャーを与えてはならないことが明記されています。この「情報」には外部公表情報だけでなく、内部情報も含まれます。

CFO,経理部長、経理課長などが公認会計士であることがあります。これらの人達は、粉飾決算に加担すると、会社法違反や金商法違反に問われる可能性があります。それに加えて、公認会計士協会の倫理規則に違反することにもなるという訳です。

実は、日本の会社法や金商法では、欧米各国に比べて刑事罰が厳しくないそうです。もともと、明治時代からの殖産興業を背景として、企業に不正行為があったときに、取締役などの経営者に対する刑罰を弱めに設定したという歴史があるようです。米国では禁固刑や多額の罰金が科せられますし、英国では取締役資格をはく奪するという案がでているそうです。

ちょっと古い話ですが、金融危機のときの長期信用銀行の粉飾決算では、裁判にはなりましたが経営者の責任が問われることはありませんでした。最近では、東電の元社長などが、津波対策の不備などで裁判になりましたが、無罪判決が出ています。日本の法律では、経営者に刑事責任を負わせることが難しいようです。

粉飾決算では、金融庁が課徴金を課します。東芝がこれまでの最高額で73億円でした。東芝の監査法人には20億円の課徴金が課されています。監査法人の20億円に比較すると、東芝の73億円は非常に小さいということが分かります。課徴金も企業にやさしくなっているようです。

話が、少しそれましたが、企業内会計士は、会計・監査の専門家としての倫理観を持って仕事をすることが求められます。そのため、倫理規則では企業内会計士についての具体的な倫理規則を定めたということになります。

取締役や監査役になっている公認会計士が、粉飾決算に加担した場合、この倫理規則に違反したことになります。公認会計士協会会則には、会則・規則に違反したときには、懲戒処分をすることができる、としています(第67条1項)。

懲戒処分にはどのようなものがあるでしょうか。戒告、会員権停止、退会勧告の3つです(公認会計士にまだなっていない準会員には除名もあります)。公認会計士の登録抹消(資格はく奪)の権限は、金融庁にあり、公認会計士協会にはこれができません。このため、最後の「退会勧告」は、金融庁に対する登録抹消処分の請求とセットで行われます。

ということで、粉飾決算を主導したり加担したりした企業内公認会計士は、今後、公認会計士協会から懲戒処分を受ける可能性があります。(新倫理規則の適用は2020年4月1日から)

なお、上場会社の経営者に対する刑事罰については、今のところ、これを強化するという話はないですが、もう少し厳罰主義の方向に振ってもよいと思います。

2019年9月13日金曜日

アクティビストが狙う日本企業

あるアナリスト(外国人)の講演会に行ってきました。

米国ではアクティビストファンドは12-13兆円、日本も増えてきて1.5兆円ぐらいとのこと。近いうちに世界で2番目の市場になるとのこと。といっても、まだまだ米国よりは資金が小さいです。

別のブログでも書きましたが、最近は、1-2%の株式所有でも、機関投資家に影響力を与える(機関投資家が同調せざるを得ない要求をする)ことにより、アクティビストは、企業に対して大きな発言力を持つようになったということです。
そのようなこともあり、「ハゲタカ」や「Green Mailer」と呼ばれていたアクティビストは、最近では「物言う株主」の一員になってきたということです。

アクティビストが狙う企業のタイプをまとめると次のようになります。
・株価が低い(PBR, PER等が低い)
・低評価の理由が分かりやすい(経営者が悪い、不良(有休)資産がある、不採算事業がある)
・不祥事を起こした

アクティビストのタイプで分けると次のとおり。
・単に株価が低いというだけで株式を買う
・特定の事業に詳しく、磨けば光ると考える
・財務比率が悪いので、それを改善すればよいと考える

財務比率については、面白い話を聞きました。

日本企業は、「稼ぐ力」が弱い、すなわち売上高利益率が欧米企業に比べて低い、と考えられてきました。この視点から、「攻めのガバナンス」を標榜して、政府はコーポレートガバナンス・コードを導入したということは、良く知られています。

しかし、今、売上高営業利益率を比較すると、日本の上場会社の平均が5.5%で、英国6.1%、米国8.9%には及びませんが、ドイツ3.1%、フランス5.7%で欧州企業とほぼ同じです。

ROEの構成要素である資産回転率はさておいて、3つ目のレバレッジ比率(総資産/自己資本)は日本が2.5、米国が3.0です。
ROEを改善するために、日本企業のレバレッジ比率を米国並みの3.0に引き上げたら、日本企業のROEは12.3%となり、欧米企業を抜き、世界2位になります(米国17.2%)。

レバレッジ比率を改善するのは、人為的にできますので、アクティビストはROEの改善を次のように要求します。

一番効果がありそうなのは、自己株式の買い取りです。日本企業はキャッシュリッチなので、手持ち現金で自己株式を買い取れば、利益は同じでもROEの分母が小さくなります。
次に、考えられるのは、配当を多めに支払って、自己資本のうちの利益剰余金を減らすやり方です。これも手持ち現金があればできます。

もっと大きな効果があるのは、追加的な借入(または社債発行)を行って、その資金で自己株買い取りと配当を実施することです。

つい最近、コマツとキャタピラーの財務状況を比較したことがあります。コマツのROEは14.7%(2019年3月期)で、決して低い数値ではありません。しかし、キャタピラーのROEは、実に44.1%。

何でこうなるのか調べてみたところ、自己株式の買い取りでした。キャタピラーの自己株式残高(資本金のマイナス項目)は、2兆円を超えています(2018年12月期)。キャタピラーの売上高が約5兆円なので、その40%が自己株式です。

これが米国企業のやり方なのかもしれません。CFOの腕の見せ所?かも。ビジネスはさておいて、ROEを改善するのは比較的簡単です。

こういうことを、アクティビストが日本企業に要求し、それを日本企業が実行したら、株価が急騰し、アクティビストが儲かる、というストーリーになります。

2019年3月28日木曜日

常勤監査等委員の設置は常識


TAKERUというアパートの施工・管理を手がける会社(東証1部)で、社員による悪質な不正が発覚し、特別調査委員会が設置されて報告書(要約版)が公表されています。

 それによると、「預金残高を水増ししたり、他人の預金通帳の写しを顧客のものとして金融機関に提出したりするなどして、融資に通りやすくしていた。こうした改ざんは350件にのぼり、社員31人が関与していた。」ということです。
326日に同社の株主総会が開催され、株主から「常勤の監査等委員の設置を求める」との声が出たそうです。同社は監査等委員会設置会社で監査等委員3名が全員社外取締役であるという点はよいのですが、全員非常勤で、他の企業の社外監査役や社外取締役を兼ねているということです。これではTATERUをしっかり監査・監督できない、と言われても仕方ありません。
株主総会でこのような意見が出るぐらいですから、調査報告書ではその点は再発防止策として記載されてはずです。それを確かめてみました。しかし、「業務執行に関わる社外取締役(監査等委員以外)の選任・任命」は提案されていますが、監査等委員を常勤にするということは記載されていません。
監査役会設置会社では、最低1名の常勤監査役の設置が必要となります。(上場会社は、会社法上、ほぼその全部が資本金5億円以上の大会社になりますので、「監査役会」の設置が必要になります。)一方、監査等委員会設置会社では、常勤の監査等委員の設置は会社上義務付けられていません。
そのようなことから、株主総会で株主が上記のような発言をしたのだと思います。しかし、弁護士さんが中心で構成された特別調査報告書では、監査等委員の常勤化は提言されませんでした。
監査役会設置会社での常勤監査役は、一般に部長経験者や取締役経験者が就任することが多く、社内常勤者になります。これまでの企業不祥事をみても、社内常勤監査役が自浄作用を発揮したケースは少ないように思います。
そのような事実を念頭に置き、常勤監査等委員を置くとしても、どうせ社員や取締役を常勤監査役にするだけなので、それほど再発防止策としては効果がないと調査委員の弁護士さんは判断されたのだのでしょうか。
といっても、監査役会設置会社と最低限同等にするという意味では、常勤監査等委員の設置を提言すべきであったと思います。これは、株主に言われる前に、調査報告書に記載しておくべきでした。
さらに踏み込んで、常勤「社外」の監査等委員の設置の提言をしていたら、もっとポイントが上がったと思います。調査報告書では、なぜか、監査等委員以外の社外取締役の設置を提言しています。社外取締役は原則として取締役会に出席するだけですので、再発防止策としては、それだけでは不十分です。
同社は、いわゆる「なんちゃって監査等委員会設置」であろうと思います。監査等委員3名のうち、2名を社外にしておけば、社外取締役2名以上というコーポレートガバナンス・コードの要求をクリアできます。監査役会設置会社だと、社外監査役は社外取締役としてはカウントされないので、追加して社外取締役2名の選任が必要になります。
しかし、監査等委員会設置にすると、監査役を監査等委員に横滑りさせると、コーポレートガバナンス・コードの社外取締役2名以上をクリアできるということになります。これを主目的に監査役会設置から監査等委員会設置に移行する会社が多くありました。
このような監査等委員会が「なんちゃって監査等委員会」と呼ばれています。監査等委員の常勤化は、「なんちゃって」ではないという宣言の一つになります。もちろん、監査等委員以外の社外取締役(2名以上)を選任することも大事です。この2つを行うことにより、ようやく監査役会設置会社と同等のガバナンス体制になります。(ということは、「監査等委員会設置会社から監査役会設置会社に移行すべきである」と提言しても同じ効果があるということになります)

話は別になりますが、この調査報告書を読んで気になったのは、内部監査の強化が提言されていない点です。会社法では、内部監査のことが具体的に触れられていないということがあり、弁護士さんは内部監査の重要性について認識されていないのかもしれません。
社内に独立した(他の部署の配下にない)内部監査部門を設置し、必要十分な能力を有した内部監査人を必要十分な人数確保する、ということはコンプライアンス対策に非常に重要です。
これまで何度もお話していますが、社長による会社ぐるみの不正を防ぐためには、内部監査部門は社長直轄ではなく、監査等委員会直轄にするのがよいと思います。監査役会の配下に内部監査部門を置くことは、会社法上大丈夫か、という会社がありますが、監査等委員会の配下に内部監査部門を置くのであれば、そのような抵抗感はないと思います。

2019年2月20日水曜日

日産自動車の株価連動型インセンティブ受領権(SAR)とは何か


年賀メールのあと、ブログの更新をしていませんでした。私の所属するビズサプリのメルマガとして送信して記事を転載しておきます。

1.SARはバーチャルなストックオプション

日産自動車は、株価連動型インセンティブ受領権(SAR=ストック・アプリーシエーション・ライト、以下「SAR」)という日本では一般的でない業績連動報酬を採用しています。

SARは、いわば「バーチャルなストックオプション」です。仮想的に自社株式を取得して、その後売却したとした場合の売却益相当額を会社が役員に対して金銭で支払うものです。新株予約権ではなく、支払を金銭で行う点がストックオプションと異なります。

業績連動報酬には、年次賞与のような単年度の評価に基づく年次インセンティブと、複数年度の評価に基づく中長期インセンティブがあります。SARは中長期インセンティブの一種です。

 2.そもそもストックオプションとは

ストックオプションには、主に通常型(税制適格型)ストックオプションと1円ストックオプション(株式報酬型ストックオプション)があります。

通常型すなわち税制適格にするためには、権利行使価格を権利付与日における時価以上に設定しなければなりません。権利付与日から会社の業績が向上して株価が上がった場合には、権利行使価格で権利行使(自社株式の購入)をして売却すれば、売却益部分が役員への報酬になります。

(売却時の株価 ― 権利行使価格(自社株式の購入価格))× 株式数= 売却益(役員への報酬)

通常型の場合は、自社株式取得時点では役員に対する所得税が課税されず、売却時に売却益に株式譲渡所得として課税(税率20.315%)されます。高額所得の役員にとっては給与所得より低い税率になります。

一方、1円ストックオプションは、権利行使価格が1円のストックオプションです。権利行使価格が1円のため税制適格にはなりません。このため、自社株式を取得した時点で、株式の時価相当額が給与所得として課税されます。権利行使価格(自社株式の購入価格)が1円のため、ほとんど無償で自社株式をもらったのと同じ効果があります。

(売却時の株価 ― 権利行使価格(1円))× 株式数= 売却益(役員への報酬)

1円ストックオプションは、役員が自社株式を取得した時点で給与所得として課税されますので、すぐに株式を売却しない場合には納税資金が必要になります。

通常型ストックオプションの場合は、権利行使価格より株価が下落した場合には、権利行使しないという選択ができます。このため、株価が上昇したときにしか役員報酬としての効果がありません。

一方、1円ストックオプションの場合は、株価が下落しても1円以上であれば売却益が期待できるので、役員報酬としての効果があります。もちろん、役員が頑張って会社の業績を向上させ、その結果、株価が大幅に上昇すれば大きな売却益を期待することができます。

要するに、1円ストックオプションは、株価の上昇によって役員報酬が増え、株価が下落したら役員報酬が減少するという効果があるということになります。

このため、日本の上場会社では、株価上昇時しか役員報酬の効果がない通常型ストックオプションはあまり使われず、株価上昇・下落の両方に効果がある1円ストックオプションが多く使われています。

3.バーチャルなストックオプション

日産自動車のSARは「バーチャルなストックオプション」と説明しましたが、SARは「通常型ストックオプションのバーチャル版」と言えます。行使価格を一定時点の株価に設定し、それより株価が上がった場合には株価と行使価格の差額を役員報酬として金銭で支払います。

(権利行使時の株価 - 権利付与日の株価)× 株式数 = 役員への報酬

バーチャルなストックオプションで、1円ストックオプションに相当するものもあります。これはファントム・ストックと呼ばれるものです。ファントムは幻影、幽霊という意味です。ファントム・ストックは、まさにバーチャルなストックオプションという意味合いになります。ファントム・ストックによる役員報酬は次のようになります。

(報酬基準額 × 株価変動率)× 株式数 = 役員への報酬

株価変動率は一定の時点の株価からの変動率とします。野村ホールディングスが外国人役員向けに過去からファントム・ストックを導入しています。平成29年度の税制改正で損金算入が可能になったことから、三菱地所、ファンケル、良品計画(外国人役員向け)などが導入を開始しています。今後も導入事例が増えるかもしれません。

SARは、行使価格より株価が大幅に下がって回復見込みがない局面では、インセンティブ効果がほとんどなくなります。一方、ファントム・ストックは1円ストックオプションと同様に、株価が下落しても役員報酬としての効果がある点でSARより優れていると言えます。

4.日産自動車のSAR

2013625日開催の株主総会で承認されたSARの内容は次のとおりです(20156月の株主総会で適用期間が延長されています)。

日産の場合、各事業年度ごとに権利付与し、付与時点の株価と権利行使日の株価の差額が役員報酬として金銭で支払われます。

役員は、権利行使可能期間内で権利行使する必要がありますが、この期間は権利付与した日から10年以内の時期に取締役会が決めることになっています。

年間付与総数は、適用期間内の各事業年度について、万個(当社普通株式百万株相当数)が上限となっています。権利付与日の株価より権利行使日の株価が高い場合、すなわち役員の業績向上努力によって株価が上がった時には、その株価の差額×付与数が役員報酬となります。

日産自動車の株価は事件発覚後下落していますので、SARに基づく役員報酬はあまり期待できないと思います。また、この報酬プランの適用期間が平成30 年度末、すなわち20193月末までになっています。今年の株主総会で適用延長するかどうかが注目されます。

5.有価証券報告書の何が虚偽記載か
  
取締役会は、役員の各人の報酬額の決定をゴーン元会長に一任していたと報道されています。ゴーン元会長は、各役員の報酬だけでなく、自分自身に対する報酬も決めていたということになります。

そもそも有報では、ゴーン元会長にはSARは支給されていないことになっています。検察当局は、今年1月の追起訴事由において、2010年度から2017年度の8年間で約91億円分の役員報酬が有報に記載されていなかったとしています。有報記載のどの部分がどのように虚偽記載されていたのか、今後明らかになると思います。