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2018年6月24日日曜日

その後の東芝(2) 監査法人に守秘義務を解除

拙著「東芝事件総決算」では、日本取引所自主規制法人の佐藤理事長の文藝春秋201712月号における発言についての意見を述べています。「監査法人の意見を無条件で絶対視するのは資本市場のあり方として危険」という理事長の発言には、いろいろな方から厳しい反応を受けました。
佐藤理事長は、一方で、東芝に限定付き適正意見を提出した監査法人が自ら説明すべきであるとして「契約の相手方である企業が、守秘義務を限定的に解除すれば、世間に対して、もっと説明することは可能ではないでしょうか」と述べています。この点は筆者も賛成であることを拙著に書きました。これが実現しそうです。

「金融庁は、監査法人が企業の決算書類に「お墨付き」を与えなかった場合、その理由を株主らに詳しく説明するよう求める方針だ。何が問題となり決算の正当性を保証できないのか対外的な情報発信を促す。投資家が疑心暗鬼に陥らず、問題の軽重を判断できるようにする狙い。情報発信しやすいように監査法人の守秘義務を解除する仕組みも検討する。」(日経新聞2018613日)

まさに、昨年の東芝のように限定付き適正意見を提出した監査法人が、投資家に向かって直接説明することを、監査法人の監督官庁である金融庁が検討するというのです。元金融庁長官の佐藤理事長の発言を金融庁が忖度して、このような検討を始めることにしたのでしょうか。それとも、金融庁の動きを佐藤理事長が知っていて、それを自分の意見として話したのでしょうか。いずれにしても、金融庁と取引所の「同期」がとれていることは確かです。

拙著に書いたように、監査法人は守秘義務を盾にして、積極的に表に出ることを避けてきたように思います。この守秘義務解除の仕組みができれば、直接、監査法人から説明を受けることができるようになります。ただし、仕組みができても利用されないのでは問題です。利用を促進するような指針の立案を期待します。

ただし、東芝の限定付き適正意見については、会社側が「見解の相違」としている以上、監査法人がいくら説明しても、投資家は納得できないかもしれません。監査法人が説明したら、必ずしも問題が解決できる訳ではないことに留意が必要です。

拙著にあるように、東芝の限定付き適正意見は、「審判が三振を宣言しているのに、バッターがそのままバッターボックスに立っている」状態を金融庁が放置したというのが、筆者の見立てです。

2018年6月14日木曜日

その後の東芝(1):7000億円の自社株買い

 筆者は、「東芝事件総決算」(日本経済新聞出版社)を上梓しました。来週ぐらいから書店に並ぶことになると思います。拙著では、5月の決算発表とそのあとの東芝メモリー売却まで書き込むことができましたが、その後の東芝については、このブログにおいて追いかけることにしたいと思います。

 昨日(2018年6月13)、東芝は7,000億円の自社株買いを発表しました。
IRニュースでは、「本年6月1日に東芝メモリ株式会社の株式譲渡(以下、本件株式譲渡)が完了したことを受け、当社は、計上される相当額の譲渡益の一部についての株主還元の方針を早期に明すべきと考え、本日、下記の通り決議しましたのでお知らせいたします。」と記載されています。
本日決議したということですので、13日に取締役会が開催されたものと考えられます。東芝メモリの売却が完了し、結果として東芝の連結株主資本は1.8兆円になった模様です。東芝メモリの売却益は1兆円ぐらい計上されているはずです。この売却に伴う法人税は、東芝メモリを東芝から分社化した20179月時点で課税されました。これは非適格分割という手法によったためです。これについては、拙著P301を参照してください。
税金は前期に計上(支払)済みのため(繰越欠損控除があるため実際の税金支払いはないかもしれません)、売却益の1兆円がまるまる手元に残ることになります。
このキャッシュの一部を使ってこの自社株買いをするということになります。昨年12月に6000億円の第三者割当増資をしましたが、物言う株主(アクティビスト)に買ってもらったことから、増資時点で何等かの約束があったのかもしれません。これについては公表されていないため分かりません。
巨額増資の半年後にそれを株主に返すということになります。IRニュースでは、「己株式の取得におけるタイミングや手法等については、今後、具体的にインサイダー取引規制等の金融商品取引法や会社法等の法令上の制約、当社株式の需給への影響も踏まえ、可能な限り早く実施を目指して検討してまいります。また当社は、引続き、安定的な配当実施の在り方についても検討してまいります。」と記載されています。
この第三者割当増資は、当時の発行済み株式数の半分に相当し、この増資により1株当たり価値が3分の2に希薄化しました。自社株買いにより、これに応じない株主にとっては、もとの企業価値に戻るということになります(買い戻した自己株式を消却した場合)。
自社株買いは、昨年12月の第三者割当増資に応じた株主だけにするということはできないと思います。さらに、この第三者割当増資で出資した株主のうち一部は、東芝の株主を続けたい意向のところもあるのではないでしょうか。今後、物言う株主として東芝の経営に口出しをして、株価をしっかり上げてから売ろうと考える株主もいると思います。

東芝がこの時点で、自社株買いを発表したのは、627日に予定されている株主総会前にこの情報を出しておこうということだと思いますが、株主総会でこららの株主がどのような提案をするのか大変気になるところです。

2018年6月10日日曜日

リスク管理・内部統制・内部監査

 来週、ある会社のご依頼で、来週表記のテーマで役員に対する研修を実施します。リスク管理・内部統制・内部監査の関係については、いろいろな説明があるかもしれませんが、私は、内部統制と内部監査は、リスク管理のための道具であると説明することにしています。
 「東芝事件総決算」でも触れた4つの防衛線(ディフェンスライン)についてもお話する予定です。それとの関係で、企業不祥事が発生したときに、4つ目のコーポレートガバナンスで止めることができるか、それを超えてしまうかで、大きな違いが出ることも説明したいと思います。
 東芝では、2015年の不正会計発覚時はこの4つ目の防衛線であるコーポレートガバナンスで止めることができず、第三者委員会を設置することになりました。一方、原発工事会社のS&Wの巨額のれん減損については、2016年12月から監査委員会による調査を実施し、この4つ目の防衛線で食い止めることができました。
 後者の場合に第三者委員会に調査を委ねることになれば、上場廃止審査中であった東芝は、自浄作用が働かない会社として、上場廃止になった可能性もあります。
 監査委員会が調査を実施したということは、実は画期的なことです。監査役協会の監査役監査基準はどうなっているか調べてみました。次のように記載されており、監査役自らが調査を実施するという認識はないようです。

「監査役は、企業不祥事が発生した場合、直ちに取締役等から報告を求め、必要に応じて調査委員会の設置を求め調査委員会から説明を受け、当該企業不祥事の事実関係の把握に努めるとともに、原因究明、損害の拡大防止、早期収束、再発防止、対外的開示のあり方等に関する取締役及び調査委員会の対応の状況について監視し検証しなければならない。」(第27条)

 社外監査役が第三者委員会の委員になるという例もあるのでしょうか。「第三者委員会の委員に就任することが望ましい」と記載されています。社外監査役もコーポレートガバナンスの構成員ですから、社内の人間とみなされるのが普通と思います。監査役自身による調査が第三者委員会による調査の前にあるという考え方はしていないように思われます。
 
 社内調査 => 監査役(監査(等)委員)による調査 => 第三者委員会による調査

 であり、監査役による調査で食い止められたら、自浄作用が働いたとみなされ、第三者委員会による調査まで行ったら自浄作用は働かなかったと考えるべきと思います。

 これは、以前の私のブログに書いた、西村あさひの武井弁護士の第二層(取締役会)と第三層(株主・外部)の考え方と同じです。武井先生は、第三層まで行ってしまったら、何も知らなかった取締役も責任を問われることになると言われています。


米国会計基準を採用する日本企業


「東芝事件総決算」(日本経済新聞出版社)では、日本にしか上場していない東芝が、なぜ米国会計基準を採用することができるのかを解説しています。ここでは、東芝以外の米国会計基準採用会社について調べてみました。

1.なぜ、日本の上場企業が米国会計基準を採用できるのか

東芝は日本の上場会社ですので、有価証券報告書(有報)を提出していますが、そこに含まれる連結財務諸表の作成基準は、本来であれば日本基準です。しかし、報道でも分かるように東芝は米国会計基準を採用しています。
実は、米国に上場している会社(SEC登録会社)は、日本の有報の連結財務諸表を米国会計基準で作成してもよいという特例があります。
 これは、米国会計基準に加えて日本基準で連結財務諸表を作成する負担を軽減するために設けられた特例です。この特例を受ける会社は、米国基準で作成した連結財務諸表とその注記を和訳して、有報に掲載しています。この特例は、連結財務諸表のみを対象にしています。単体の財務諸表は日本基準でなければなりません。
東芝を含む日本の上場会社の何社かは、米国上場を廃止したのに米国会計基準で有報の連結財務諸表を作成しています。これは、連結財務諸表制度導入前より米国基準で有報を提出している会社は、米国上場を廃止しても「当分の間」そのまま認められることになっているからです。
米国上場というのは、具体的には米国預託証券(ADR)をニューヨーク証券取引所やナスダック市場に上場することを言います。ADRは、米国以外の国で設立された企業が発行した株式を裏づけとした有価証券です。

2.米国上場廃止ラッシュ

昨年の3月に「NY上場廃止ラッシュ」という記事が日経新聞に掲載されました。この記事のきっかけはNTTが米国上場廃止を発表したことです。その前の年の2016年には日本電産やアドバンテストも米国上場を廃止しています。そして、今年なってNTTドコモが昨年からの予告どおり上場廃止し、2月には京セラもこれに続きました。
 日経新聞によるとNTTの上場廃止の理由を「証券市場をめぐる環境が変わり、上場を維持する必要性が低下した」としています。ソニー、トヨタ、ホンダなどに比べると知名度が低く、米国市場での取引量が少ないのが現状なのだと思います。
日本企業が米国に上場する理由の一つは、米国での知名度を上げることです。しかし、米国上場を維持するためには米国会計基準での連結財務諸表の作成だけでなく、日本より厳しい会計監査と内部統制監査(SOX監査)を受ける必要があり、そのための労力とコストがかかります。
実はそれだけでなく、米国上場会社は米国企業とみなすという米国の法律がいくつかあります。特に海外腐敗行為防止法(FCPA)は、米国企業による外国の政治家や官僚への賄賂を禁止する法律です。これに違反すると信用失墜するだけでなく、巨額の課徴金が課されることから、コンプライアンス対策に多額のコストがかかります。
そういうコンプライアンス上の問題も米国上場廃止の理由と考えられます。日本のグローバル企業で、米国上場していた会社は40社近くあったと思いますが、今は11社になりました。

3.米国会計基準を採用する会社とその動向

 米国に上場している会社は、筆者が調べた限りでは、ソニー、トヨタ、本田、キャノン、三菱UFJ、三井住友、みずほ、野村、オリックス、IIJFRONTEO11社(会社名略称)です。
これらの会社は、有報の連結財務諸表には米国会計基準を採用することができるのですが、三菱UFJ、三井住友、みずほ、FRONTEO4社については、有報では日本基準を採用しています。本田は有報では国際会計基準(IFRS)を採用しています。
 前述のとおり、米国上場を廃止しても米国会計基準している会社が東芝の他にもあります。それは、日本ハム、ワコール、富士フィルム、クボタ、コマツ、東芝、三菱電機、オムロン、TDK、村田製作所、マキタの11社です。
 米国上場廃止後においても米国会計基準を採用するこれらの企業は、次々と国際会計基準への移行を表明しています。冒頭にご紹介したNTTNTTドコモ、それに日本ハム、三菱電機は、20193月期から国際会計基準に移行することを発表しています。日立製作所やパナソニックも昔は米国上場していましたが、すでに国際会計基準に移行済みです。
 東芝は、20151月に国際会計基準への移行を発表しましたが、20173月にはその中止を決めています。これは原子力事業の減損問題の真っただ中で、会計基準を変えるのを避けたためと考えられます。
 
4.米国上場していない会社の米国会計基準の取り扱い

 米国に上場している会社における会計基準の適用を監督するのは米国の証券取引委員会(SEC)です。この役割は、日本では金融庁とその下部機関である証券取引等監視委員会が担っています。このため、米国に上場していない日本企業が採用する米国会計基準の監督は、金融庁や証券取引等監視委員会が行う必要があります。
 東芝のように監査法人の監査が適切かどうかを判断するような場面では、監督官庁が直接乗り出す必要が出ています。そうなると、米国会計基準の専門家がほとんどいない日本の当局としては、対応が非常に難しくなってしまいます。
ただし、東芝のようなことは、もともと想定外だったということは言えます。その理由は、米国に上場する会社は日本を代表するグローバル企業ですので、そのような会社の会計処理が問題になることはこれまでなかったからです。
東芝の2015年に発覚した不正会計事件や、その後の原子力事業の減損問題に対して、金融庁や証券取引等監視委員会は、米国会計基準を理解しないと行政処分などの行政判断ができないことに気が付いたはずです。
これは、当面の間、米国に上場していた企業に対して米国会計基準を認めていたことがそもそもの原因でした。
前述のとおり、米国上場を廃止した企業は、米国会計基準から国際会計基準に移行する会社が増えてきています。金融庁は、過去に米国上場していた会社で米国会計基準を採用する会社に対して、個別に国際会計基準に移行するよう勧めているという話を聞いたことがあります。
当面の間認めるという経過措置を廃止するハードランディングか、行政指導でのソフトランディングか、このどちらかにより、近いうちに米国会計基準を採用する会社は、米国に上場している企業だけになると思います。

「東芝事件総決算」上梓します


このたび「東芝事件総決算」という本を日経新聞出版社から上梓することになりました。この本では、東芝の不正会計とその後3年間の会計処理について、いくつかのテーマに分けて分析しました。すこし厚めの本ですが、図を多用して、できるかぎり分かりやすく書きました。6月中旬には書店に並ぶ予定です。お読みいただければ幸いです。

アマゾンで予約購入できます。
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