年賀メールのあと、ブログの更新をしていませんでした。私の所属するビズサプリのメルマガとして送信して記事を転載しておきます。
1.SARはバーチャルなストックオプション
日産自動車は、株価連動型インセンティブ受領権(SAR=ストック・アプリーシエーション・ライト、以下「SAR」)という日本では一般的でない業績連動報酬を採用しています。
SARは、いわば「バーチャルなストックオプション」です。仮想的に自社株式を取得して、その後売却したとした場合の売却益相当額を会社が役員に対して金銭で支払うものです。新株予約権ではなく、支払を金銭で行う点がストックオプションと異なります。
業績連動報酬には、年次賞与のような単年度の評価に基づく年次インセンティブと、複数年度の評価に基づく中長期インセンティブがあります。SARは中長期インセンティブの一種です。
ストックオプションには、主に通常型(税制適格型)ストックオプションと1円ストックオプション(株式報酬型ストックオプション)があります。
通常型すなわち税制適格にするためには、権利行使価格を権利付与日における時価以上に設定しなければなりません。権利付与日から会社の業績が向上して株価が上がった場合には、権利行使価格で権利行使(自社株式の購入)をして売却すれば、売却益部分が役員への報酬になります。
(売却時の株価 ― 権利行使価格(自社株式の購入価格))× 株式数= 売却益(役員への報酬)
通常型の場合は、自社株式取得時点では役員に対する所得税が課税されず、売却時に売却益に株式譲渡所得として課税(税率20.315%)されます。高額所得の役員にとっては給与所得より低い税率になります。
一方、1円ストックオプションは、権利行使価格が1円のストックオプションです。権利行使価格が1円のため税制適格にはなりません。このため、自社株式を取得した時点で、株式の時価相当額が給与所得として課税されます。権利行使価格(自社株式の購入価格)が1円のため、ほとんど無償で自社株式をもらったのと同じ効果があります。
(売却時の株価 ― 権利行使価格(1円))× 株式数= 売却益(役員への報酬)
1円ストックオプションは、役員が自社株式を取得した時点で給与所得として課税されますので、すぐに株式を売却しない場合には納税資金が必要になります。
通常型ストックオプションの場合は、権利行使価格より株価が下落した場合には、権利行使しないという選択ができます。このため、株価が上昇したときにしか役員報酬としての効果がありません。
一方、1円ストックオプションの場合は、株価が下落しても1円以上であれば売却益が期待できるので、役員報酬としての効果があります。もちろん、役員が頑張って会社の業績を向上させ、その結果、株価が大幅に上昇すれば大きな売却益を期待することができます。
要するに、1円ストックオプションは、株価の上昇によって役員報酬が増え、株価が下落したら役員報酬が減少するという効果があるということになります。
このため、日本の上場会社では、株価上昇時しか役員報酬の効果がない通常型ストックオプションはあまり使われず、株価上昇・下落の両方に効果がある1円ストックオプションが多く使われています。
3.バーチャルなストックオプション
日産自動車のSARは「バーチャルなストックオプション」と説明しましたが、SARは「通常型ストックオプションのバーチャル版」と言えます。行使価格を一定時点の株価に設定し、それより株価が上がった場合には株価と行使価格の差額を役員報酬として金銭で支払います。
(権利行使時の株価 - 権利付与日の株価)× 株式数 = 役員への報酬
バーチャルなストックオプションで、1円ストックオプションに相当するものもあります。これはファントム・ストックと呼ばれるものです。ファントムは幻影、幽霊という意味です。ファントム・ストックは、まさにバーチャルなストックオプションという意味合いになります。ファントム・ストックによる役員報酬は次のようになります。
(報酬基準額 × 株価変動率)× 株式数 = 役員への報酬
株価変動率は一定の時点の株価からの変動率とします。野村ホールディングスが外国人役員向けに過去からファントム・ストックを導入しています。平成29年度の税制改正で損金算入が可能になったことから、三菱地所、ファンケル、良品計画(外国人役員向け)などが導入を開始しています。今後も導入事例が増えるかもしれません。
SARは、行使価格より株価が大幅に下がって回復見込みがない局面では、インセンティブ効果がほとんどなくなります。一方、ファントム・ストックは1円ストックオプションと同様に、株価が下落しても役員報酬としての効果がある点でSARより優れていると言えます。
4.日産自動車のSAR
2013年6月25日開催の株主総会で承認されたSARの内容は次のとおりです(2015年6月の株主総会で適用期間が延長されています)。
日産の場合、各事業年度ごとに権利付与し、付与時点の株価と権利行使日の株価の差額が役員報酬として金銭で支払われます。
役員は、権利行使可能期間内で権利行使する必要がありますが、この期間は権利付与した日から10年以内の時期に取締役会が決めることになっています。
年間付与総数は、適用期間内の各事業年度について、6 万個(当社普通株式6 百万株相当数)が上限となっています。権利付与日の株価より権利行使日の株価が高い場合、すなわち役員の業績向上努力によって株価が上がった時には、その株価の差額×付与数が役員報酬となります。
日産自動車の株価は事件発覚後下落していますので、SARに基づく役員報酬はあまり期待できないと思います。また、この報酬プランの適用期間が平成30 年度末、すなわち2019年3月末までになっています。今年の株主総会で適用延長するかどうかが注目されます。
5.有価証券報告書の何が虚偽記載か
取締役会は、役員の各人の報酬額の決定をゴーン元会長に一任していたと報道されています。ゴーン元会長は、各役員の報酬だけでなく、自分自身に対する報酬も決めていたということになります。
そもそも有報では、ゴーン元会長にはSARは支給されていないことになっています。検察当局は、今年1月の追起訴事由において、2010年度から2017年度の8年間で約91億円分の役員報酬が有報に記載されていなかったとしています。有報記載のどの部分がどのように虚偽記載されていたのか、今後明らかになると思います。
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