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2014年9月20日土曜日

戦略目標マネジメントと全社的リスクマネジメントを統合した マネジメントシステムの考察 第3章

(日本内部統制研究学会20148ERM研究部会 論文 第3章)

Ⅲ.戦略目標マネジメントシステムとしてのバランス・スコアカード

1.バランス・スコアカードの概要
 筆者は、以前よりバランス・スコアカードとリスクマネジメントの親和性が高いと考えていた。バランス・スコアカードにおける業績評価指標(KPI)の位置に、リスクマネジメントにおけるリスク評価指標を組み込めば、両者の一体化がうまくできるのではないか、というのが筆者の着想であった。しかし、これは筆者の発明でも何でもなく、後述のとおりバランス・スコアカードの提唱者によって、すでにこのことが紹介されている。また、ITガバナンスのフレームワークであるCobit5においては、ITガバナンスとバランス・スコアカードとの関連が定義されている。[i]

 バランス・スコアカードは、ハーバード・ビジネス・スクールのKaplan教授とコンサルタントのNorton氏が開発したマネジメントシステムである。彼らによって1996年から2008年まで5冊の著書が発表されている。

 わが国では1997年以降、これらの著作の翻訳書だけでなく多くの解説書が出版されている。バランス・スコアカードは、最も良く知られた経営管理手法であると言える。

 清水孝教授によるわが国での2006年における調査によれば、44.7(46)の回答企業がバランス・スコアカードを利用していると答えている。しかし、そのうちバランス・スコアカードを適切に利用していると考えられる企業は10.7%(11)と考えられるとしている。[ii] わが国においては、バランス・スコアカードは新しい経営手法として一時非常に注目され、その導入を試みる企業が多かったが、その後さまざまな理由からその使用を諦めた会社も多い。

 わが国ではこのような現状ではあるが、現在、世界でもっとも多く使用されている業績管理あるいは戦略目標マネジメントシステムがバランス・スコアカードである。[iii] Kaplan教授とNorton氏の著書には米国等における多くの企業、行政及び病院における導入事例が紹介されている。わが国においては、例えば櫻井通晴教授による著書において、リコー、富士ゼロックス、ユニシス、両毛システムズなどにおけるバランス・スコアカードの導入事例が紹介されている。[iv]

 清水孝教授は「真夏に暑い日の夕方、西の空が黒い雲に覆われてくれば、夕立があるかもしれないという予想をわれわれは行う。しかし、フィードバック型の業績管理システムのみでマネジメントを行っていると、雷が鳴り、雨が降り、気温が急降下し始めないと環境変化が生じたことが分からないことになり、打つ手は後手に回ることになる。」とし、バランス・スコアカードの予見性について指摘している。[v]

 吉川武男教授は「バランス・スコアカードは、ビジョンと戦略を明確にし、それらを経営者のものだけにすることなく、組織の末端まで浸透させ、部門や個人の目標と、ビジョンおよび戦略との整合性をとり、経営者から従業員ないし職員一人ひとりに至るまで組織全員のチームワークと結束力を強化し、自分たちの夢であり目標であるビジョンと戦略の実現に向けて、果敢に挑戦させる新時代の戦略的マネジメント・システムないしナビゲーション経営システムである。」[vi]としている。

 以上のとおり、バランス・スコアカードは、経営環境の激変により将来を予測することが難しい現代において、予見性を備え、経営者から従業員の一人ひとりまで一定の目標をもって活動させることにより、企業価値の向上を目指す仕組みであることが分かる。

 予見性は、リスクマネジメントにおいて必須の要素であり、経営者から従業員までのチームワークと結束力は、全社的リスクマネジメントにおいても重要な要素であると言える。

2.バランス・スコアカードの4つの視点と5項目
 バランス・スコアカードについては、前述のとおり日本語による翻訳書や解説書が多いが、必ずしも日本語による用語が統一されている訳ではない。「バランス・スコアカード」という名称一つとっても、英文のBalanced Scorecardをそのままカタカナにして「バランスト・スコアカード」とする研究者と、日本語として発音しやすい「バランス・スコアカード」としている研究者がある。本稿では、Kaplan教授とNorton氏の最初の著作を翻訳し、その後バランス・スコアカードに関する数多くの著作を発表している吉川武男教授による用語と考え方を基にしてバランス・スコアカードの概要を紹介する。[vii]

 バランス・スコアカードは、4つの視点と5項目によって構成されている。4つの視点とは、財務の視点、顧客の視点、業務プロセスの視点、人材と変革の視点である。バランス・スコアカードは、これら4つの視点ごとに、戦略目標、重要成功要因、業績評価指標、数値目標、アクションプランの5項目を設定する。財務的な業績評価指標にのみに頼ることが、将来の経済的価値を生み出す企業能力を阻害する[viii]ことから、財務以外の他の視点をバランスよく付け加えたことがこの手法の特徴となる。

 5つの項目はその策定の手順の順序を示している。すなわち、戦略目標を設定し、成功に導く要因を探り、それを測定する基準となる業績評価指標を識別する。次に、業績評価指標のターゲットとなる数値目標を設定し、そのターゲットを達成するためのアクションプランを策定する。

図表13:バランス・スコアカードの構成[ix]


 4つの視点は、それぞれ独立しているようにも見えるが、相互に因果関係がある。企業の最終目的は財務の成果である。そのためには収益の拡大とコストの削減が必要になる。収益拡大の観点から顧客の視点が設定され、コスト削減の観点から業務プロセスの視点が設定されている。人材と変革の視点は、長期的な観点から個々の従業員の学習により組織への貢献度を向上させるために設定されている。

 全社レベルのバランス・スコアカードは、その下位の部門に下方展開される。これによって、従業員個人レベルまでが目標を持ち、アクションプランを実行し、業績評価指標により評価されるという体制が確立する。このようにしてバランス・スコアカードが戦略目標管理ないし業績管理のツールとして有効に機能することになる。

 この点について、Kaplan教授とNorton氏は次のように述べている。「理想的には、経営トップから一般社員に至るまで企業の全員が戦略を理解し、いかに自分たちの行動が『大きな将来の夢』を支援するかを理解することが求められる。バランス・スコアカードは、経営トップから一般社員に至るまで整合性がとれることを可能にしている。」[x]

 バランス・スコアカードには、次のようなメリットがある。[xi]
① 人の心を奮い立たせ、ビジョンを効果的に実現する戦略を立案する
② 企業レベルの戦略目標と各組織レベルの目標を整合させる
③ 戦略の優先度を企業のステークホルダーに明確に伝達する
④ 経営資源を戦略の優先度に応じて配分する
⑤ 戦略の実行を迅速かつ効果的に実現するために、実行結果を測定・評価する

 バランス・スコアカードは、少なくとも次のような機能を備えているとしている。[xii]
     PDCAを確実にする
     4つの視点で企業経営や行政や病院経営の成果とプロセスをモニターする、ナビゲーターの役割を果たす
     ビジョンと戦略を各種の経営管理プロジェクトと従業員ないし職員の日々の業務に落とし込む、コミュニケーション機能をもっている
     企業経営や行政や病院経営を戦略思考のマネジメント(行政)ないしナビゲーション経営(行政)にする





[i] ISACA" Cobit5 Enabling Processes"2012
[ii] 清水孝著「戦略実行のための業績管理」中央経済社、2013年、39-40頁及び45-46
[iii] 清水孝著「戦略実行のための業績管理」中央経済社、2013年、39
[iv] 櫻井通晴著「バランスト・スコアカード―理論とケーススタディ―」同文館、2003
[v] 清水孝著「戦略実行のための業績管理」中央経済社、2013年、64-65
[vi] 吉川武男著「決定版バランス・スコアカード」生産性出版、2013年、Piii
[vii] 基本として 吉川武男「決定版バランス・スコアカード」生産性出版、2013年を参考文献とした。
[viii] ロバート・S・キャプラン、デビッド・P・ノートン著、吉川武男訳「バランス・スコアカード戦略経営への変革(新訳版)」生産性出版、2011年、序文xi
[ix] 吉川武男著「決定版バランス・スコアカード」生産性出版、2013年、19頁(筆者一部修正)
[x] ロバート・S・キャプラン、デビッド・P・ノートン著、吉川武男訳「バランス・スコアカード戦略経営への変革(新訳版)」生産性出版、2011年、215頁 (一部筆者修正)
[xi] 吉川武男著「決定版バランス・スコアカード」生産性出版、2013年、5
[xii] 吉川武男著「決定版バランス・スコアカード」生産性出版、2013年、7-8

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