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2014年9月20日土曜日

財務報告の信頼性と内部統制

(學士會会報 No.858(平成18年5月発行)への掲載記事)
  
はじめに
  
 本稿では、資本市場における企業による財務報告の重要性について検討したのち、その信頼性を確保するための方策として新たに導入される内部統制制度の背景と意義を論じる。最後に財務報告の信頼性確保以外の内部統制の分野への取り組みの必要性について述べる。
  
公正な資本市場の運営
  
国民が不利益を被るような事件が発生すると、それに対して行政が対応し、法令が改正されたり、新たにつくられたりすることがよくある。狂牛病の発生による食の安全対策や、構造計算問題による建築確認制度の見直しは、需要者である国民を守るために制度の強化や見直しが行われるという例である。
一昨年から、西武鉄道、カネボウ、ライブドアと有価証券報告書の虚偽記載や粉飾決算が次々と明るみに出た。 わが国では、虚偽の財務報告を投資家にすることは、大罪であるという意識があまりない。これは、株取引で損をした人に対する考え方として、「騙された投資家が悪いのであって、それが嫌なら、株式投資のような危ないことはしないほうがよい。」という意識が日本人の心の中にあるためように思われる。
ようするに、証券市場は一種の「賭博場」であるという見方である。このため、証券取引法違反事件が起こっても、国民からの声として何とかしてほしいという要求が出にくい。この点で、この問題に対する国民の反応は、冒頭に述べた諸事件に対するものに比べてかなり異なるように思われる。
投資家のほうも、不幸にも大損したとしても、ババ抜きのババを掴んだ程度に受けとめているのかもしれない。ホリエモンにまんまと騙されたのは運が悪かっただけ、と考えるのであろう。景気上昇局面が幸いして、株価が上げ基調であることが、この問題を小さく見せているようにも思える。
一方、米国では、周知のとおりエンロンとワールドコムの2大粉飾事件が、それぞれ2001年と2002年に発覚した。経営トップはもともとの高額報酬に加え、会社崩壊直前に自社株を売り抜けて多額の利益を得た。一方、退職金制度の401Kに投資した自社株が紙くず同然となり、路頭に迷う従業員が大勢出た。このような事態に対して、資本主義のリーダーを自認する米国は、その基本となる資本市場の信頼回復のために国の威信を賭け、あっという間にサーベンス・オクスリー法(米国企業改革法)を2002年に成立させたのである。
わが国の資本市場では、企業による株式持ち合いが崩壊し、その主役が企業から個人や外国人に変わり、さらに会社そのものがそこで売買されるようになった。大幅な規制緩和に伴い、資本市場を中心として国の経済を運営する米国型経済になってきたのである。
わが国では、一連の粉飾事件を受けて、資本市場に対する監視を強化するために証券取引等監視委員会の職員が増強され、違反に対する罰則が強化される。金融庁は今後、違法スレスレの行為に対しても課徴金制度の運用などの行政処分権を行使することになると考えられる。
最近、金融庁の外局である証券取引等監視委員会を独立させ、公正取引委員会のような準司法機関に改組してはどうか、という議論もなされた。いわば、検察特捜部が常時資本市場を監視するような強力かつ独立性の高い規制機関を創設すべきであるという議論である。米国の証券取引委員会(SEC)はまさにそのような機関として以前から存在し、サーベンス・オクスリー法によってさらにその権限が強化された。
 わが国では資本市場の規制を大幅に緩和して米国的な自由を選択し、さらに市場のプレーヤーも米国型になりつつある。規律の面でも米国同様に強化されようとしている。一罰百戒では公正な資本市場の実現をすることは難しい。百罰百戒の時代になったと言える。

粉飾と内部統制
 

 賭博場感覚から抜け出るためには、企業から発信される情報にウソがないことが大前提となる。そのウソの最たるものである粉飾決算が、後を絶たない。粉飾決算は、財務諸表の虚偽記載であり、企業の財政状態及び経営成績を実際より良好または悪く見せることをいう。わが国では、1964年(昭和39年)から1969年(昭和44年)頃にかけて、サンウェーブ、厚木ナイロン、山陽特殊製鋼、積水化学、河合楽器、栗田工業及び日本テレビなど名だたる会社の粉飾決算が発覚した。このような事態を受け、日本公認会計士協会の特殊法人化や監査法人制度の創設などが行われた。
 
一方、米国では1970年代から1980年代前半に金融機関を含む多くの企業の経営破綻と粉飾決算が発覚し、監査法人による財務諸表監査の強化だけでは、粉飾決算は防げないのではないかとの疑問が投げかけられた。これを受けて産学官共同の研究組織として1985 年に「不正な財務報告に関する国家委員会」が発足した。これは委員長の名前をとって「トレッドウェイ委員会」と呼ばれる。
トレッドウェイ委員会は、多方面にわたる検討を行って1987年に「不正な財務報告」と題する報告書を公表した。上場会社に対する主な勧告は次のとおりであった。
n 経営者は、不正な財務報告を防止または早期発見することの重要性を認識し、財務報告に関する統制環境を確立する
n 内部統制及び内部監査を充実させる
n 社外取締役から成る監査委員会を設置し、その機能を拡大させる
n 内部統制に関する経営者の意見等を年次報告書に記載する
87年に公表されたトレッドウェイ委員会報告書において、すでに内部統制及び内部監査を充実させることや、内部統制に関する経営者の意見等を年次報告書に記載することが勧告されている点は注目に値する。2002年に成立したサーベンス・オクスリー法404条において要求される内部統制報告書の考え方が、すでにここで示されているのである。
しかしながら、同委員会報告において、このような考え方が示されたものの、実際に制度として導入されるためには、エンロン事件などの一連の巨額粉飾事件を待つ必要があったということは言うまでもない。
この委員会の勧告によって内部統制のフレームワークを検討したのが、COSO(トレッドウェイ委員会組織委員会)である。COSO報告書において示されたフレームワークは、今やグローバル・スタンダードとなっている。サーベンス・オクスリー法404条の対象となる米国における早期適用会社のほとんどすべてがCOSOフレームワークに基づいて内部統制の整備運用を行った。わが国における内部統制制度(後述)におけるフレームワークも、実質上COSOフレームワークと同じであると考えてよい。

内部統制制度の導入

わが国においては、2004年の西武鉄道などによる有価証券報告書の虚偽記載発覚を契機として、金融庁が一斉点検を求めた結果、多数の訂正報告書が提出された。その数は実に500社を超えた。このような状況を受けて証券取引所は、全上場会社に対して代表者による宣誓書と確認書の提出を要求することとした。
宣誓書には「投資者への会社情報の適時適切な提供について真摯な姿勢で臨むこと」、また確認書には有価証券報告書と半期報告書において「不実の記載がない」ことを記載し、会社代表者が署名・押印して提出する。事実に反する宣誓等を行った場合は、上場廃止規定に抵触することとなる。
このような取引所の動きに呼応するように、金融庁は財務報告に係る内部統制についての検討を20052月に開始し、その成果として「財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準(公開草案)」を7月に公表した。これに対するパグリックコメントを反映して、同年12月に基準案として公表されている。
今後、実務上の詳細な指針となる「実施基準」が公表される予定である。また、現状の証券取引法を包含した「金融商品取引法案」(旧称:投資サービス法案)が、今通常国会に上程される。この法律に内部統制の評価と監査に関する条項が盛り込まれることになる。
会計監査ないし財務諸表監査は、財務諸表を経営者が作成し、それを外部監査人が監査するという制度である。すなわち、財務諸表という経営者による主張(アサーション)を外部監査人が監査する。
一方、財務報告に係る内部統制の評価と監査の制度(以下、「内部統制制度」)では、経営者が内部統制の評価を行って内部統制報告書を作成し、外部監査人がそれについて監査報告するという制度である。
財務諸表ないし財務報告という結果の監査ではなく、それを作成するためのプロセスについて、経営者の評価と外部監査人の監査の対象とする点が、内部統制制度の特徴である。この内部統制の外部監査は、従来の財務諸表監査と一体として実施される
会社が財務諸表を作成し、外部監査人がそれを監査(財務諸表監査)することが内部統制制度の前提となる。外部監査(財務諸表監査)の結果、重要な誤りが発見された場合、会社としては当然それを修正しなければならないが、そのような誤りを会社が発見し是正できなかったのは、内部統制上の問題となりうるのである。
このため、財務諸表は適正であっても、内部統制は有効でないという事態が発生する。米国におけるサーベンス・オクスリー法404条適用初年度(200412月決算)においては、実に14%、すなわち7社に1社がこのような事態となった。財務諸表を作成するためのプロセスである内部統制が有効に機能していない会社は、適正な財務諸表を自らが作成できない可能性がある会社であることを意味する。これは株主や投資者等のステーク・ホルダーに対する重要なメッセージとなる。
財務諸表の監査結果が不適正ということは、サッカーで言うとレッドカードであり、その場合上場廃止となり、その会社は市場から退場させられることになる。一方、内部統制の監査結果における不適正は、そのまま市場でのプレーが続けられるイエローカードと言うことができる。わが国での取り扱いは今後決定されるが、米国では内部統制が不適正であっても上場廃止とはならず、その旨が市場のプレーヤーに知らしめられるのみである。

財務報告を超えて

不良製品の出荷、個人情報の漏洩、鉄道事故及び談合事件など、近年企業不祥事が絶えない。日本の会社には、団塊の世代が定年退職を迎えるという特殊事情もある。ベテラン社員を大量に失い、モノつくりや安全管理のノウハウなどが次世代にうまく引き継れないというリスクである。人的な要素としては、わが国では3人に1人は非正社員、という人員構成も大きな懸念材料となる。何らかの抜本的な対応策が必要な状況にあると企業経営者が考えるのも当然と言える。
わが国では会社法が成立し、今年の5月から施行されることになる。会社法施行規則(98, 100条,112条)においては、「業務の適正を確保する体制」として次の体制の保持を求めている。
n 取締役(執行役)の職務の執行に係る情報の保存及び管理に関する体制
n 損失の危険の管理に関する規程その他の体制
n 取締役(執行役)の職務の執行が効率的に行われることを確保するための体制
n 使用人の職務の執行が法令及び定款に適合することを確保するための体制
n 当該株式会社並びにその親会社及び子会社から成る企業集団における業務の適正を確保するための体制
 会社法は、内部統制という用語を使ってはいないものの、これは取締役による有効な内部統制の整備・運用を規定したものである。すべての会社法上の大会社においては、内部統制の基本方針を決定し、その決議の概要を事業報告に記載することも必要となった。

このような背景の下で、金融庁は前述の内部統制制度を導入しようとしている。ただし、すでに述べたとおり、この新しい制度は財務報告の信頼性だけを対象としているのである。企業全体のリスク・マネジメントが課題となっている状況において、「いまさら」と言っては言い過ぎになるが、決算書の信頼性を確保する内部統制が対象となるのである。経営者にとっては、コンプライアンスや業務の有効性・効率性向上が優先課題なのであり、財務報告の信頼性に対してあまり関心がないのは、容易に想像しうる。
しかし、財務報告に係る内部統制について経営者が評価した結果を表明し、それについて外部監査を受けるという制度を採用した国は、米国だけではない。英国、フランス及び韓国で同様の制度が導入されている。国際的な情勢から見ても、このような制度の導入は、避けがたい状況と考えなければならない。これは、冒頭で述べたとおり、公正な資本市場運営のために必要な制度なのである。
金融庁の基準案は、COSOに基づいた内部統制のフレームワークを提示している。この枠組みは、本来、財務報告だけのものではなく、コンプライアンスや業務の有効性・効率性向上もカバーする。財務報告については、これから導入される制度に乗ることにより、ある程度のレベルを達成できるはずである。それと同じCOSOの枠組みに基づいて、コンプライアンスや業務の有効性・効率性向上に取り組むことができる。実際に、サーベンス・オクスリー法に基づく内部統制の構築を成し遂げた米国の上場会社は、次の課題としてこれらに取り組んでいる。
ただ、これから財務報告の内部統制を有効に整備・運用するだけでも、企業にはかなりの負荷がかかる点を認識する必要がある。米国では、約2年間の準備期間を置いていたにも関わらず、サーベンス・オクスリー法404条対応のために、非常に苦労した会社があることは、7社に1社の内部統制が有効でないと報告している点でも明らかである。日本の基準は、企業負担が少なくなるように配慮されるとのことであるが、標準的な管理レベルの上場企業でも、かなり真剣に取り組まないとクリアできないと考えたほうがよい。
したがって、どのようなレベル感でコンプライアンスなどの他の分野に対応するのかどうかについては、会社の体力とそのような課題の緊急性との相談になる。一気にやると現場からの反発も予想される。 
財務報告の内部統制の中には、それによりコンプライアンスや業務の有効性・効率性向上を達成できるものも含まれる。それらは内部統制制度への対応に包含されることなる。このため、緊急に対応すべき課題には取り組むとしても、まず当面は、財務報告の内部統制に対応し、その運営が一定のレベルになったこところで、同じ枠組みでその他の分野に取り掛かるというやり方が最善と考えられる。 

<参考文献>
 日本公認会計士協会東京会編「粉飾決算」、第一法規、1974
 Treadway Commission “Report of the Commission on Fraudulent Financial Reporting”, 1987
 The Committee of Sponsoring Organization of the Treadway Commission(COSO),  “Internal Control - Integrated Framework”, 1992 and 1994
 金融庁企業会計審議会内部統制部会「財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準案」、200512
 厚生労働省「平成15年就業形態の多様化に関する総合実態調査」、20047

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