1 会社法と金商法で監査報告書が異なる
7月6日(2018年)の日経新聞に、「東芝の監査意見、異なる開示」という記事が出ました。これは株主総会に提出された会社法に基づく監査報告書が適正意見であるにも関わらず、金商法に基づく有価証券報告書(有報)における監査報告書が限定付き適正意見であったのは、なんか変ではないか、という趣旨の記事です。
ここで確認ですが、株主総会では会社法に基づく「計算書類」が招集通知に添付されます。その計算書類は単年度だけで、過年度の計算書類を開示することは求められていません。一方、有価証券報告書(有報)の(連結)財務諸表では、前年度との2期比較で記載することが求められています。
2 監査報告書のルールはどうなっているのか
次に、監査報告書の記載ルールを見てみましょう。過年度の比較情報が開示されている場合、「監査基準委員会報告書710 過年度の比較情報-対応数値と比較財務諸表」(日本公認会計士協会)に基づいて監査報告書を記載することになっています。そこには次のように記載されています。
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9.比較情報が対応数値として表示される場合、監査人は、第10項、第11項及び第13項に記載されている場合を除き、監査意見において対応数値に言及してはならない。(A2項参照)
10.以前に発行した前年度の監査報告書において除外事項付意見(すなわち限定意見、否定的意見、又は意見不表明)が表明されており、かつ当該除外事項付意見の原因となった事項が未解消の場合、監査人は、当年度の財務諸表に対して除外事項付意見を表明しなければならない。
監査人は、監査報告書の除外事項付意見の根拠区分において、以下のいずれかを記載しなければならない。
(1) 当該事項が当年度の数値に及ぼす影響又は及ぼす可能性のある影響が重要である場合、除外事項付意見の原因となった事項の説明において、当年度の数値と対応数値の両方に及ぼす影響について記載する。
(2) 上記以外の場合には、当年度の数値と対応数値の比較可能性の観点から、未解消事項が及ぼす影響又は及ぼす可能性のある影響を勘案した結果、除外事項付意見が表明されている旨を記載する。(A3項からA5項参照)
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まず、第9項では、第10項から第13項に該当する場合を除き、監査報告書では「比較情報の対応数値」に言及してはならない、と記載されています。何となくそのままこれを読むと、原則として、監査報告は当年度の財務諸表だけを対象にしなさいと言っているように理解できます。
しかしここで、比較情報や対応数値(比較情報の中の数値)と、比較財務諸表が区別されていることに注意が必要です。比較財務諸表は監査の対象になる比較情報であると定義されています(第5項)。要するに、上記の第9項は、監査対象にならない比較情報(対応数値)については、原則として言及してはいけないというルールなのです。
こんなややこしいルールになっているのは、過年度の財務諸表が監査対象になるかどうかは、法令や契約によって決まるからです。
日本の場合どうなっているかというと、会社法(株主総会)と有報のどちらも、監査報告書の対象は当年度だけというルールになっています。前述のとおり有報では(連結)財務諸表が前年比較になっていますが、監査報告書は、当年度と前年度の別々に作成されそれが綴じ込まれています。
EDINETや上場会社のIRのウェブサイトを見ればわかりますが、有報の監査報告書は当年度と前年度の2セットになっています。前年度の監査報告書は単に前年度のものをコピーしたものです。
ということで、当年度の有報に記載された前年度の財務諸表は「比較財務諸表」ではなく「比較情報」(対応数値)であるということが分かります。
3 東芝の状況はどうなっていたのか
ここまで分かったところで、東芝の場合どうなっているのでしょうか。拙著「東芝事件総決算」の第8章に記述したとおり、2017年3月の期末時点(B/S)では、東芝の会計処理と監査人が求める会計処理の結果は同じです(下図の株主資本△5,529億円、有報は「東芝の会計処理」で開示されています)。
このため、2018年3月期の(連結)財務諸表は修正すべきところがない適正意見になりました。事実、株主総会に提出された計算書類に添付された監査報告書では適正意見になっています。
それでは、なぜ有報の監査報告書が限定付き適正意見になったのでしょうか? それは、比較数値に問題があったからです。上記の第10項をじっくり見てみましょう。
東芝の場合、(1)の「当該事項が当年度の数値に及ぼす影響又は及ぼす可能性のある影響が重要である場合」には該当しません。そうなると(2)が怪しいということになります。(2)には、「(A3項からA5項参照)」と書かれています。A3には次のように記載されています。
A3.以前に発行した前年度の監査報告書において、除外事項付意見(すなわち限定意見、否定的意見、又は意見不表明)が表明されていたが、除外事項付意見の原因となった事項が解消され、適用される財務報告の枠組みに準拠して財務諸表において当該事項が適切に会計処理又は開示された結果、比較可能性が確保されている場合、前年度の除外事項を当年度の財務諸表に対する監査報告書において除外事項として取り扱う必要はない。
ここには「除外事項付意見の原因となった事項が解消」されている場合には、「除外事項として取り扱う必要はない」と書かれています。東芝の場合、「原因となった事項が解消したかどうか」というと、「見解の相違」が除外事項(限定意見)の原因ですので、状況の変化はありません。よって、「原因となった事項が解消されていない」と監査人が判断すると考えられます。その場合は、どうすればよいのでしょうか。A4に次のように記載されています。
A4.以前に表明した前年度の監査意見が除外事項付意見であった場合、除外事項付意見の原因となった未解消事項は、当年度の数値には関連しないことがある。その場合においても、当年度の数値と対応数値の比較可能性の観点から、未解消事項が及ぼす影響又は及ぼす可能性のある影響によって、当年度の財務諸表に対して限定意見、意見不表明又は否定的意見が要求されることがある。
これです。このルールによって、東芝の監査人であるPwCあらた監査法人は、当期の有報の監査報告書も限定付き適正意見にしたということになります。監査報告書の意見の部分には、次のように記載されています。
「当監査法人は、上記の連結財務諸表が、「限定付適正意見の根拠」に記載した事項が対応数値に及ぼす影響を除き、米国において一般に公正妥当と認められる企業会計の基準に準拠して、株式会社東芝及び連結子会社の2018年3月31日現在の財政状態並びに同日をもって終了する連結会計年度の経営成績及びキャッシュ・フローの状況をすべての重要な点において適正に表示しているものと認める。」
ここでのポイントは、「対応数値に及ぼす影響を除き」という文言です。対応数値は、前述のとおり監査対象にならない財務諸表(比較情報)に含まれる数値です。それは原則として、監査報告書では言及しないというルールになっています。しかし、東芝の場合、前年度の財務諸表が間違ったままになっている(未解消)であることから、当期の監査報告書では監査対象にしていない比較情報(対応数値)について言及しなければならなくなったということになります。
次年度の財務諸表が適正であれば、比較情報である当年度の財務諸表も適正のため、適正意見になるはずです。
4 会社法との違いをどのように調整すればよいのか
以上のとおり、結構複雑な監査報告書のルールを説明しました。このルールは、日本だけで適用されるルールではなく、国際ルール(国際監査基準)です。これは、会社法、金商法だけでなく、海外の法制の下でも適用できるように記載されています。このため、このルールが複雑なのでやめた方がよい、というのは早計です。ただし、比較情報と比較財務諸表を区別するようなルールは、一般読者には分かりにくいので、この国際ルールも再考すべきかもしれません。
それでは日本でできる対応策は何でしょうか。まず、考えられるのは、会社法に基づく計算書類(そもそも計算書類ではなく財務諸表にしてほしい)上、比較情報を記載することを要求すればどうでしょうか。監査報告のルールは同じですので、比較情報が記載されれば、株主総会に提出される計算書類に添付される監査報告書も限定付き適正意見になります。
あともう一つ考えられるのは、複数年度を対象にした監査報告書です。米国では、当年度の監査報告書において、過年度の財務諸表についての監査意見も記載しています。日本の有報にも前年度の監査報告書が掲記されています。しかし、それは前年度の単年度監査報告のコピーです。当年度に前期と当期の両方の監査報告をするという制度(法令)ではありません。監査報告書1枚に、複数年度の監査報告をするという制度は今のところありません。
この方法は、前年度の財務諸表を監査対象とならない「比較情報」ではなく、監査対象である「比較財務諸表」とすることにより、監査報告書を分かりやすくするという対策です。これによって、前期は限定付き適正、当期は適正ということが分かりやすくなると思われます。