東北大学法学部得律晶准教授の特別寄稿(”Board Room Review vol. 117 March 2016”、日本取締役協会)が興味深いのでご紹介し、これに対する私見を述べたいと思います。
この寄稿のタイトルは「会社法上の監査概念についてー監査等委員会の監査について」(「について」がダブっております、タイトルの付け間違いかもしれません。私はできる限りタイトルには「について」を付けないようにしています)です。この大半は、監査役制度改正の歴史的経緯が記述されています。
1、昭和25年改正前商法
日本法における監査役制度は明治32年の株式会社確立の時点ですでに存在していました。当時は監査役が業務執行の監視(モニタリング)で、取締役がマネジメントいう分かりやすい構図でした。この当時は取締役会制度はありませんでした。これはドイツ法の影響を受けたとのことです。
2、昭和25年商法改正
このあたりからはよく聞く話です。監査役の権限が大幅に制限され「会計監査」だけになりました。これはアメリカ法の影響を受け、取締役会制度が導入されました。業務執行の監査は、業務執行をしない取締役に委ねられたと理解されていたそうです。ただし、取締役による業務執行の意思決定と業務監査の分離はされていません。
監査役は会計監査だけを実施するというのは、現行法の会計監査人(監査法人または公認会計士)に近いということが言えます。
3、昭和49年商法改正
昭和30年代以降の上場会社の巨額粉飾事件を受け、監査役が業務監査も行うという法改正が行われました。昭和30年代以降の粉飾事件といっても、ピンときませんので私の粉飾事件リストを見てみると昭和40年(1965年)に山陽特殊製鋼事件が起こり、昭和49年(1974年)に日本熱学事件が起っています。
私事ですが、私が会計士補になったのは昭和50年で、試験の合格率が少し高くなりました。これはこの昭和49年商法改正で、大会社(資本金5億円等以上)に対する会計監査人による監査が始まり、昭和52年から連結財務諸表の開示が上場会社に義務付けられたことから、公認会計士の増員のためだったと記憶しています。大きな制度改正の現場に居合わせたという点で幸運だったと思います。
余談はさておき、上場企業の巨額粉飾事件に対応するという社会からの声に応え(応えたように見せかけ)るため、監査役制度の改革が「道具」ないし「スケープゴート」されたというのが、大事な点です。
この時点で、本来は取締役会改革をすべきであったのですが、経済界はそれを回避するために、監査役の権限強化、すなわち業務監査の導入で誤魔化したということが、得律准教授の説明です。
このころから、皆さんよくご存知の監査役監査は「適法性監査」だけで、「妥当性監査」は含まれない、という説明が定着したということです。前述のとおり、取締役には業務監査権限が残されていることから、このような解釈になったということです。
4、昭和56年商法改正・平成5年商法改正・平成13年12月商法改正
これらの商法改正においては、監査役のモニタリング権限と義務の拡大・強化が行われました。報告請求権を取締役から使用人にまで拡大、取締役会に対する報告義務・取締役会の招集権の付与、監査費用の会社への請求制度、監査役会の設置、社外監査役の増員などです。
これに対して、取締役制度改革は、日米構造問題協議以来、社外取締役の義務づけが問題となっていましたが、手をつけられていませんでした。
結果として、得律先生は「企業不祥事対応の社会の要請から、取締役・取締役会の改革を回避すべく、監査役制度改正が『道具』にされてきたものと評価できる」とされています。これは中東正文=松井秀征編著「会社法の選択」(2010年、商事法務、P453)の引用です。
5、平成14年商法改正・平成26年会社法改正
このような流れが大きく変わったのは、平成14年商法改正の指名委員会等設置会社の導入です(ご存知の通り、この名称は委員会等設置会社>委員会設置会社と変遷しております)。強制ではなく、選択制ではあるものの、取締役会自体のモニタリング機関として位置付けられたのです。
平成26年会社法改正では、有価証券報告書提出会社(この記事では「上場会社」になっていますが、正確には有報提出会社)の場合には、社外取締役を1名も置かないときは置かないことを相当とする理由の開示が求められ、実質上、社外取締役が強制導入されたことは、弊ブログの読者であれば、ご存知の通りです。
これにより、監査役を取締役会改革を避けるためのスケープゴートとする流れは弱まったのです。このような流れになった原因は何でしょうか。
この点は、得律先生の記事から離れて、私見ですが、経産省が伊藤レポートを公表し、金融庁、さらには自民党と協力して、攻めのガバナンスを前面に出したガバナンス改革の必要性が経済界にも受け入れられたからだと思います。
その背景にはバブル経済崩壊後の失われた20年があります。日本経済をなんとか復活させるための起爆剤の一つとしてアベノミクスの一つとしてガバナンス改革が入ったことが大きいと思います。
6、監査役制度の行く末(私見)
社外取締役が導入され、指名委員会等設置または監査等委員会設置によって、取締役会のモニタリングモデルを採用することができるようになった今日、監査役制度はどのように考えたらよいでしょうか。
有価証券報告書提出会社に限って議論すると、監査役制度はそろそろその存在意義が問われる状況になってきていると思います。
ただ、上場会社の中での監査等委員会設置会社の移行を表明した会社は400社弱程度であり、指名委員会等設置会社の数は少数です。さらにこれらの会社においても、監査役設置会社と同じような運用をする傾向が見られます。
形だけのモニタリングモデルの導入であれば、常勤監査役を置く、監査役設置の方がまし、ということも言えます。しかし、監査役監査は会計監査と業務監査(適法性監査に限る)であり、会計監査は会計監査人の監査を相当と認める手続きの範囲で実施します。法律の建て付け上、取締役会に属する監査(等)委員会では、妥当性監査も実施することができます。
歴史に学ぶことは大事であり、法律改正の流れは上述の通りですが、現実の動きはゆっくりとしています。