日本の会計基準の大もとは企業会計原則です。それだけではまさに「原則」で、実際には会計処理ができません。特に上場企業は海外事業や多くの子会社を有し、多種多様の事業活動を行っています。このため、企業会計原則より詳細な細則を決めておかないと、企業によって会計処理がバラバラになり、企業間比較ができなくなってしまいます。
有価証券報告書を提出している会社(全ての上場会社と一部の非上場会社)と、会社法上の大会社(資本金5億円以上または負債総額200億円以上)に適用されるのが企業会計基準委員会(ASBJ)が公表するいわゆる「日本基準」です。
企業会計原則は、企業会計基準の全ての分野をカバーしますが、ASBJが公表する企業会計基準は法人税、退職給付、研究開発費、会計上の変更などのテーマ別になっています。
実は、有価証券報告書提出会社と会社法上の大会社には、監査法人による財務諸表監査が要求されています。監査を行う上で、会計処理基準は「判断基準」となります。財務諸表が適正かどうかを判断する際に、企業会計基準から外れていないかを判断するためです。
そういう点で、ASBJの企業会計基準は、財務諸表監査と切っても切れない関係にあります。(ちなみに、監査が要求されない中小企業には「中小会計指針」と「中小会計要領」があります。)
日本の有価証券報告書提出会社(上場会社と金商法適用の非上場会社)が使える会計基準には次の4種類があることはご存知でしょうか。
1 日本基準
2 米国会計基準
3 国際会計基準 (IFRS)
4 修正国際基準 (日本版IFRS)
このように4つの中から会計基準を選べる国は世界で日本しかありません。ASBJから公表されているのは、1の日本基準と4の修正国際基準です。上記は連結の話で、親会社の単体財務諸表には日本基準だけが適用可能です。(そもそも単体財務諸表を有報に掲載することが間違いだと思いますが、その点は別稿で検討したいと思います)
修正国際基準は、国際会計基準のほとんどそのまま受け入れ、どうしても受け入れられない部分(具体的には、のれんを償却しない会計処理)について、1の日本基準を入れ込んだものです。
実は、4の日本版IFRSを実際に使っている会社は1社もありません。変な話ですが、もともとASBJとしては使ってもらおうと思って開発した会計基準ではなかったようです。これは、もし国際会計基準がこの日本版IFRSのようになったら、日本の会計基準として全面的に国際会計基準を採用することができる、という日本からの意思表明だったそうです。
このため、国際会計基準そのままの部分は英語のままで、日本基準を入れ込んだところだけ日本語という和洋折衷になっています。そういう点でも、企業に使ってもらうことを前提に開発された会計基準ではなかったことがわかります。
米国会計基準と国際会計基準は、それぞれ米国(FASBー非上場会社とPCAOBー上場会社)と国際会計基準委員会(IASC)が、その設定母体です。ASBJは、国際会計基準については日本としての意見を主張できますが、必ずしも受け入れてもらえるとは限りません。米国会計基準については、米国が決めている基準なので、他の国は口出しできません。
ここまで分かったところで、本題のASBJの日本基準開発方針のお話になります。どんな方針で日本基準を作っているのでしょうか。日本基準は、長い間かけて国際会計基準に近づけていく方向で改訂されてきました。
昔は、先進国では各国がそれぞれ独自の会計基準を持っていましたが、ヨーロッパ諸国が国際会計基準を採用することになり、その後、中国を含むアジア、オセアニア諸国も国際会計基準を採用しています。このため、世界の会計基準は、米国会計基準、国際会計基準それに日本基準と3つしかないのが現状です。日本は、その全てが使える(米国会計基準採用には条件があります)世界で稀に見る国です。
日本基準の存在意義がなくなってきたので、日本基準はやめて国際会計基準を日本企業も適用したらよいのではないか、という意見が高まったことがありましたが、結局、企業の強い反対により、そうはなりませんでした。
のれんの償却など一部の会計基準を除いては、国際会計基準をそのまま使ったら良いのではないかという考えを取り入れて開発されたのが、1社も使っていない修正国際会計基準(IFRSに日本版とか英国版があってはいけないということになっているので、日本版IFRSと呼ぶのは正しくない)です。
そういうことから、ASBJによる日本基準はできる限り国際会計基準と同じにするという方針で開発されているそうです。これから適用される「収益認識に関する会計基準」は、まさにこの方針で開発されたそうです。
ただ、この収益認識については、ちょっと背景があります。米国基準と国際会計基準が全く同じなのです。実は、米国でも日本と同じように国際会計基準を適用した方が良いという考え方が盛り上がり、そのため、国際会計基準と米国会計基準を擦り合わせて一緒にするというプロジェクトが始まりました。その結果できたのが収益認識の会計基準です。
残念ながら、国際会計基準と米国会計基準が一緒になったのはこれだけで、そのあと米国は国際会計基準に歩み寄ろうという動きを止めました。トランプ大統領のアメリカファースト政策よりずっと前です。
このような背景があることから、日本だけ独自の会計基準を作るわけには行かないのです。実は、国際会計基準は「原則主義」と言って細則を決めない会計基準でした。しかし、米国会計基準の収益認識基準には200のガイダンスがあり印刷するとかなり分厚いものでした。この2つを擦り合わせた結果、米国会計基準寄りの細則主義の会計基準になってしまっています(この時点で国際会計基準は原則主義を捨てたと考えられます)。
日本ではどうでしょうか。日本における収益認識に関する会計基準は、企業会計原則に次のとおり定められているだけです。これ以上の会計基準はありません。
「売上高は、実現主義の原則に従い、商品等の販売又は役務の給付によって実現したものに限る。ただし、長期の未完成請負工事等については、合理的に収益を見積り、これを当期の損益計算に計上することができる(注6)(注7)」
日本は、非常に原則主義的な基準しか持っていなかったのです。なぜそのようになっているかというと、業界の会計慣行が色々あり、それらを整理することが難しかったのでほっておいた、というのが真相だと思います。
収益認識基準が、米国会計基準=国際会計基準となった以上、ASBJとしては産業界の力に振り回されているわけには行かないのが現状と言えます。そのようなことから、この会計基準の適用にはASBJは非常に慎重になっています。
というのは、デパートなどの在庫リスクのない委託販売方式での売上計上が認められない、割賦基準が認められない、販売時ポイント付与の会計処理が変わる、工事進行基準の会計処理が厳格になる、材料有償支給の会計処理が変わるなど、大きな影響が考えれるからです。
ASBJは、2016年2月に意見募集を行い、2017年7月には公開草案を公表しています。この基準が強制適用になるのは2021年4月以降の事業年度からになりそうです。それまでの間、上場企業などは取引内容の見直しや会計システムの変更などの準備をすることになるでしょう。
国際会計基準=米国会計基準となった今、泣いても笑っても、日本基準だけ別にするわけには行きません。特に、損益計算書のトップラインを決める会計基準なのでなおさらです。
なお、収益認識基準に関する会計基準は、国際会計基準と同じという建前ですが、ASBJはが「上乗せ」と言っている日本の業界会計慣行を一部認める部分があります。意見募集、公開草案、強制適用までの長いリードタイムの間に「上乗せ」が「日本独自基準」にならないように願いたいと思います。
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