今日提出された東芝の有価証券報告書の提出により、PwCあらた監査法人から受け取った監査報告書が明らかになりました。第1四半期報告書も同日に提出されました。どちらの監査報告書も「限定付き適正意見」となっています。限定付き適正意見がどんなものか世の中に知られることになりました。 NHKはこれを「おおむね妥当」とし、日経は「条件付きながら『お墨付き』を得た」としました。我々専門家は、おおむね妥当は「適正意見」を指すと理解していますので、NHKの表現は頂けません。
それはそうとして、非常に長い監査報告書ですので、何回かに分けて検討してみましょう。
有価証券報告書の監査報告書は連結と単体の両方の財務諸表に対して提出されます。筆者は、単体財務諸表の公表は、混乱を招くだけなので、止めたほうが良いと思っていますが、日本では依然として有価証券報告書に親会社単体の個別財務諸表含まれています。
連結財務諸表に対する監査報告書を見てみましょう。<財務諸表監査>と<内部統制監査>に全体が分かれています。内部統制監査はいわゆるJ-SOXです。今回の東芝の内部統制監査の監査意見は非常に珍しい「不適正」となっています。これについては、後日ご説明します。
「<財務諸表監査>
当監査法人は、金融商品取引法第193条の2第1項の規定に基づく監査証明を行うため、「経理の状況」に掲げられている株式会社東芝の2016年4月1日から2017年3月31日までの連結会計年度の連結財務諸表、すなわち、連結貸借対照表、連結損益計算書、連結包括損益計算書、連結資本勘定計算書、連結キャッシュ・フロー計算書、連結財務諸表に対する注記及び連結附属明細表について監査を行った。」
>>この部分は、監査根拠条文と監査対象となる連結財務諸表を記載する部分で範囲区分と呼ばれます。どの会社も同じような記述になっています。
「連結財務諸表に対する経営者の責任
経営者の責任は、「連結財務諸表の用語、様式及び作成方法に関する規則」第95条の規定により米国において一般に公正妥当と認められる企業会計の基準に準拠して連結財務諸表を作成し適正に表示することにある。これには、不正又は誤謬による重要な虚偽表示のない連結財務諸表を作成し適正に表示するために経営者が必要と判断した内部統制を整備及び運用することが含まれる。
監査人の責任
当監査法人の責任は、当監査法人が実施した監査に基づいて、独立の立場から連結財務諸表に対する意見を表明することにある。当監査法人は、我が国において一般に公正妥当と認められる監査の基準に準拠して監査を行った。監査の基準は、当監査法人に連結財務諸表に重要な虚偽表示がないかどうかについて合理的な保証を得るために、監査計画を策定し、これに基づき監査を実施することを求めている。」
>>この部分は、変な日本語ですが「二重責任の原則」と呼ばれる内容で、連結財務諸表の作成責任と監査人の責任を記述する部分です。東芝は米国会計基準を採用していることがここでわかります。監査人の監査基準は米国基準ではなく日本基準であることもわかります。二重責任の原則というのは本来は「責任分離の原則」と呼んだ方が良いと遠い昔に監査論の先生に教えてもらいました。財務諸表作成は経営者の責任、監査は監査人の責任ということです。標準文言が決まっており、その通り記載されているだけです。あまり気にせず進みましょう。
「監査においては、連結財務諸表の金額及び開示について監査証拠を入手するための手続が実施される。監査手続は、当監査法人の判断により、不正又は誤謬による連結財務諸表の重要な虚偽表示のリスクの評価に基づいて選択及び適用される。財務諸表監査の目的は、内部統制の有効性について意見表明するためのものではないが、当監査法人は、リスク評価の実施に際して、状況に応じた適切な監査手続を立案するために、連結財務諸表の作成と適正な表示に関連する内部統制を検討する。また、監査には、経営者が採用した会計方針及びその適用方法並びに経営者によって行われた見積りの評価も含め全体としての連結財務諸表の表示を検討することが含まれる。
当監査法人は、限定付適正意見表明の基礎となる十分かつ適切な監査証拠を入手したと判断している。」
>>先ほどの監査人の責任の続きの記述です。実施した監査手続が記載されています。ここまでが標準文言であり、問題はその次です。
「限定付適正意見の根拠
会社は、特定の工事契約に関連する損失652,267百万円を、当連結会計年度の連結損益計算書において非継続事業からの非支配持分控除前当期純損失(税効果後)に計上した。
しかし、当該損失の当連結会計年度における会計処理は、米国において一般に公正妥当と認められる企業会計の基準に準拠していない。当該損失が適切な期間に計上されていないことによる連結財務諸表に与える影響は重要である。」
>>公認会計士協会は、監査報告書の文例を会員である公認会計士に示していますが、これは文例12に従って記述されています。「意見」より前に「根拠」が記載されているのには違和感があるかもしれませんが、これが文例どおりとなります。
まず「6,522億円を『非継続事業からの非支配持分控除前当期純損失(税効果後)』に計上した。」となっています。当期の連結損益計算書を見ると「非継続事業からの非支配持分控除前当期純損失(税効果後)」という項目があり、一行で1兆2,801億円の損失が計上されています。注記の「4.非継続事業」を見るとその内訳が記載されています。ウェスチングハウスののれん減損額は7,316億円になっています。監査意見では、総額1兆2,801億円の中に含まれる損失6,522億円が問題だとしています。その損失が適切な会計期間に計上されていないと言っています。
「注記28.「企業結合」に記載されているとおり、会社の連結子会社であったウェスチングハウスエレクトリックカンパニー社(以下、「WEC」という。)は、2015年12月31日(米国時間)にCB&Iストーン・アンド・ウェブスター社(以下、「S&W社」という。)を取得したため、会社は2016年3月31日現在の連結財務諸表を作成するにあたり、Accounting Standards Codification(以下、「ASC」という。)805「企業結合」に基づき、取得した識別可能な資産及び引き受けた負債を取得日の公正価値で測定し、取得金額を配分する必要があった。
ASC805は、公正価値の測定が完了するまでの期間中の決算期末においては、暫定的な見積りにより識別可能資産及び負債を計上することを要求している。また、ASC805は、公正価値による測定及び取得金額の配分を取得日から1年以内に最終化することを認めている。」
>>ここでは、ウェスチングハウスがS&W社を買収した時に、東芝が採用した米国会計処理基準のことが記載されています。これは単に会計基準の説明なので何が起こっているかわかりません。
「会社は、2016年3月31日現在の工事損失引当金の暫定的な見積りに、すべての利用可能な情報に基づく合理的な仮定を使用していなかった。会社が、工事損失引当金について、すべての利用可能な情報に基づく合理的な仮定を使用して適時かつ適切な見積りを行っていたとすれば、当連結会計年度の連結損益計算書に計上された652,267百万円のうちの相当程度ないしすべての金額は、前連結会計年度に計上されるべきであった。これらの損失は、前連結会計年度及び当連結会計年度の経営成績に質的及び量的に重要な影響を与えるものである。」
だんだん核心に迫ってきました。「工事損失引当金の暫定的な見積りに、すべての利用可能な情報に基づく合理的な仮定を使用していなかった」ことから、「6,522億円のうちの相当程度ないしすべての金額は、前連結会計年度に計上されるべきであった。」ということでした。すなわち、ウェスチングハウスがS&W社を買収した時のS&W社の公正価値の計算上、工事損失引当金が少なく算定されていました。その工事損失引当金に相当する損失が当期になって計上されていますが、その相当程度ないし全額は前期に計上すべき損失だった、と記述されています。
言い方を変えると、ウェスチングハウスがS&W社を買収した時に公正価値の計算をして、買収額との差額を「のれん」に計上するのですが、その「のれん」がそもそも少なく計上されていたということになります。東芝は、当期中に「のれん」を増額し、同時にそれを減損するという会計処理を第3四半期決算で行なっていますので、そのことを指しているものと考えられます。
「会社が、2016年3月31日現在の連結財務諸表を作成した時点(以下、「前期決算の当時」という。)において、利用可能であったが、工事損失引当金の暫定的な見積りに使用しなかった情報には次のようなものがある。
工事原価の発生実績が当初の見積りを大幅に超過していたが、この実績が将来の工事原価の見積りに反映されていなかった。また、取得のための調査を行った専門家が工事原価見積りを分析した際、見積りに使用された生産性を達成できないことや建設工事スケジュールを遵守できないことによるコスト増加のリスクを識別したが、これらは暫定的な見積りに反映されておらず、さらに、WECが契約により提出要求されていたS&W社の最終の貸借対照表の分析に使用した生産性に関する仮定は、暫定的な見積りに使用した仮定と整合していなかった。」
>>そもそも、S&W社買収時点で知り得なかった情報が当期になって分かったということであれば、問題なかったと考えられるのですが、「2016年3月31日現在の連結財務諸表を作成した時点において、利用可能であったが、工事損失引当金の暫定的な見積りに使用しなかった」と明言されています。買収時に分かっていた情報を利用せず、公正価値を大きめに(工事損失引当金を少なく)算定したということになります。この後、監査報告書は続きますが、前期の純損失額が過小になっており、その最大額が6,522億円であり、その場合には当期純損失が同額過大になっているというようなことが記載されています。
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