公開された調査報告書
現役取締役と元取締役が株主提案により、11名の取締役選任議案を提示をしたことで積水ハウスが話題になりました。ISSなどの議決権行使助言会社が賛成に回るなどの動きがあったものの、4月23日の株主総会では、会社側の取締役候補者が全員選任され、この騒動は一旦収まったかのようです。
このような事態の直接の原因は役員間の確執と考えられますが、そのきっかけは同社が地面師事件に巻き込まれ、55.5億円の損失を計上したことでした。
この事件の後、社外役員による調査対策委員会が設置され、調査報告書(本文13ページ)が提出されていますが、外部に公表したのは2ページ半の経緯概要でした。このうち事件の概要は半ページぐらいしか書かれていません。
代表取締役などに対して損害賠償を求める株主代表訴訟が提起されており、裁判所は調査報告書の提出命令を出しましたが、取締役・会社側はこれを拒否し、その命令の取り消しを求める控訴が棄却されました。その結果、個人情報を黒塗りした調査報告書が裁判所に提出されています。
その調査報告書がSAVE SEKISUI
HOUSEというウェブサイトに掲載されています。同社の経営陣に不満を持つ何者かがこのサイトを立ち上げ、自らの主張とともに調査報告書を公開したのです。
この調査報告書には誤字脱字があったり、一部推敲が不十分な箇所があったりします。そういう点では、社内利用目的で作成したとも考えられます。見方を変えると、社外役員たちによる「手作り感」のある報告書であるとも言えます。
その調査報告書は、強い語気が感じられる次の文章から始まります。
「不動産を専業とする一部上場企業が、55億円5千万円という、史上最大の地面師詐欺被害にあったということである。また、被害金が裏社会に流れたと推定される。大手金融機関が振込詐欺で甚大な被害を受けるのと同じで、通常起こりえないことであり、絶対にあってはならないことである。」
事件の概要
この調査報告書に基づいて簡単にその概要を説明しましょう。
マンション事業を行う事業部の営業次長のところに、東京品川区五反田にある元旅館の土地を売却するという話が2017年4月3日に持ち込まれました。土地所有者はパスポートと印鑑証明で本人確認ができる状況でした。
会社は、稟議決裁を行った後、4月24日売買契約を締結し、手付金14億円を支払いました。所有者から直接買い取るのではなく、一旦中間業者が買取り、それを積水ハウスが買うという契約になっていました。
中間業者の買取価額60億円、積水ハウスの買取価額は70億円でした。時価100億円すると言われていた土地が70億円で手に入る契約です。この後、所有権移転の仮登記が完了しています。
その後、6月1日に残金の支払いを行いました。建物取り壊し後に支払う留保金7億円を除いた残金49億円が支払われました。その5日後に法務局から不動産の本登記却下の連絡が入りました。ここで偽の所有者から土地を購入していたことが判明しました。
経緯概要に記載されていなかった事実
会社が発表した経緯概要と調査報告書を比較すると、経緯概要には次の重要な事項が記載されていませんでした。
まず、積水ハウスは、不動産会社なら地面師対策として通常実施する「知人による確認」を実施していませんでした。これは写真を所有者の近隣住民や知人に見せる方法で行われます。
本当の所有者は、この旅館で生まれ育っていますので、近所の人が知らないはずがありません。地面師から見せられたパスポート写真のコピーを持って、近隣を回れれば済むことです。
土地購入の承認を得るための稟議書承認の際、4名の回議者が飛び越され、予め現地視察をしていた社長が先に承認していました。回議者全員が承認したのは手付金支払後だったという報道もあります。
手付金支払いと仮登記を行った後に内容証明郵便が4通届きました。これは本当の所有者が郵送したもので、これらには「売買契約はしていない、仮登記は無効である」などと記載されており、その一通には印鑑登録カードの番号が記載されていました。
これらを土地売買を知った者による妨害行為と思いこんだ積水ハウスは、偽の所有者から内容証明郵便を送っていない旨を記載した確約書を入手しました。
妨害行為に対応するため、残代金の決済日を約2か月早めて6月1日にしました。これは地面師にとっては願ってもないことでした。
残代金支払日の6月1日には、本当の所有者に呼ばれた警察が元旅館に来ました。警察官が、そこにいた積水ハウス社員に対して警察署への任意同行を求めました。これは残金支払手続中のことで、この連絡を受けた積水ハウス担当者は妨害行為だと思い、そのまま支払手続を完了しました。
内部統制の機能不全
積水ハウスは、前述のように気づくべきタイミングをことごとく見逃しています。この失敗の原因は、そもそも積水ハウスが地面師に無防備で、同社にはこのような詐欺行為を想定した内部統制がなかったということに尽きます。
同社は、戸建住宅には強いですが、都心でのマンション用地買収は得意分野ではなかったという見方もできると思います。2.4兆円の売上高のうちマンション事業の売上高は4%程度です。この事業の社員数は全体の1%以下です。
地面師が複数の不動産会社に声を掛けたところ、所有者の本人確認ができないという理由で断られていた、ということも一部報道されています。
マンション事業部はこの案件を是非とも進めたいという一心で、稟議承認の前に社長に現地を見せています。その後、社長による飛び越し承認があったことから、社内ではこれは「社長案件」と呼ばれるようになっていたそうです。
社長が現地視察したときに「所有者の本人確認をしっかりして慎重に取引を進めるように」と社長が指示していたら、大きく方向が変わっていたと思います。しかし、そもそも同社には役員を含めて、マンション事業の経験が長い者がいるはずがありません。社長の責任というより、会社全体が地面師に無防備だったのだと思います。
全体の流れとしては、マンション建設用地を確保したいという社内勢いが強く、その承認体制が機能しなかったという構図でした。
不動産部を軽視
積水ハウスに不正な取引を防止するための内部統制がなかったわけではありません。不動産部という部署があり、ここでは取引相手の信用調査や契約の内容をチェックします。不動産部は、銀行の審査部のような機能を持つ部署とされています。
前述の稟議書は、取引の窓口であるマンション事業部から不動産部に回付されました。不動産部で内容をチェックしたうえで、関係役員に回付される手順になっています。
この案件では、マンション事業部から不動産部に対して稟議承認を急ぐようにとの依頼がされ、4名の回議者を飛ばして社長が承認しています。不動産部は親切にもマンション事業部の依頼に基づいて動いています。営業が強い会社ではありがちですが、審査部門などのリスク管理部門による抑えが弱い会社なのでしょう。
手付金の支払時には、不動産部の承認がないと経理財務部が資金手当ができないという内部統制がありました。報道ではこの時点で稟議決裁が完了していなかったことになりますが、社長承認があったからでしょうか、経理財務部に対して資金手当の承認を行っています。
この後、内容証明郵便4通が届いたことについては、マンション事業本部は不動産部に連絡しませんでした。この事件後に退職した当時の不動産部長の取材記事が週刊文春4月16日号に掲載されています。
不動産部長のところには、不審な者が来社したことなどのリスク情報が入っていたことから、マンション事業部長の担当役員に対して「手付金の14億円は流しても、取引はやめた方がよい」と電話で伝えたと不動産部長は語っています。
取引を進めたいマンション事業本部としては、内容証明郵便のことを不動産部長には伏せておいたのだと思います。
この週刊文春の記事には、社長(現会長)が、「変な郵便が3、4通とどいているだろ」と話したことから、内容証明郵便の件について、社長は知っていたと書かれています。
この事件の教訓
社名からも分かるように、積水ハウスにとってマンション事業は後発事業です。この事業のランキングでは10位から20位の位置づけです。業界大手を追う立場にあると勇み足になりがちです。さらに、社内に事業環境を熟知した人材が不足する状況でした。
一般に、本業以外の事業から不祥事が発生することが多いと言えます。本業であれば、長年の事業経験があり、内部統制がしっかり構築・運用されるからです。優秀な人材も本業に集まる傾向があります。積水ハウスの場合は、後発のマンション事業における内部統制上の弱点が災いしたと見ることができます。
支払ったお金は分散されており、どこにあるか分からなくなっています。調査報告書の冒頭では、前述のとおり「被害金が裏社会に流れたと推定される」と記載されています。すなわち、この地面師事件に巻き込まれた会社は被害者であるだけでなく、犯罪者に対して巨額の資金提供したという反社会的な行為を行ったということも言えます。
積水ハウスは「ESG経営のリーディングカンパニーを目指し、持続可能な社会を実現」という目標を掲げていますが、犯罪者のサステナビリティに貢献してしまったこともしっかりと認識しなければなりません。
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