(日経ビジネス2010年6月14日号 掲載記事)
上場会社のコーポレート・ガバナンス向上に向けた環境整備の目玉として、独立役員の確保が義務付けられた。東京証券取引所は2006年から上場制度の見直しに取り組んでおり、これは「上場制度整備の実行計画2009」において「速やかに実施する事項」として位置づけられた事項の一つとなっていた。
独立役員の「独立」とは、「社外」より狭い概念である。親会社の業務執行者、金融機関を含む取引先の役員・従業員、会社から報酬を得ているコンサルタント、取締役の近親者などについては、会社法上「社外」の条件に合致したとしても、東証規則上は「独立」とはみなされない。
東証のウェブサイトには、独立役員の届出状況が開示されているが、4月13日までに受理された届出のうち、独立役員が確保されていなかった会社は東証上場会社2300社のうち約10%に上る。このほかに独立役員として届けているものの、実はその要件に合致していない会社も5%程度ある模様である。しかし、反対に言えば約85%の上場会社は独立役員については対応ずみという見方もできる。しかも今後1年間の猶予期間後には、ほとんど全部の東証上場会社において独立役員が確保されることになる。
独立役員導入の趣旨は、形式的に東証規則を遵守することではないことは言うまでもない。高名な有識者を独立取締役として擁したエンロンが、巨額粉飾のすえ破たんしたように、会社がどのようにガバナンスを運用するかについては、形式要件とは別の話になる。
東証によるこのような動きを待つまでもなく自主的に取締役規則等の社内規則によって、より良いガバナンス体制について定めている会社がある。執行役員制度考え出して1997年に導入したソニーは、社外取締役の条件として、利害関係者を排除することを相当以前から決めている。このほか、社外取締役は社長の知り合いでないことを条件としている会社や、会社のあり方を討議するために社外取締役だけの会議体(エクゼクティブ・セッション)を持っている会社もある。
独立役員の導入というと、社長の暴走を防ぎ、コンプライアンスを強化することにより、企業不祥事の発生を防ぐといった面が強調されることが多い。コンプライアンスの強化は手段の一つであり、目的ではない。会社の活力を阻害することは、コーポレート・ガバナンスの意図するところではない。独立役員の役割は、「会社・業界の常識は社会の非常識」化を防ぎ、外部の目からみた新鮮な考え方を示すことにより、企業を活性化することが目的である。その意味から、赤字が続く会社の社長に退任を勧めることや、赤字事業の廃止を提言することも独立取締役の役割の一つとなる。1982年に三越の岡田社長を解任し、2006年のコニカミノルタによるカメラ事業からの撤退を提言したのは、独立(社外)取締役であった。
しかし、少数の独立役員が意見を述べたとしても所詮多勢に無勢となる。その気になれば、独立役員の「達見」を握りつぶすことは、社内取締役にとっては容易いことである。要するに、独立役員を生かすも殺すも、社長を始めとした社内役員次第ということになる。
この観点から、独立役員には月1回の取締役会や監査役会にだけに出席してもらうというやり方は、独立役員を形骸化させる。もちろん取締役会において、独立取締役が理解できるように噛み砕いて説明し、社長をはじめとする社内取締役は独立役員の意見に耳を傾け、その意見を尊重する姿勢は不可欠である。しかし、如何に業界経験豊富で見識の高い独立役員を迎えたからといって、取締役会で初めて聞いた話について、的確な判断ができる訳がない。
このため、社内役員や役員事務局は、取締役会の前にその議題について独立役員に対してしっかり説明するだけでなく、折にふれて工場や営業の現場を見せて会社の実態を肌で感じてもらうことも必要となる。
独立役員の人材が不足するという声をよく聞くが、最初から「役に立つ」独立役員はいない。迎えた独立役員を地道に育てる努力をして始めて、活力ある企業になるためのコーポレート・ガバナンスを確立できる。その意味では、多忙な大物や重鎮を独立役員として迎えるより、十分時間を取って育てられる人を独立役員とする方が良いとも言える。
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