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2018年11月29日木曜日

報酬ガバナンスの今後

1 日産自動車の役員報酬は「確定していたか」が争点

日産自動車の役員報酬の状況がかなり分かってきました。

検察当局の逮捕容疑:役員報酬の各役員別の決定はゴーン容疑者に一任されていた。未払であるが確定している役員報酬であるので、それを開示すべきであった。本人と関係者がサインした同意文書がある。

ゴーン氏の主張:ケリー容疑者(元代表取締役)に法的に問題ないように処理するよう指示した。ケリー容疑者は金融庁に確認し有報に開示しなかった。同意文書はあるが、役員報酬は確定していない。(金融庁の回答は、確定しているのであれば役員報酬として開示が必要というもの)

筆者のこれまでのブログに記載のとおり、この未記載の役員報酬は、取締役会の目に触れず、経理部門には報告されず、役員報酬としての会計処理もされていません。

注意が必要なのは、私的な投資や私的な費用を会社に支払わせたというのは、この役員報酬の問題とは別だという点です。

上記の情報からは、役員報酬が「確定した」とする検察当局の主張がポイントですが、確定させる権限を取締役会から一任されていたのはゴーン氏ですので、確定しているかどうかを決めるはゴーン氏ということになります。

ゴーン氏が確定していないと主張し、取締役会への報告・有報等への開示・会計処理のすべて行われていないという状況です。このあと検察当局はどのように動くのでしょうか?

2 報酬ガバナンスが問われる

コーポレート・ガバナンスにはいろいろな役割がありますが、そのうち役員報酬を決めるという重要な役割があります。

今回の日産自動車の事件は、この問題に大きな課題を残すことになるでしょう。

役員報酬限度額は、役員による報酬の「お手盛り」(過大支払)を防止する趣旨から、株主総会の承認事項になっています。このため、役員報酬の上限を決めるところまでは株主総会で承認されます。

株主総会では、各役員別の役員報酬額の決定は取締役会に一任すると決議するのが普通であり、その決議は適法とされています。

それでは、取締役会で役員別の報酬額を議論して決めるのかというと、そうなっているでしょうか。日産では日産自動車の場合、これがゴーン氏に一任されていました。取締役会での検討がされていなったようです。有報には次のように記載されてます。

<役員報酬の決定方法>
取締役の報酬については、取締役会議長が、各取締役の報酬について定めた契約、業績、第三者による役員に関する報酬のベンチマーク結果を参考に、代表取締役と協議の上、決定する。

「取締役会議長(ゴーン氏)が・・・・決定する」と明確に記載されています。ケリー容疑者は代表取締役でしたので、ケリー氏と協議して決めるということになります。西川社長も代表取締役ですが、上記の文言は代表取締役の1人と協議すれば決定できると読めます。

3 報酬委員会の役割

取締役会の中に、報酬委員会が設置されている会社では、報酬委員会でこれが検討されるはずです。この報酬委員会には社外取締役が参加するのが普通です(法定の場合は過半数が社外)。

日産自動車は、監査役設置会社ですので、もし報酬委員会の設置をするのであれば任意の報酬委員会になります。

報酬委員会が設置されていても、その役割は会社によっていろいろのようです。会社法上の役員、すなわち取締役と監査役の報酬だけでなく、会社法上は社員(従業員)と同じ扱いの執行役員の報酬も詳細に検討している会社があります。

一方で、各人別の検討は社長に一任し、報酬委員会ではその結果の報告を受ける程度の報酬委員会もあるでしょう。そもそも、報酬委員会のメンバーは取締役ですので、自分の報酬もそこで検討することになります。そこでお手盛りが生じる可能性も否定できません。

社長の報酬について、報酬委員会で議論している会社はどの程度あるでしょうか。報酬委員会に社長が入っていたら、社長の報酬は議論できないのではないでしょうか。

日産自動車事件を契機として、報酬ガバナンスの在り方が議論されることになるでしょう。「お手盛り」を防ぎ、各取締役の働きに応じた報酬を決めるために、今後、報酬委員会の役割や機能について規制強化(コーポレートガバナンス・コードの改訂、会社法の改正、金商法の改正など)がされることになりそうです。

たとえば、厳し目の案としては、次が考えられます。

  • 報酬委員会は全員社外取締役で構成すること
  • 社外取締役の報酬は、報酬委員会ではなく取締役会で決議すること
  • 報酬委員会では役員各人別の業績評価を行い、役員各人別の報酬案を決定すること
  • 取締役会では報酬委員会による報酬案を尊重して、役員各人別の報酬額を承認すること

少なくとも、取締役会で各人別役員報酬の承認を行うべきでしょう。日産自動車のように役員報酬(の一部)が取締役会に報告されなかった、ということは避けなければなりません。

2018年11月27日火曜日

日産自動車:不記載の役員報酬の内容と両者の主張


有価証券報告書に記載されていないゴーン氏への役員報酬は次の2種類であったことが今日の報道で分かりました(日経1126日)。

①退職後受け取る予定の8年間で計約80億円
②未記載の株価連動型インセンティブ受領権(SAR)4年間で計約40億円

①のうち、20113月期から20153月期が50億円、20163月期から20183月期が30億円であり、2015年までの50億円について、虚偽記載容疑での逮捕だったようです。

上記のいずれについても、ゴーン氏の退職時または退職後に支払われることが決定された証拠となる内部文書があるようです。取締役会の目にも触れずに、ゴーン氏が自身の報酬を決めていたという証拠があれば、これも役員報酬とみなすことができるのかもしれません。

日産自動車では、取締役会に報告されていない役員報酬が、役員報酬として記載されていない状態と考えられます。普通なら取締役会が役員報酬と認識していないのですから、それで問題はないはずです。しかし、その決定を一任されたゴーン氏が役員報酬とした証拠があるため、その不記載を「虚偽記載」とする、というのが当局の論理と考えられます。

ゴーン氏が意図をもって、この自身への役員報酬を取締役会や社内の経理部門などに報告せず、その結果、有報の役員報酬を虚偽記載したため、当局は刑事罰としての虚偽記載とみなし、逮捕したという流れであると考えられます。

ゴーン氏はこれを否定しているということですので、上記の①②の役員報酬を自身が決定した証拠はないと主張しているように思います。

まだ支払われていない役員報酬の話であり、その決定がゴーン氏に一任されていたのですから、本人のみぞ知るということなのでしょうか。これはいずれ明らかになると思います。


取締役会に報告(承認)されていない役員報酬は役員報酬か


1 海外子会社からの役員報酬は報道されなくなった?

日産自動車でゴーン氏に対する役員報酬のうち、業績連動報酬である「株価連動型インセンティブ受領権」が、有報において過去4年間で40億円の記載がされていなかったと報道されました(日経20181126日)。

これまでは、過去5年間で業績連動報酬が40億円と海外子会社からの報酬が年1億円から1.5億円が記載されておらず、5年間で50億円の役員報酬が未記載であったという報道でした。

海外子会社は、連結対象外の子会社なので、有報上の役員報酬に記載する必要がもともともないのではないか、と書いている人がいましたが、それが理由でしょうか。昨日の報道では業績連動報酬だけになっています。

2 株価連動型インセンティブ受領権はバーチャルなストックオプション

筆者の前回のブログ「日産自動車の役員報酬は取締役会で承認されていたのか」で少しご紹介しましたが、株価連動型インセンティブ受領権をもう少し検討してみましょう。

ストックオプションは有名ですが、これは自社の株式を買い取る権利を与えるものです。行使価格(役員や社員が自社の株式を買い取る価格)をストップオプション付与時の株式の時価以上に設定にするのが普通です。

これは「税制適格ストップオプション」と呼ばれ、実際に株式を買い取った時には課税されず(税制非適格の場合はこの時点で給与所得として課税)、それを売却したときに課税されます。これは給与所得ではなく、株式譲渡所得(20.315%)になります。ちょっと高めの給与所得に対する税率より低い税率が適用されます。

オプションですので、買い取るかどうかはこの権利を付与された役員や社員の自由意思です。また、行使価格で買い取るためには自己資金が必要になります。株価が行使価格より大幅に高くなっていれば、かなりの儲けになるでしょう。

言うまでもないですが、ストックオプションが付与された役員や社員が、株価が上がるように頑張って働いてもらうというのがその目的です。ストックオプションによって、役員や社員が、経営者と同じ目線で、会社のためになるような働きをしてくれることを期待することができます。

株価連動型インセンティブ受領権(SAR)は、このストックオプションのようなものですが、いわば「バーチャルなストックオプション」です。実際に株式の売買は行わず、最初の株価を決めておき、そこから何年か経った後に株価が上がっており、それが役員の業績に基づくものであると認められたら、売却益に相当する金額を役員報酬として計上します。

大和総研による次の図によって、仕組みがよく分かります。この図では、フルバリュー(ファントクストック)とSARを比較しています。フルバリューもバーチャルなストックオプションのようなものですが、売却益部分ではなく、株価全体を報酬にするというものです。フルバリューの場合は、株価が値下がりしたときは、報酬がマイナスになるというやり方ができるそうです。SARの場合は、報酬がマイナスになることは普通ありません。



3 日産自動車のSAR

2013625日開催の株主総会で承認されたSARの内容は次のとおりです(20156月の株主総会で適用期間が延長されています)。

(1)権利の内容: 権利行使日の前日の株価が行使価額を上回っている場合に、その差額を受領する権利

権利行使日の前日の株価 ― 行使価格 = 役員報酬

という意味です。ここで「権利行使日」は実際に報酬の支払いを受ける日と考えられます。「行使価格」は、ストックオプションの行使価格に相当し、仮に株式を買い取るとした場合の価格です。

(2)年間付与総数: 適用期間内の各事業年度について、6 万個(当社普通株式6 百万株相当数)を上限とする。

各年度6万個X株価ですので、仮に株価を1000円とすると、6,000万円になります。ここには明確には書かれていませんが、これは1人当たりの上限と考えられます。

(3)行使価格: 当初の行使価額は、各事業年度毎に決められた日の株価とする。

「行使価格」は、前述のとおりストックオプションの買取価格に相当する価格です。これを事業年度中の一時点の株価とするということです。税制適格ストックオプションのように、その時の時価が行使価格として決められるということになります。

(4)権利行使可能期間: 各権利付与日から10 年を経過する日までの範囲内で、取締役会が定めるものとする。

権利行使日は報酬の支払日と考えられます。権利が付与されたときから10年以内の時期を取締役会が決めるとされています。報道によれば、ゴーン氏の場合は役員退任後に支払うことになっていたとされています。

(5)行使条件: 権利付与対象者の権利行使の条件は、取締役会が定めるものとする。

株式6 万個を上限として一定の個数の株式が付与されますが、これは上限であって、各役員の業績目標の達成度等の条件に応じて、実際の支払額が変動すると注記されています。要するに、有報に記載された株価連動型インセンティブ受領権の金額は上限であって、実際に支払うのは、10年以内にこの金額を上限として支払うといういう仕組みです。さらに、実際に支払う報酬額は次の通りです。下記の「調整額」は本人の業績で変動します。

支払日の前日の株価 ― 行使価格 ― 調整額 = 役員報酬

4 取締役会の関与

「ゴーン元会長には、役員報酬の総額上限内で個々の役員の報酬額を決める権限があったという。」(日経1126日)とされています。

また、「報酬の受領先送りについては、社内でもグレッグ・ケリー元代表取締役(62)らごく一部しか把握していなかったもよう。日産の社内調査で関連する内部文書が見つかったが、取締役会には諮られておらず、資金移動がないため監査法人なども気づいていなかったとみられる。」(日経、同上)とも報道されています。

取締役会では、役員の各人の報酬額の決定は、ゴーン氏に一任していたということであり、ゴーン氏が自身に対しての報酬を自分で決めていたということになります。

上記の株主総会決議によると、下記の4点を取締役会で決定するとされていますが、取締役会は、このすべてをゴーン氏に一任していたということになります。今後、この点を含めて日産自動車の取締役会の在り方が検討されることになると思います。

・権利付与日の決定
・行使価格決定日(時価決定日)
・支払日(付与から10年以内)の決定
・上記の「調整額」の決定

5 取締役会に報告(承認)されていない役員報酬は役員報酬か

取締役会が、ゴーン氏に役員報酬の各人別の決定を一任していたとしても、その結果の報告は受けていたと考えられます。具体的には報告していなくても、少なくとも株主総会招集通知や有報が取締役に配布されるはずです。その報告内容は、株主総会や有報で開示された内容と同じはずです。

ということは、4年間で40億円のSARをゴーン氏が自分で付与したことは、取締役会の目に触れず、その結果、株主総会招集通知や有報にも開示されていないということになります。

上記の日経の記事では「内部文書」があったということですので、これがSARをゴーン氏が自分に付与した証拠であるということなのかもしれません。

ゴーン氏はこれを否定しているようです。ということは、それはSARの付与は決めていなかったと主張しているということと考えらえます。

取締役会から一任されているとしても、結果的に取締役会に報告されていないSARを、ゴーン氏が自身に付与していたというのが、当局の主張なのでしょうか。

ちなみに、SARによる役員報酬は税務上損金(経費)になるようです。この点からも、有報に開示されていない役員報酬、すなわち会社が税務上経費として計上していない役員報酬を役員報酬だというのはちょっと無理がありそうな感じがします。

やはり、特別背任や業務上横領を狙った逮捕だったのではないかと思われます。ゴーン氏は有報虚偽記載では立件されないかもしれません。

2018年11月25日日曜日

日産自動車の役員報酬は取締役会で承認されていたのか


1 日産自動車の株価連動型インセンティブ受領権とは

株価連動型インセンティブ受領権を含め、役員報酬はその上限が株主総会で承認され、各人別の報酬額は取締役会に一任するのが普通です。日産もそのようになっています。株価連動型インセンティブ受領権の付与については、その権利行使可能期間や行使条件は、取締役会が定めることになっています(平成25年6月25日開催の第114回定時株主総会の決議)

株価連動型インセンティブ受領権は、取締役会が定める株価を超えた場合、その株価上昇額が報酬として計上されるものです。要するに、取締役ががんばった結果、株価が上がったのであれば、その上がった分だけを報酬として支払うということです。

この報酬は、すぐに支払われるのではなく、「各権利付与日から10 年を経過する日までの範囲内で、取締役会が定める」となっています。報酬をもらう権利があるだけで、支払は留保されていると考えられます。

2 役員報酬の虚偽記載は何を意味するか

有価証券報告書の役員報酬に未記載の役員報酬があったのであれば、取締役会での決議と有価証券報告書の記載が異なるということでしょうか。

すなわち、ゴーン氏に対する株価連動型インセンティブ受領権が未記載とされていますので、それは取締役会で決議された役員報酬が記載されなかったということになります。

取締役会で決議したのにも関わらず、意図的にそれを有価証券報告書に記載しなかったのであれば、虚偽記載になります。そうなれば、取締役全員と取締役会に出席しているはずの監査役の責任も重大です。

反対に、取締役会でゴーン氏への株価連動型インセンティブ受領権が承認されていないのであれば、そもそもそれは役員報酬ではないので、有価証券報告書への記載も不要です。当然、この点に関して虚偽記載はありません。

この報酬をもらう権利が取締役会で承認されているかどうかが、この事件の場合、重要なポイントになります。当局の逮捕容疑が有価証券報告書虚偽記載ですので、今のところ、取締役会で承認された役員報酬の一部が記載されなかったという理解をするしかありません。

そうなると、前述のとおり、各年度8億円程度のゴーン氏への株価連動型インセンティブ受領権を承認した取締役とその取締役会に出席した監査役は、5年以上前から有価証券報告書虚偽記載を知っていたということになります。これは「内部通報で発覚した」とする会社の説明と矛盾します。

3 本当は何が問題なのか

ゴーン氏が私的な経費を会社に支払わせたということは、どうも事実のようです。これはゴーン氏が社内規程に違反して会社に支払わせたのですから、会社がゴーン氏に損害賠償請求をすればよいことです。

会計上は、会社が負担した経費を「ゴーン氏に対する債権」に計上することになります。

一方、ゴーン氏のこのような行為は、社内規程に違反するだけでなく、会社法の特別背任罪や刑法の業務上横領罪になる可能性があると思います。ゴーン氏の逮捕は、やはりこれが狙いなのではないでしょうか。

なお、この会社が負担したゴーン氏の私的な経費を、それを負担すべきであると会社が認めるのであれば、現物役員報酬と考えることもできます。しかし、今回の事件ではこのような展開にはならないと思います。


2018年11月24日土曜日

日産自動車の役員報酬はどのように開示されているのか、何が問題か?


有報の記載内容を見て、日産自動車の役員報酬がどのように開示されており、何が問題だったのかを検討してみましょう。

1 有報の開示内容

20183月期の有報を見ると、役員報酬の記載は次のようになっています。
l  確定額金銭報酬と株価連動型インセンティブ受領権から構成している
l  確定額金銭報酬は年額299,000万円以内(平成20年6月25日開催の第109回定時株主総会の決議)
l  株価連動型インセンティブ受領権の年間付与総数の上限を当社普通株式600万株相当数としている(平成25年6月25日開催の第114回定時株主総会の決議)

<役員区分ごとの報酬等の総額等>
(単位:百万円)

 <役員ごとの連結報酬等の総額等 但し、連結報酬等の総額1億円以上である者>
(単位:百万円)




2 カルロス・ゴーン氏とグレッグ・ケリー氏の報酬

まず、ケリー氏は取締役ですが1億円以上のリストには含まれていませんので、1億円未満であったということになります。この点は、今後明らかになると思います。

報道によるとゴーン氏には、株価連動型インセンティブ受領権が与えられていたにも関わらず、これが開示されていなかったということです。これが5年間で40億円あったということですので、平均すると年8月分億円になります。

このほかに、「海外子会社から受け取った年1億~15千万円程度の報酬も不記載」と報道されています。報酬過少記載の5年間合計は50億円と報道されています。このため海外子会社からの報酬は5年で10億円となります。

この海外子会社からの報酬は、報道されているような海外住居の賃料相当額や個人的な経費を会社に負担させたもの(現物報酬)なのか、金銭報酬なのかは今後明らかになると思います。

3 金銭報酬を記載すればよいのか

有報の役員報酬の開示については、その記載要領(開示府令第三号様式記載上の注意(37))に「報酬等(報酬、賞与その他その職務執行の対価としてその会社から受ける財産上の利益であって、最近事業年度に係るもの及び最近事業年度において受け、又は受ける見込みの額が明らかとな ったもの」と記載されています。

上表のとおり、日産自動車は「金銭報酬」を記載しています。金銭報酬を記載しなさいとはどこにも書かれていません。金銭報酬というのは、現物報酬を除くという意味ではないかと思います。

ゴーン氏への個人的な経費の負担を会社が行ったというのは、現物報酬に該当します。それは含まれないということが言いたかったのかもしれません。しかし、ここには現物報酬を含む「職務執行の対価としてその会社から受ける財産上の利益」を記載することになっています。なお、後述の株主総会決議における役員報酬上限額にも現物報酬が含まれます。

4 報酬の上限を超えているか

株主総会で承認されたのは、「年額299,000万円以内」です。有報に開示されている役員報酬は上記のとおり、合計で18.57億円です。それに不記載の10億円(年平均額)を加算すると28.57億円になります。これは報酬の限度内に収まります。ゴーン氏らは、株主総会で承認された役員報酬の上限を超えないように気を付けていたのかもしれません。

「株価連動型インセンティブ受領権」の方はどうでしょうか。ゴーン氏への年平均額8億円と開示されている9千万円の合計8.9億円がこの事業年度に支払われています。この年間上限は600万株の株価相当額です。日産の過去5年間の株価を見ると1,000円(100株)を大体超えています。

仮に株価1000円で計算すると6千万円(6,000千株÷100株×1000円)になります。前述の株主総会決議は、役員(取締役と監査役)全員の年間合計額ですが、これは恐らく1人分だと考えられます(1人分か全員分かの記載はありませんが、合計9千万円と開示されていますので全員分ではないと考えられます)。

ゴーン氏への株価連動型インセンティブ受領権は、年間平均8億円ですので、6千万円を軽く超えています。

結論としては、株主総会の役員報酬限度額は超えていませんが、株価連動型インセンティブ受領権の限度額は超えています。株価連動型インセンティブ受領権の限度額は、「平成25年6月25日開催の第114回定時株主総会の決議」としていますので、これに違反したということになるでしょう。

なお、ゴーン氏の株価連動型インセンティブ受領権の不記載に気づいた日産関係者が記載すべきだと指摘したこともありましたが、ゴーン氏やケリー氏らは必要ないと拒否していたとされています。

5 損益計算書への記載と会計監査の妥当性

監査法人による財務諸表監査(会計監査)の対象は、有報の中の「経理の状況」に記載された(連結)財務諸表です。有報の役員報酬の記載は、監査法人の監査対象にはなりません。

しかし損益計算書に役員報酬が別掲されていたら、それが間違いということになります。その点はどうでしょうか。連結損益計算書には「給与及び手当」が別掲されていますが、普通これには役員報酬は含まれません。役員報酬は「その他」として他の販管費及び一般管理費と合計で記載されていると考えられます。

このため、役員報酬が別の経費として計上されていたとしても、監査の問題になることはありません。

報道されているように、海外子会社から何等かの資産がゴーン氏のために購入されていたとしたらどうでしょうか。また、ゴーン氏の私的な経費を会社が負担したということであれば、会社の経費ではなく、ゴーン氏への債権(貸付金)とも考えられます。

ということになれば、販管費及び一般管理費の「その他」に計上されている費用の一部を債権に計上し、その分当期純利益が増えることになります。すなわち、(連結)財務諸表がその分間違っていたということになります。(利益が増えれば税金も増えます)

こうなれば、(連結)財務諸表が適正でなかったのではないか、ということになります。しかし、それがもし50億円(税引き後で35億円)であれば、日産自動車の企業規模から考えて、監査法人の監査に問題があった、ということにはならないと思います。

この日産自動車の問題は、有報の虚偽記載とされていますが、(連結)財務諸表に大きな影響を与えるものではないという点で、過去に起こった西武鉄道による大株主についての虚偽記載に類似しています。この点は、稿を改めて検討したいと思います。

2018年11月23日金曜日

日産自動車のコーポレート・ガバナンス体制


日産自動車のコーポレート・ガバナンス体制について、特に監査の面から分析してみたいと思います。

1 取締役・監査役に監査・法律の専門家がいない

日産自動車の取締役と監査役は次のとおりであり、監査・会計・法律の専門家が一人もいません。これは監査を軽視していたことの表れかもしれません。

・社外取締役は社外取締役2名(現役レーサー、元通産省)ルノー出身者2名、日産出身者4名、ゴーン氏の9
・監査役は、社内1名(元生産技術本部)、社外3名(全員銀行出身)

元CFOが監査役になるというのも、東芝やオリンパスで問題になったのですが、日産の場合、監査役がこのメンバーでは、おそらく会計監査人の言うことの意味が分からないと思われます。米国では上場会社の監査委員には、最低1名は財務専門家を入れることが要求されています。


2 取締役会の時間が短い

日経新聞によれば、「ゴーン元会長が議長をしていた際の取締役会は毎回、1時間を超えることがなかったという。(日経1123日)」としています。これでは、取締役会においてコーポレート・ガバナンスに関する議論が十分できず、社外取締役や社外監査役による業務執行役員に対する監視が十分実施されていたとは言えないと思います。


3 内部監査部門の人員数が少ない

日産自動車の20183月期の有価証券報告書によれば、「内部監査部署として、独立した組織であるグローバル内部監査機能(当社14名、グローバルで約90)を設置している。各地域では統括会社に設置された内部監査部署が担当しており、具体的な監査活動をChief Internal Audit Officerが統括することにより、グループ・グローバルに有効かつ効率的な内部監査を行っている。」と記載されています。

トヨタ自動車は、内部監査部門の要員数を有価証券報告書に開示していませんが、本田技研工業は「取締役社長直轄の独立した内部監査部門である業務監査部は45名で構成され、当社各部門の内部監査を行うほか、主要な子会社に設置された内部監査部門を監視・指導するとともに、適宜、子会社の直接監査を実施するなどして、グループとしての内部監査体制の充実に努めています。」と記載しています。

この記載のとおり、本田は国内で45名、それに対して規模の大きい日産が14名になっています。日産はグローバルで90名としていますが、残念ながら本田はグローバルでの人数は記載されていません。オムロンは22名、東芝は45名としています。(参考のため、ソニーとパナソニックを見ましたが、内部監査の人数は不開示でした。)

このように他のグローバル企業と比較すると、日産の親会社における内部監査部門の要員数は少ないと言えます。日産はグローバルで70名(日本以外では56名)としていますが、全世界で14万人近い従業員がいるなか、内部監査要員は非常に少ないと言えます。一方で、他社事例では内部監査の人数を開示していない企業が多いのが実情のようです。この点、日産は開示の点では優れているとも言えます。


4 今後のコーポレート・ガバナンス体制

日産自動車は現在、監査役設置会社ですが、この事件が一段落した後は、指名委員会設置会社に移行し、(東芝と同様に)内部監査部門は監査委員会直轄にするのが良いと思います。

日産自動車に課される課徴金は150億円を超えるか?

1 役員報酬の過少記載額

「ゴーン会長とケリー役員は113月期~153月期、ゴーン会長の報酬が実際には計約999800万円だったのに、計約498700万円と虚偽の記載をした有価証券報告書を提出していた疑いが持たれている。」(日経1120日)と報道されています。

その翌日には次のように報道されました。「ゴーン会長が有価証券報告書に記載していなかった計約50億円の報酬の全容が20日、関係者への取材で分かった。株価に連動した報酬を受け取る権利計約40億円分を付与されながら記載せず、海外子会社から受け取った年1億~15千万円程度の報酬も不記載を続けていた。」(日経1121日)

これによって、日産自動車が有価証券報告書に過少記載した約50億円の内訳は、次の通りであったことが分かります。
開示していた役員報酬  約50億円
業績連動報酬        約40億円 (不開示)
海外子会社からの報酬    約10億円 (不開示)
        合計 約100億円 (開示すべきであった役員報酬金額)

上記は、過去5年間になっています。その後の報道では、次のように8年間過少記載していたとしています。
「ゴーン元会長が有価証券報告書に記載せずに受け取った金銭報酬が20183月期までの8年間で計約80億円に上る疑いがあることが22日、関係者の話で分かった。同期間で計約132億円と記載された役員の金銭報酬総額も修正が必要となる可能性がある。」(日経1123日)

2 刑事罰は最終手段


刑事罰は対象者の権利に対する最も強力な制限となりますので、可能な限り限定的に用いられるべきとされています(刑罰の謙抑性)。具体的には、開示書類の記載内容について、原則として「重要な事項の虚偽記載」がある場合に限定しています。また過失による場合は処罰されません。

役員報酬の過少記載が50億円だったのか80億円だったのかは別にしても、検察当局はこれを「重要な事項の虚偽記載」と判断したということになると思います。

3 課徴金の試算額

刑事罰の可能性があるということですから、日産自動車は課徴金を免れることができません(課徴金が課される場合も「重要な事項の虚偽記載」となっています)。課徴金は行政処分の一つで、行政当局(この場合は金融庁)の裁量で課されます。課徴金は会社に課され、役員等に課されるものではありません。課徴金は司法取引の対象にはならないと思います。

ということで、課徴金を計算すると次のようになります。
日産の時価総額 約4兆円 X 6/100,000 = 2.4億円
過去5年間の社債発行額 2450億円 X 2.25% = 55億円
となり、筆者の試算では、合計57億円もの課徴金となります。

課徴金の時効は審判開始から5年間です。上記の社債発行額のうち20194月までに審判開始されれば、20144月に発行された1,200億円の社債を含む2,450億円が課徴金の対象になると思います。

これだけではありません。上記の2,450億円の社債は日産本体による社債の発行であり、子会社の日産フィナンシャルサービスはこの間に4,400億円の社債を発行しています。このほか米国日産販売が1.1兆円のドル建て社債を発行しています。

ドル建て社債は対象外(有報虚偽記載とは別)としても、日産フィナンシャルサービスによる社債発行額4,400億円を加味すると99億円増加し、合計で156億円になります。

4 金額が小さい有報虚偽記載

しかし、少し気になるのは、50億円や80億円の役員報酬の過少記載で、かつ、恐らく当期純利益への影響はそれより小さい(要するに一部が別の経費として計上されていた)ということであれば、そもそも有価証券報告書の虚偽記載とするまでもないように思います。

課徴金を課す判断基準である「重要な事項の虚偽記載」には該当しないかもしれないということです。

刑罰は最終手段という「刑罰の謙抑性」の観点では、課徴金を課される場合のうち、限られた事案に刑罰が科されるということと理解できます。しかし、この事案の場合、刑罰ありきでまず逮捕となっていますので、これまでとは勝手が違います。

今後の動向を見守りましょう。

2018年11月21日水曜日

ゴーン会長事件発覚は内部通報か?


 日産自動車のカルロスゴーン会長が金商法違反容疑で逮捕されました。これは有価証券報告書における役員報酬の虚偽記載の疑いということです。どうも同氏の不正による利得などを役員報酬に上乗せして開示すべきだったということのようです。これは本来は業務上横領や特別背任罪ではないかと思いますが、これを有価証券報告書の虚偽記載としたのは何か理由がありそうです。

 今後日産自動車は、第三者委員会を設置して詳しく調査をするそうですので、いろいろと明らかになると思います。ただし、捜査に支障をきたすことから、事件の詳細が記載された第三者委員会の調査報告書が公表されるのかどうかは疑問があります。また、司法取引により日産に不利な内容が免責されているようですので、それが調査報告書に記載されることになるとは思えません。

 日経新聞によれば、「日産は社内調査の結果、ゴーン会長の不正行為として(1)報酬の過少記載(2)投資資金の私的流用(3)経費の不正支出――3点を確認したと説明している。」としています。

 (2)(3)については、オランダ子会社の資金を流用したとか、自身がベルサイユ宮殿で行った結婚式費用を負担させたなどが報道されています。

 会長が逮捕されるまでの衝撃的な結果になったことは、本来、日産が望んでいたのではないと思います。意図せず、こうなってしまったと見るべきと思います。

 そのきっかけは何だったのでしょうか。日産側の発表では「内部通報」があり、その後数か月間調査をした結果、ゴーン氏と側近のケリー役員の不正が分かったということです。

 ということは、内部調査をしてその結果、(弁護士と相談し)警察に届けたということになります。お金の支出を承認したのは日産(またはその子会社)ですので、ゴーン氏の不正支出には日産に責任があります。有価証券報告書虚偽記載も会社としての責任を免れません。

 お金の支出は、ゴーン会長やケリー役員が指示したのであるから、彼らの不正ということには単純にはなりません。支払をする際の承認権限が誰にあるかということが大事です。日産の職務権限規程上、ケリー役員が承認できる支出であれば、職務権限規程に問題があるとしても、彼らの不正ということで片づけることができる可能性があります。

 しかし、常識的に考えて、大企業の場合トップが指示して支払われるということはありません。経理担当役員やその下の経理部長が承認することになります(日産の場合、億単位の支払でも、取締役会承認になっていることは多分ないと思います)。ということは、経理担当役員や経理部長は、ゴーン会長らの不正に加担したことになります。
 
 これに加えて、有価証券報告書の虚偽記載についても、当然ながらゴーン会長らへの利益供与ですので、役員報酬に加えて開示する必要があります。これを怠ったということですので、日産側の責任になります。(役員報酬の限度額を超えて支払ったのであれば、この点で会社法違反にもなると思います。)

 これらの日産自動車の責任を免れるために司法取引をしたと報道されています。内部通報に基づいて、自ら調査した結果、ゴーン会長らを検察(警察)に差し出したという結果になっています。

 いくら会社が「ゴーン下ろし」をしたいと考えていたとしても、自社の会長を検察に差し出し、自らは刑の減刑を求めるというのは、ありえない感じがします。結果としてそうなったのは確かですので、そのきっかけは何だったかに関心が移ります。

 もし内部通報があったとしても、社内ではすでに分かっていたことですので、それをきっかけに調査をするようなことをするでしょうか? 

 筆者は、おそらくゴーン会長らを良く思わない日産社員が、当局に通報したのがきっかけではないかと思います。当局から捜査が入り、いろいろな事実が発覚した結果、司法取引をするよう当局から持ちかけられ、検討の結果それを受けることにした、というのが真実のように感じます。

 ただし、日産自動車が「内部通報に基づき調査をした」という発表をしている以上、それが既成事実化することになるでしょう。わざわざ当局がそれを否定する理由は何もありません。当局と相談の結果、内部通報をきっかけにしておいたのかもしれません。日産としては、自浄作業が働いたということになりますので、都合のよい理由づけになります。

 内部通報もありうると思いますが、早めに司法の手が入ったことから、日産の動きがとれなくなり、この最終手段しか打つ手がなくなったという、可能性は否定できないと思います。

 第三者委員会が調査報告書を出すのであれば、内部通報がきっかけという筋書きに沿った内容になると思います。東芝の不正会計は、当局への通報がきっかけになりましたが、日産のこの事件は、内部通報がきっかけということで、歴史に残ることになります。