金融商品取引法(証券取引法)において規定された財務報告に係る内部統制の評価及び監査の制度(以下「内部統制報告制度」)が、いよいよ2008年4月1日以降に開始する事業年度から本番を迎える。制度対応に必要な基準等が公表された現在、この制度の対象となる上場会社は、待ったなしで対応準備に取り掛かることが必要となる。本稿では、上場会社がこの制度に対応するに当たって留意すべき重要事項について概説する。
周知のとおり内部統制報告制度では、その範囲を財務報告の信頼性に係る内部統制に限定し、会社が評価すべき内部統制の詳細を示し、その評価を実施するための前提となる文書化(記録・保存)の必要性などについて明確に定めている。このため、多くの上場会社は、現状の内部統制を何ら改善せずに、この制度に対応することはまず不可能であると考えなければならない。
この制度は、一定レベルの要件を示しそれをクリアすること、すなわち、内部統制が有効であるという状態にする努力を、会社に強いることを意図している。この点は、会社法が基本方針の決定だけを規定し、その運用までは規定していない点と対象的である。
会社法は、株主や債権者といった当該会社の直接的なステーク・ホルダーの保護を意図する。すなわち、会社法上、株主を平等に扱うことや債権者を保護することは規定されているが、株主と株主でない者を平等に扱うことや、将来利害関係者になるかもしれない者を保護する規定はない。
一方、資本市場を公正に運営するためには、その担い手である投資家を保護することが基本となる。このため、金融商品取引法では、これから株主になるかもしれない投資家とすでに株主になっている投資家(株主)を平等に扱うことが必要となる。日本の資本市場における破綻は、世界の投資家や金融システムにも大きな影響を与える時代になっている。投資家保護と公正な資本市場の運営は、もはやわが国一国の問題ではなくなってきているのである。
内部統制について各社の自治を認める会社法と、いわば「箸の上げ下ろし」まで規定する内部統制報告制度は、その前提がこのように異なることを念頭に置いておく必要がある。すなわち、内部統制報告制度は、上場会社に対して、外部監査人による財務諸表監査に加えて、財務報告の作成プロセスに対して外部監査を導入することにより、財務報告の信頼度レベルの向上を狙っているのである。
以上の観点から判るように、内部統制報告制度は、内部統制の有効性自体ではなく、財務報告の信頼性にその主眼があることを忘れてはならない。上場会社の内部統制が有効である、というだけでは資本市場や投資家は保護されないのである。
経営者の姿勢
内部統制には限界があると言われる。その最たるものが経営者による内部統制の無視(override)である。要するに、経営者トップの意思ひとつで内部統制はどうにでもなると言っても過言ではない。これは、過去に発生した多くの大粉飾事件が経営者の関与なしには起こらなかったことを見ても明らかである。しかし、経営者が内部統制を無視することは、内部統制の限界だとして、あきらめるしかないのであれば、制度は成立しない。
財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準(以下「基準」)や財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準(以下「実施基準」)に忠実に準拠して業務プロセスの内部統制を構築し評価しても、経営者がそれを無視したら何の意味もない。従って、「適正な財務報告を作成して公表する」という経営者による強い意思と、その経営者の行動を監視するガバナンス体制の構築維持が極めて重要となる。全社的な内部統制の根幹はこれである。
全社的な内部統制の評価のためには、実施基準の参考1として記載されている42項目の「財務報告に係る全社的な内部統制に関する評価項目の例」に該当しそうな既存の体制を文書にしたらそれでよい、というものではない。
あるがままの「正直な」決算ではなく、一定の着地点を目指した決算を容認するような言動が経営者にあった場合に、それを牽制できるのは経営者を監視するガバナンス体制しかない。残念ながら、わが国の上場会社では、会社法レベルのガバナンス体制の会社が多い。本来、上場会社はもっと高いレベルのガバナンス体制をもつ必要があり、証券取引所がこれを要求すべきであるが、現状、わが国ではそうなっていない。このため、上場会社は、会社法レベルに留まるのではなく、自主的かつ積極的にレベルの高いガバナンス体制の採用を検討しなければならない。
例えば、米国の上場会社には、下記のような体制が求められている。
l 監査委員会は全員独立取締役でなければならない
l 独立取締役の独立性の基準が、わが国の社外取締役より厳しい
l 監査委員会に財務会計専門家を置く
l 監査委員会に直結した内部通報制度を設置する
これをわが国の監査役制度に置き換えた場合、監査役の独立性と適格性の見直し、監査役スタッフの増強、独立した社外取締役の設置及び監査役に直結した内部通報制度の導入等になると思われる。さらに取締役や監査役に対する継続的な教育活動も必要となる。これらについては、取締役規則などの社内規則に盛り込むことも忘れてはならない。
内部統制報告制度への対応には、コストと時間がかかるとされているが、経営者の姿勢を正すためのコストは高くなく、やる気さえあれば時間もかからない。内部統制強化のために、最もコストパフォーマンスが高い分野が、この分野であると言える。
内部統制報告書対応プロジェクトを進めるにあたり、このガバナンス体制の改善は担当者として手をつけにくい分野であるため、後回しにされがちである。このため、これについては経営トップや監査役等が積極的に関与して、対応策を検討することが期待される。
財務報告に係るプロセスの最後のプロセスが、情報をまとめて報告する決算・財務報告プロセスである。その前工程において、意図的ないし意図せざる誤りが発生したとしても、この決算・財務報告プロセスにおいて発見して訂正すれば、適正な財務報告を公表することができる。
その観点で、決算・財務報告プロセスは、業務プロセスの中で最重要のプロセスとなる。内部統制報告制度は、すべての内部統制の不備を解消することを目的としていない。その他の業務プロセスに不備があったとしても、決算・財務報告プロセスに係る内部統制によって、財務報告の誤りが発見され訂正されるのであれば、結果として財務報告に係る内部統制は有効と判断される。すなわち、その他の業務プロセスにおける不備を放置することは会社には良くないことであるが、内部統制が有効かどうかを判断する際には、そのような不備は許容されるのである。
基準や実施基準が謳っているトップダウン・リスクアプローチというのは、このような考えに基づいている。全社的な内部統制でカバーしきれないところを決算・財務報告でカバーし、それでも十分でない場合に初めてその他の業務プロセスの内部統制に依拠することになる。
そのため、小規模な会社ほど、全社的な内部統制と決算・財務報告プロセスの内部統制に依拠する場面が多いのではないかと考えられる。たとえば、営業部による押し込み販売の疑いがある場合は、経理部で期末直前の売上や期末直後の返品について検証するといった内部統制を決算・財務報告の内部統制として実施することがある。
一方、大規模な会社については、複雑かつ大量の取引がその他の業務プロセスによって処理されるため、決算・財務報告プロセスにおける内部統制によって、財務報告の誤りの発見と訂正をすることは困難になる場合が多いと思われる。そのため、このような会社については、その他の業務プロセスへの依存度が高くなる。
米国のSOX法404条に基づく内部統制報告制度においては、外部監査人が財務諸表監査の過程で、財務報告における重要な誤りを発見したことから、内部統制に重要な欠陥があるとされた事例が多数報告された。
決算・財務報告プロセスに関しては、決算作業を間違いなく実施するために、会社としての判断基準や作業手順を文書化することが必要となる。それだけでなく、外部監査人による財務諸表監査を受ける前に、会社として外部監査人と同等の分析や検証の手続を実施しておいて、財務報告に重要な間違いがないようにしておくことが必要となる。
具体的には、金融機関や取引先に対する残高確認の実施、各種財務分析・比較趨勢分析の実施などをチェックリストに記載して、その実施記録を保存する。これらの手続が内部統制そのものとなる。このほか、会計処理基準、財務報告開示基準などが変更されることも多いため、日本公認会計士協会などが提供するチェックリストを利用して、自社が適用する基準が最新の基準であるかどうかを確かめる作業を実施することも必要となる。
このような作業を実施する担当者の人員数と高い専門性を確保しなければ、そもそもそのような内部統制を実施することができない。従って、決算・財務報告プロセスに係る内部統制においては、十分な要員数の確保と能力向上が大きな課題となる。
内部統制の共通化と集約化
わが国の場合、全社的な内部統制を評価するに当たり、連結グループ全体で実施することができず、親会社と各子会社ごとにこれを評価しなければならないことが多い。これは連結経営といっても、比較的独立した会社の集合体の経営というケースがわが国では多いからであると考えられる。
そのような状態の場合、全社的な内部統制といっても、実は、各社の内部統制であり、全社の内部統制とは言えない。しかし、分散型の全社的な内部統制であったとしても、それをもって重要な欠陥にはならない。しかし、分散型の内部統制より、集中型の内部統制の方が内部統制の強度が高いことは間違いない。
決算・財務報告プロセスに係る内部統制のうち、全社的な観点で評価すべき内部統制があることが実施基準に示されている。連結グループでこれが共通化されていなければ、全社的な観点で見ることができず、各社ごとに評価せざるを得なくなる。また、親会社と子会社における情報システムの管理がそれぞれ別々にされている場合においても、IT全般統制をそれぞれ評価することが必要になってしまう。
わが国の場合、子会社が上場会社であるという国際的に見ると特殊な事例が多いため、分散型の全社的な内部統制は、産業構造上の問題とも言える。より良い内部統制を志向するのであれば、連結グループにおける内部統制の集約化と共通化を進めることを強くお勧めする。これにより、内部統制の評価が効率化されるだけでなく、内部統制がより強固になる。
その他の業務プロセスの評価範囲
全社的な内部統制と、決算・財務報告に係る内部統制のうち全社的な観点で評価することが適切なものについては、原則としてすべての事業拠点を評価対象とすることとなる。各事業拠点個別に評価することが適切である決算・財務報告プロセスと、その他の業務プロセスに係る内部統制については、売上高等の2/3基準が適用される。
この2/3基準は、それだけが一人歩きしている感がある。実施基準には「全社的な内部統制が良好であれば、例えば、連結ベースの売上高等の一定割合を概ね2/3程度とし」と記載されている。すなわち、2/3は全社的な内部統制が「良好」な場合の「例示」であることが判る。
次に適用されるのが、事業目的基準となる。これは上記の2/3基準により評価対象となった事業拠点における、企業の事業目的に大きく関わる勘定科目(例えば売上、売掛金及び棚卸資産)に至る業務プロセスを評価対象とする基準である。
筆者は、上記の2つを量的基準と呼んでいるが、その次に質的基準が記載されていることを忘れてはならない。質的基準は、「財務報告への影響を勘案して、重要性の大きい業務プロセス」とされている。すなわち、量的基準においては範囲が限定されているように見えるが、虚偽記載リスクの高いプロセスは、評価対象にしなければならないのである。
すなわち、結果として虚偽記載が発生した場合、その原因となった内部統制を評価対象にしていなければ、評価範囲が間違っていたことになる。そのようなことにならないように、評価範囲を決定することが必要となる。
監査人との協議
実施基準では、評価範囲について、外部監査人と協議することが適切であるとされている。この協議を行う際には、外部監査人は内部統制監査と同時に財務諸表監査を実施するために内部統制の評価をすることになることに留意すべきである。すなわち、外部監査人は、内部統制報告書に対する外部監査とは別に、財務諸表監査のために従来から内部統制の評価を実施し、その結果に基づいて勘定残高についての試査範囲を決定している。これは、内部統制が有効であれば勘定残高が間違っているリスクが低いはず、との考え方に基づいている。
そのため外部監査人は、自ら内部統制を文書化し、その整備状況と運用状況の評価をしてきた。内部統制報告書制度が始まると、経営者評価が行われるので、経営者が評価する内部統制については、会社が作成した文書記録をできる限り利用して内部統制監査を実施し、その結果を内部統制監査だけでなく、財務諸表監査にも利用することになる。
しかし、経営者評価が行われない内部統制であっても、外部監査人が財務諸表監査のために評価が必要と判断すれば、自ら内部統制評価を実施する。この場合、その内部統制については、外部監査人だけが評価をすることになる。もし、そこから重要な欠陥が発見されたら、結果として、経営者はそれを重要な欠陥として内部統制報告書に記載しなければならなくなる。
以上から判るように、外部監査人と協議する際には、経営者による評価範囲の妥当性だけではなく、外部監査人による財務諸表監査のための内部統制評価の範囲についても留意する必要がある。
有効性の評価
整備状況と運用状況の評価を実施して、内部統制の不備が発見された場合、会社はそれを是正することが必要となる。しかし、不幸にも期末までにこの是正ができないことも想定される。そのような場合、期末に存在する単数または複数の不備が重要な欠陥となるのかどうかを判定することが必要になる。
その判定基準は、金額的な重要性(連結税引前利益の5%を例示)と質的な重要性の2つとなる。会社として、期末時点で存在する不備を量的及び質的側面から判定して、重要な欠陥であるかどうかを判断することが必要となるのである。しかし、これを具体的にどのように実施するかについては、米国SOX法404条における実務は参考にはなるものの、わが国の内部統制報告書制度上、何らかの指針が必要と考えられる。これについては今後、金融庁や公認会計士協会が公表を検討しているとされている指針等よって明らかになると考えられる。
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