1 海外子会社からの役員報酬は報道されなくなった?
日産自動車でゴーン氏に対する役員報酬のうち、業績連動報酬である「株価連動型インセンティブ受領権」が、有報において過去4年間で40億円の記載がされていなかったと報道されました(日経2018年11月26日)。
これまでは、過去5年間で業績連動報酬が40億円と海外子会社からの報酬が年1億円から1.5億円が記載されておらず、5年間で50億円の役員報酬が未記載であったという報道でした。
海外子会社は、連結対象外の子会社なので、有報上の役員報酬に記載する必要がもともともないのではないか、と書いている人がいましたが、それが理由でしょうか。昨日の報道では業績連動報酬だけになっています。
2 株価連動型インセンティブ受領権はバーチャルなストックオプション
筆者の前回のブログ「日産自動車の役員報酬は取締役会で承認されていたのか」で少しご紹介しましたが、株価連動型インセンティブ受領権をもう少し検討してみましょう。
ストックオプションは有名ですが、これは自社の株式を買い取る権利を与えるものです。行使価格(役員や社員が自社の株式を買い取る価格)をストップオプション付与時の株式の時価以上に設定にするのが普通です。
これは「税制適格ストップオプション」と呼ばれ、実際に株式を買い取った時には課税されず(税制非適格の場合はこの時点で給与所得として課税)、それを売却したときに課税されます。これは給与所得ではなく、株式譲渡所得(20.315%)になります。ちょっと高めの給与所得に対する税率より低い税率が適用されます。
オプションですので、買い取るかどうかはこの権利を付与された役員や社員の自由意思です。また、行使価格で買い取るためには自己資金が必要になります。株価が行使価格より大幅に高くなっていれば、かなりの儲けになるでしょう。
言うまでもないですが、ストックオプションが付与された役員や社員が、株価が上がるように頑張って働いてもらうというのがその目的です。ストックオプションによって、役員や社員が、経営者と同じ目線で、会社のためになるような働きをしてくれることを期待することができます。
株価連動型インセンティブ受領権(SAR)は、このストックオプションのようなものですが、いわば「バーチャルなストックオプション」です。実際に株式の売買は行わず、最初の株価を決めておき、そこから何年か経った後に株価が上がっており、それが役員の業績に基づくものであると認められたら、売却益に相当する金額を役員報酬として計上します。
大和総研による次の図によって、仕組みがよく分かります。この図では、フルバリュー(ファントクストック)とSARを比較しています。フルバリューもバーチャルなストックオプションのようなものですが、売却益部分ではなく、株価全体を報酬にするというものです。フルバリューの場合は、株価が値下がりしたときは、報酬がマイナスになるというやり方ができるそうです。SARの場合は、報酬がマイナスになることは普通ありません。
3 日産自動車のSAR
2013年6月25日開催の株主総会で承認されたSARの内容は次のとおりです(2015年6月の株主総会で適用期間が延長されています)。
(1)権利の内容: 権利行使日の前日の株価が行使価額を上回っている場合に、その差額を受領する権利
権利行使日の前日の株価 ― 行使価格 = 役員報酬
という意味です。ここで「権利行使日」は実際に報酬の支払いを受ける日と考えられます。「行使価格」は、ストックオプションの行使価格に相当し、仮に株式を買い取るとした場合の価格です。
(2)年間付与総数: 適用期間内の各事業年度について、6 万個(当社普通株式6 百万株相当数)を上限とする。
各年度6万個X株価ですので、仮に株価を1000円とすると、6,000万円になります。ここには明確には書かれていませんが、これは1人当たりの上限と考えられます。
(3)行使価格: 当初の行使価額は、各事業年度毎に決められた日の株価とする。
「行使価格」は、前述のとおりストックオプションの買取価格に相当する価格です。これを事業年度中の一時点の株価とするということです。税制適格ストックオプションのように、その時の時価が行使価格として決められるということになります。
(4)権利行使可能期間: 各権利付与日から10 年を経過する日までの範囲内で、取締役会が定めるものとする。
権利行使日は報酬の支払日と考えられます。権利が付与されたときから10年以内の時期を取締役会が決めるとされています。報道によれば、ゴーン氏の場合は役員退任後に支払うことになっていたとされています。
(5)行使条件: 権利付与対象者の権利行使の条件は、取締役会が定めるものとする。
株式6 万個を上限として一定の個数の株式が付与されますが、これは上限であって、各役員の業績目標の達成度等の条件に応じて、実際の支払額が変動すると注記されています。要するに、有報に記載された株価連動型インセンティブ受領権の金額は上限であって、実際に支払うのは、10年以内にこの金額を上限として支払うといういう仕組みです。さらに、実際に支払う報酬額は次の通りです。下記の「調整額」は本人の業績で変動します。
支払日の前日の株価 ― 行使価格 ― 調整額 = 役員報酬
4 取締役会の関与
「ゴーン元会長には、役員報酬の総額上限内で個々の役員の報酬額を決める権限があったという。」(日経11月26日)とされています。
また、「報酬の受領先送りについては、社内でもグレッグ・ケリー元代表取締役(62)らごく一部しか把握していなかったもよう。日産の社内調査で関連する内部文書が見つかったが、取締役会には諮られておらず、資金移動がないため監査法人なども気づいていなかったとみられる。」(日経、同上)とも報道されています。
取締役会では、役員の各人の報酬額の決定は、ゴーン氏に一任していたということであり、ゴーン氏が自身に対しての報酬を自分で決めていたということになります。
上記の株主総会決議によると、下記の4点を取締役会で決定するとされていますが、取締役会は、このすべてをゴーン氏に一任していたということになります。今後、この点を含めて日産自動車の取締役会の在り方が検討されることになると思います。
・権利付与日の決定
・行使価格決定日(時価決定日)
・支払日(付与から10年以内)の決定
・上記の「調整額」の決定
5 取締役会に報告(承認)されていない役員報酬は役員報酬か
取締役会が、ゴーン氏に役員報酬の各人別の決定を一任していたとしても、その結果の報告は受けていたと考えられます。具体的には報告していなくても、少なくとも株主総会招集通知や有報が取締役に配布されるはずです。その報告内容は、株主総会や有報で開示された内容と同じはずです。
ということは、4年間で40億円のSARをゴーン氏が自分で付与したことは、取締役会の目に触れず、その結果、株主総会招集通知や有報にも開示されていないということになります。
上記の日経の記事では「内部文書」があったということですので、これがSARをゴーン氏が自分に付与した証拠であるということなのかもしれません。
ゴーン氏はこれを否定しているようです。ということは、それはSARの付与は決めていなかったと主張しているということと考えらえます。
取締役会から一任されているとしても、結果的に取締役会に報告されていないSARを、ゴーン氏が自身に付与していたというのが、当局の主張なのでしょうか。
ちなみに、SARによる役員報酬は税務上損金(経費)になるようです。この点からも、有報に開示されていない役員報酬、すなわち会社が税務上経費として計上していない役員報酬を役員報酬だというのはちょっと無理がありそうな感じがします。
やはり、特別背任や業務上横領を狙った逮捕だったのではないかと思われます。ゴーン氏は有報虚偽記載では立件されないかもしれません。