Translate

2016年3月31日木曜日

ガバナンスマネジャーとファンドマネジャー

下記のような記事を読んで、日生が重点投資先を90社から200社に増やした、、、と理解するのは早計です。「重点対話企業」をわざわざカギ括弧付きにしてあるのには意味があります。 

スチュアードシップコードが導入され、日生はいち早くそれに準拠する旨を宣言しています。企業の財務状況を分析し、マーケットの状態を考慮して、株式の売買をする人はファンドマネジャーと呼ばれます。これに対して、ガバナンスマネジャーの仕事は「対話」になります。

日生については、ファンドマネジャーが投資している先は、この200社に限りません。記事ではそれが1500社となっています。

そうしたら重点対話企業の200社には何をするのでしょうか?「企業と向き合う」と記事には書かれています。これを「対話」(英語ではengagementと呼ばれます)です。株主が権利行使するやり方は、株主総会の決議に参加するとか、株主提案をするぐらいで、実はあまり株主権の行使をする場面がありません。(大塚家具やクックパッドの役員交代劇でも、株主総会決議という形で株主の権利行使が行われました)

「対話」はこういう公式のやり方で株主としての権利を行使するのではなく、企業のトップに直接会って、議論をすることです。会社の将来こうなれば企業価値が向上する、という株主からの意見を企業トップに投げかけ、場合によってはトップを説得し、場合によっては企業としての諸事情をより深く理解するというような活動が「対話」です。

このように聞くと、日生のような大きな企業(機関投資家)はトップと会ってもらるが、個人株主はそうではないので、不公平だという意見が出るかもしれません。

まず、株式会社の大原則で、株数を多く持っている株主が発言力を持つ、ということを念頭に入れる必要があります。株数の少ない株主の発言力は弱いのです。この点で、株主の権利は肉食系の世界と言えます。

次に、長期か短期かの話があります。機関投資家でも株式の売り買いを頻繁に行うことがあります。その場合は、もし大株主になっても短期的です。長期の大株主は、投資先の企業価値向上を願って株式を保有していることから、企業経営者と目線が合います。

本ブログの別の稿でご紹介したように、フランスでは長期株主の議決権を2倍にする法律があります。これは長期株主の権利を強くするため、それを議決権に反映するやり方になります。ルノーと日産の問題の時に話題になりました。

下記のように非常に短い記事ですが、このような背景があるということを理解しておきましょう。

なお、ガバナンスマネジャーの仕事は、「対話」だけでなく、議決権行使(新聞でも報道されているように、最近は反対投票もすることがあります)をすることも含まれることがあります。ただ、日生の場合には、2人を7人に増やしたということですので、議決権行使の担当者はこのほかにいるのだと思います。

(日本経済新聞 2016年3月31日朝刊) 日本生命保険は30日、投資先の中から収益性や株主還元で課題を抱える企業と向き合う「重点対話企業」を現在の約90社から200社程度に増やすと発表した。およそ1500社の株式を持ち、対象となる企業は全体の約6%から約13%に増える。企業との対話を充実させるため、担当者も2人増やして7人とする。

2016年3月30日水曜日

監査役はガバナンス改革のスケープゴートであった

東北大学法学部得律晶准教授の特別寄稿(”Board Room Review vol. 117 March 2016”、日本取締役協会)が興味深いのでご紹介し、これに対する私見を述べたいと思います。

この寄稿のタイトルは「会社法上の監査概念についてー監査等委員会の監査について」(「について」がダブっております、タイトルの付け間違いかもしれません。私はできる限りタイトルには「について」を付けないようにしています)です。この大半は、監査役制度改正の歴史的経緯が記述されています。

1、昭和25年改正前商法
日本法における監査役制度は明治32年の株式会社確立の時点ですでに存在していました。当時は監査役が業務執行の監視(モニタリング)で、取締役がマネジメントいう分かりやすい構図でした。この当時は取締役会制度はありませんでした。これはドイツ法の影響を受けたとのことです。

2、昭和25年商法改正
このあたりからはよく聞く話です。監査役の権限が大幅に制限され「会計監査」だけになりました。これはアメリカ法の影響を受け、取締役会制度が導入されました。業務執行の監査は、業務執行をしない取締役に委ねられたと理解されていたそうです。ただし、取締役による業務執行の意思決定と業務監査の分離はされていません。
監査役は会計監査だけを実施するというのは、現行法の会計監査人(監査法人または公認会計士)に近いということが言えます。

3、昭和49年商法改正
昭和30年代以降の上場会社の巨額粉飾事件を受け、監査役が業務監査も行うという法改正が行われました。昭和30年代以降の粉飾事件といっても、ピンときませんので私の粉飾事件リストを見てみると昭和40年(1965年)に山陽特殊製鋼事件が起こり、昭和49年(1974年)に日本熱学事件が起っています。

私事ですが、私が会計士補になったのは昭和50年で、試験の合格率が少し高くなりました。これはこの昭和49年商法改正で、大会社(資本金5億円等以上)に対する会計監査人による監査が始まり、昭和52年から連結財務諸表の開示が上場会社に義務付けられたことから、公認会計士の増員のためだったと記憶しています。大きな制度改正の現場に居合わせたという点で幸運だったと思います。

余談はさておき、上場企業の巨額粉飾事件に対応するという社会からの声に応え(応えたように見せかけ)るため、監査役制度の改革が「道具」ないし「スケープゴート」されたというのが、大事な点です。

この時点で、本来は取締役会改革をすべきであったのですが、経済界はそれを回避するために、監査役の権限強化、すなわち業務監査の導入で誤魔化したということが、得律准教授の説明です。

このころから、皆さんよくご存知の監査役監査は「適法性監査」だけで、「妥当性監査」は含まれない、という説明が定着したということです。前述のとおり、取締役には業務監査権限が残されていることから、このような解釈になったということです。

4、昭和56年商法改正・平成5年商法改正・平成13年12月商法改正
これらの商法改正においては、監査役のモニタリング権限と義務の拡大・強化が行われました。報告請求権を取締役から使用人にまで拡大、取締役会に対する報告義務・取締役会の招集権の付与、監査費用の会社への請求制度、監査役会の設置、社外監査役の増員などです。
これに対して、取締役制度改革は、日米構造問題協議以来、社外取締役の義務づけが問題となっていましたが、手をつけられていませんでした。
結果として、得律先生は「企業不祥事対応の社会の要請から、取締役・取締役会の改革を回避すべく、監査役制度改正が『道具』にされてきたものと評価できる」とされています。これは中東正文=松井秀征編著「会社法の選択」(2010年、商事法務、P453)の引用です。

5、平成14年商法改正・平成26年会社法改正
このような流れが大きく変わったのは、平成14年商法改正の指名委員会等設置会社の導入です(ご存知の通り、この名称は委員会等設置会社>委員会設置会社と変遷しております)。強制ではなく、選択制ではあるものの、取締役会自体のモニタリング機関として位置付けられたのです。

平成26年会社法改正では、有価証券報告書提出会社(この記事では「上場会社」になっていますが、正確には有報提出会社)の場合には、社外取締役を1名も置かないときは置かないことを相当とする理由の開示が求められ、実質上、社外取締役が強制導入されたことは、弊ブログの読者であれば、ご存知の通りです。

これにより、監査役を取締役会改革を避けるためのスケープゴートとする流れは弱まったのです。このような流れになった原因は何でしょうか。

この点は、得律先生の記事から離れて、私見ですが、経産省が伊藤レポートを公表し、金融庁、さらには自民党と協力して、攻めのガバナンスを前面に出したガバナンス改革の必要性が経済界にも受け入れられたからだと思います。

その背景にはバブル経済崩壊後の失われた20年があります。日本経済をなんとか復活させるための起爆剤の一つとしてアベノミクスの一つとしてガバナンス改革が入ったことが大きいと思います。

6、監査役制度の行く末(私見)
社外取締役が導入され、指名委員会等設置または監査等委員会設置によって、取締役会のモニタリングモデルを採用することができるようになった今日、監査役制度はどのように考えたらよいでしょうか。

有価証券報告書提出会社に限って議論すると、監査役制度はそろそろその存在意義が問われる状況になってきていると思います。

ただ、上場会社の中での監査等委員会設置会社の移行を表明した会社は400社弱程度であり、指名委員会等設置会社の数は少数です。さらにこれらの会社においても、監査役設置会社と同じような運用をする傾向が見られます。

形だけのモニタリングモデルの導入であれば、常勤監査役を置く、監査役設置の方がまし、ということも言えます。しかし、監査役監査は会計監査と業務監査(適法性監査に限る)であり、会計監査は会計監査人の監査を相当と認める手続きの範囲で実施します。法律の建て付け上、取締役会に属する監査(等)委員会では、妥当性監査も実施することができます。

歴史に学ぶことは大事であり、法律改正の流れは上述の通りですが、現実の動きはゆっくりとしています。

2016年3月21日月曜日

竹中平蔵先生のお話

先日、竹中平蔵先生のお話を聞きました。パワポなしで手元のメモを見ながらお話されました。「スクリーンには私の顔しか写りません。」というところからお話が始まりました。要旨は次のとおりです。

世界経済
1月のダボス会議では、昨年に続き世界経済は「緩やかな成長」を予想したそうです。その理由は、米国のコーポレートガバナンスとイノベーションが期待できるとのことです。ここでのコーポレートガバナンスは、恐らく企業パフォーマンスと経営者のリーダーシップのことではないかと思います。
リスク要因としては、中東、米国の資産インフレ、中国経済。

中国経済
よく聞く話ですが、中国の成長率は中期的に下がる。理由は中進国の罠で、一人当たり所得がラテンアメリカ的に停滞するからです。
中国では、法の支配が確立していない。英国で産業革命が起きたのは、法の支配が確立したことから自分の資産を守る仕組みができたことが大きいそうです。これは、竹中先生が翻訳したグレン・ハバード著の経済学のテキストに書かれているようです。
http://www.amazon.co.jp/ハバード経済学I-入門編-R・グレン・ハバード/dp/4532134528

消える職業
マイケル・オズボーンの「雇用の未来」はよく引き合いに出されます。
http://eco-notes.com/?p=649
竹中先生のお話は、筆者のような公認会計士向けでしたので、10−20年で消える職業に会計士が入っている、というお話が出ました。多分英語では、accountantと書かれているのだと思います。上記のサイトでは「薄記、会計、監査の事務員」となっています。弁護士助手も入っていますが、頭を使う仕事は残るようです。

アベノミクスは失敗か
株価は、一時20,000円になった後、16,000円に落ちたわけですが、安倍首相が就任した当時は日経平均株価が9400円だったことを忘れているのでは? 株価だけでは判断できませんが、重要な指標であることは確かです。また、日本では完全雇用が達成されている点も評価すべきだ、とのことでした。

税収の弾性率
景気回復期の税収弾性率は3−4%だそうです。すなわち、名目GDPが1%成長したら3%の税収増になるということです。(ここで、アレシナの法則のお話が出ましたが、関連が解りませんでした)
お話の趣旨は、財政再建のためには、景気をよくすることが一番ということだと思います。

コンセッション
ここで、コンセッションという聞きなれない用語が出てきました。PFI(private finance initiative)とかPPP(public private partnership)は、聞いたことがあります。コンセッションは、こられの一種ですが、所有権を公共に残したまま、民間に運営を任せるというものです。空港(仙台、関西など)や水道(大阪、愛媛など)の例が出ました。これらをもっと進めれば、財政再建に役立つ、という趣旨だと思います。
水道は、水メジャーと呼ばれるフランスのヴァオリアなどが日本にも進出してきています。愛媛(松山市)はその例だと思います。なお、私の著書にも水メジャーについて触れております。(http://andomitsunobu.net/?p=10956 この方には拙著を褒めていただきました。)

経済成長のためには移民を促進
移民を増やすと犯罪が増えるというのは間違い。シンガポールは移民40%だが、犯罪率は日本より低い。要するに運営次第ということです。日本には移民法がないそうです。

締め切り効果
2020年は東京オリンピックですが、オリンピックと関係なくても、官民で2020年までの計画はいろいろ発表されています。こうゆうのを「締め切り効果」というそうです。締め切りがあると頑張れるようです。









2016年3月2日水曜日

社外役員の兼務制限

社外取締役の兼務について、第一三共が原則禁止すると報じられました」。プロネッドによると、下記の通り4社以上社外役員を兼務する人が 2015年で60人となっています。この統計がどれだけ正確か分かりませんが、これで見る限り、2014年までは50人弱で推移していたのが、2015年に60名に増加していることが分かります。



新聞記事ですので、第一三共が社外役員の兼務を原則禁止したとする詳しい内容についてははっきりせず、記事を読むと第一三共以外の会社は、3-4名ぐらいまでは兼務を認める会社が普通であることが分かります。

基本は、3社程度までに社外役員の兼務は制限するのが普通と思います。これまでそのような兼務の制限を社内規則で定めていなかった会社も、最近は兼務制限を規定するようになった、というのが新聞記事の趣旨と考えられます。


記事のように、一橋大学のI先生など特定の方に社外役員が集中する傾向があることから、機能する社外役員を選任するためには、兼務の制限をすることは必要です。

ただし、社外役員の兼務を禁止し、自社選任の社外役員というのは、行き過ぎではないかと思います。このように制限すると、社外役員報酬を高くする必要があることはもちろんのこと、良い人を探すことが難しくなると思います。

したがって、第一三共も原則禁止としており、自社を優先してもらうのであれば、2社程度の兼務は認めるといったことではないかと想像します。筆者の知っている公認会計士で、社外監査役を4社やっている人がいますが、それしかしていない場合には、日程調整が難しくなる可能性はありますが、対応可能なレベルと思います。

いずれにしても、取締役規定や監査役規定などで、社外役員の兼務制限を定めておきましょう。


社外役員の兼務制限
第一三共が禁止/日立、4社まで 外部の知見、自社に集中

2016/3/2付
 社外役員の兼務を制限する上場企業が増えてきた。主要企業の3社に1社が役員兼務のルールをつくり、第一三共は他社での役員就任を原則禁じた。日立製作所は兼務先を4社までに限定した。自社での活動にできるだけ集中してもらい、社外役員の経験や知識を経営に生かす狙いがある。