最後に内部統制監査の報告書を見てみましょう。財務諸表監査の監査対象は言うまでもなく財務諸表という情報です。それが適正かどうかを監査法人が監査します。一方、内部統制監査の場合、会社の内部統制の有効かどうかが監査の対象と思っている方も多いと思います。
そうではありません。内部統制監査は、会社が作成した内部統制報告書が監査の対象になっています。その内部統制報告書が適正に作成されているかを監査するのが監査法人の仕事になります。そのため、PwCあらた監査法人による監査意見は、次のように記載されています。
「不適正意見
当監査法人は、株式会社東芝が2017年3月31日現在の財務報告に係る内部統制は有効であると表示した上記の内部統制報告書が、「不適正意見の根拠」に記載した事項の内部統制報告書に及ぼす影響の重要性に鑑み、我が国において一般に公正妥当と認められる財務報告に係る内部統制の評価の基準に準拠して、財務報告に係る内部統制の評価結果について、適正に表示していないものと認める。」
すなわち、「内部統制報告書が適正に表示されていない」が監査の結論です。内部統制が有効でない」ではありません。会社は「内部統制は有効」と報告しているが、その記載内容が不適正という書き方になっています。
財務諸表監査は「限定付き適正」でしたが、内部統制監査では「不適正」です。「その2」でお話したように、「影響が重要かつ広範」な場合は不適正で、「重要だが広範でない」時は限定付き適正意見となります。
一方、内部統制監査では、基本的に「限定付き適正意見」はありません。制度としてはありうることになっていますが、少なくとも私は見たことがありません。会社が内部統制報告書に記載する結論は、内部統制が有効か有効でないかの2択です。監査報告書では、それがいいか悪いかを記載することになるので、適正と不適正しかありません。この結論以外のところで記載が間違っていたりすることもありうるので、その場合は「限定付き適正意見」になります。
会社が内部統制報告書を作成するときは、監査法人に相談しますので、結論以外のところにわざわざ意見の相違を残したまま、内部統制報告書を公表して「限定付き適正意見」をもらうような会社はないと言っても良いと思います。筆者は、この制度設計の段階で限定付き適正意見はない、と考えていましたが、それがあるという結果になったので、驚いたことを記憶しています。
「その1」の冒頭に内部統制監査報告書で「不適正意見」は非常に珍しい、と書きましたが、なぜでしょうか。それは、会社が内部統制報告書を作成するときに、監査法人からの意見を求めるからです。監査法人と会社の見解が相違する、すなわち内部統制が有効か有効でないかの意見が異なる状況で報告書を作成するか、監査法人と同じ意見にするかについて、会社は選択できます。
監査法人が「有効でない」とする結論の場合には、当然ながらそれなりの根拠があるのですから、会社も「有効でない」と報告するのが普通です。会社は、それを無視して「有効」と報告することもできます。これが「会社が選択できる」という意味です。会社が作成する報告書ですので、会社の意思で結論を決めることができます。ただし、報告書作成時点では、監査法人の結論がわかっているのです。
東芝の場合、会社の報告書で「有効でない」と結論づけたら、どうなるでしょうか。監査法人の監査意見は、「適正」です。こんな簡単なことを、東芝はやらなかったということです。ほとんどの会社は、監査人が「有効でない」と結論づけた場合には、それに従って報告書に「有効でない」と記載します。
その結果、内部統制監査報告書では「不適正」は非常に珍しいということになります。実は、東芝は、同様の事態を2016年3月期に経験しています。このときは新日本監査法人が監査人でした。監査報告書には次のように記載されています。
「監査意見
当監査法人は、株式会社東芝が2016年3月31日現在の財務報告に係る内部統制は開示すべき重要な不備があるため有効でないと表示した上記の内部統制報告書が、我が国において一般に公正妥当と認められる財務報告に係る内部統制の評価の基準に準拠して、財務報告に係る内部統制の評価結果について、すべての重要な点において適正に表示しているものと認める。」
このときは、会社は内部統制が「有効でない」と報告したので、それが「適正」だと監査法人が報告しています。2017年3月期では、東芝は、なぜ「有効でない」にしなかったのでしょうか。
2016年3月期の財務諸表監査では、新日本監査法人は適正意見を出している点が、2017年3月期と異なります。これが理由でしょうか。実はそうだったのです。2016年3月期において内部統制が有効でないとされた原因は、5月に行った決算発表(決算短信)に誤りがあり、それを監査法人から指摘され、最終的な決算ではそれを修正した経緯があります。
決算において、重要な記載誤りをし、それを自社が発見できなかったということは内部統制の問題となります。このため、東芝は素直に(だったかどうか分かりませんが、、)これを認め、「内部統制は有効でない」と報告しました。
2016年3月期の場合は、監査法人が「652,267百万円のうちの相当程度ないしすべての金額」決算が間違っていると言っているのに、東芝はそれを修正しないままで公表してしまっています。
このような状況で、東芝が「内部統制は有効でない」としたとしたら、間違った決算をしたことを認めることになります。東芝は間違っていないと考えるため、連結財務諸表を修正しないで公表しているわけですから、東芝の立場からは「内部統制は有効」なのです。
以上の結果、財務諸表監査で「限定付き適正意見」であることが、内部統制監査で「不適正」となったことと密接に関連していたことが分かりました。東芝としては、筋を通したということが言えます。
ただし、監査法人による「652,267百万円のうちの相当程度ないしすべての金額」の指摘は尋常な状況ではありません。東芝としては、上場廃止を免れるかどうかの瀬戸際であるとしても、監査法人の意見を無視した、いわば横柄な態度は、経団連会長や副会長と輩出してきた日本を代表する企業とは思えません。野球やサッカーでは、審判に逆らったら退場です。東芝による決算を修正しない姿勢は、まさにこれに当たると思います。