日本企業による海外での水ビジネスについては、装置や部品に特化するより、水ビジネス全体をマネジできるようにすべきである、という議論がある。これは水ビジネス自体を目的とした場合の話である。
一方、下記のYAMAHAの話は、浄水装置を売ることは本来の目的にしておらず、YAMAHAブランドの浸透が狙いである。やや気の長い話ではあるが、水に企業が関わることにより、ブランド価値を上げる効果があることを示す好例と言える。
「きれいな水が村人の働く意欲を引き出し、村に活気をもたらしている」ということは、日本では想像できないが、水が不足する地域や国では、「水」がなければ何も始まらない。
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ニュースの深層
2輪車の前に浄水装置 ヤマハ、途上国で「生涯の顧客」
日経新聞 2015/8/25 6:30
発展途上国の低所得者層向けに、水の浄化ビジネスを加速させている。生活の質が向上していく中で自社製品を売り込み、成長市場の先取りを狙う。
アフリカ西部にあるセネガルの首都ダカールから北へ約200km、セネガル川沿いの砂漠地帯に、約300人ほどが暮らす小さな集落がある。集落の中心となっているのが、セネガル川沿いにある「YAMAHA」のロゴが掲げられた装置だ。ヤマハ発動機が2011年に設置した浄水装置「ヤマハクリーンウォーターシステム」である。
この浄水装置によって、村人の暮らしは大きく変わった。
浄化した水を食事や飲用に使うことで、下痢や皮膚病などの病気が大きく減った。これが母親の衛生意識の向上につながり、乳児の死亡率も減少した。 この地域では、女性や子供が生活用水の調達を担っている。これまで、ポリタンクを担いで大きな町まで水を買いに行く必要があったが、こうした重労働からも解放された。
浄化した水は、村人たちの手によってポリタンク1杯約5円で村人に販売している。村人にとって決して安価とはいえないが、「きれいな水を買って生活をもっと豊かにしたい」と考える村人が増えた。
装置設置後の村の生活について、ヤマハ発動機 海外市場開拓事業部エリア開拓部国際協力グループの渡邊基記グループリーダーは、「きれいな水が村人の働く意欲を引き出し、村に活気をもたらしている」と話す。
■水からバイクやボートへ
ヤマハ発動機は、この浄水装置をアジアやアフリカの途上国で販売している。これまで、インドネシア、ベトナム、カンボジア、ラオス、ミャンマー、スリランカ、モーリタニア、セネガルの8カ国に約20台を設置した。現在も、海外市場開拓事業部が交代で海外を飛び回り、売り込みをかけている。
同社の狙いは、浄水装置の販売を通じて途上国でYAMAHAブランドを高め、主力商品であるオートバイやモーターボートの販売に結びつけることにある。
 水浄化ビジネスは低所得者層がターゲット。YAMAHAブランドを広く浸透させ、将来的にバイクや船外機の購入に結びつける
水浄化ビジネスは、低所得者を対象にしたBOP(ベース・オブ・ピラミッド)ビジネスである。まず低所得者層にYAMAHAの存在を知ってもらう。そして経済成長によって所得が増えた中所得者層に、仕事で使うための小型バイクや小型船外機などを購入してもらう。高所得者層になった顧客には、大型バイクやヨットなどのレジャー商品を訴求する。低所得者層へのビジネスは、生涯にわたってヤマハ商品を購入してもらうための下地作りに他ならない。
■村を丸ごと「YAMAHA」に
ヤマハ発動機の2輪車販売シェアは、ホンダに次いで世界第2位である。これまで、スズキ、川崎重工業を含めた日本メーカーが世界シェアの約4割を占めてきた。しかしここ数年は、成長著しい新興国市場において、インドのヒーロー・モトコープ、バジャージ・オート、中国の大長江集団などの低価格バイクがシェアを拡大しており、日本メーカーは苦戦を強いられている。
2014年度の全社の連結売上高は、1兆5212億円。中期経営計画では、これを2017年までに2兆円に引き上げる目標を掲げている。目標達成のためには、更なる経済発展が見込まれる東南アジアや、未開拓のアフリカでのシェア拡大が不可欠だ。
商品単体で勝負すると価格競争に陥ってしまう。そこで、生活や遊びの場を含めた価値を提供する中で、オートバイなどの商品を販売していく。商品単体の価値にとどまらない付加価値の提供を通じて、村を丸ごと「YAMAHA」ブランドで染め、競合メーカーに対抗する戦略だ。
企業ブランドの価値向上は、長期的な事業拡大のために同社が掲げる重点戦略の1つでもある。2020年に向けた事業の方向性を定めた長期ビジョン「Frontier 2020」でも、持続的な成長のためにブランド力の強化を戦略の柱としている。水浄化ビジネスは、まさにこの長期戦略に沿った取り組みの1つである。
同社が途上国ビジネスに取り組み始めたのは、1960年代にさかのぼる。メキシコやセネガルなどの集落に赴き、船外機を使った漁業を手ほどきすることで市場を開拓し、自社商品の販売につなげるといった活動を続けてきた。こうした取り組みが、現在の海外事業開拓部の前身となっている。
■装置とともにビジネスも提供
ヤマハ発動機の売上高における海外比率は89.3%で、このうちアジア、中南米、アフリカといった途上国が58.2%を占める。社員にとって途上国支援は、決して特別なものではなく、ビジネスを拡大するための業務という意識が根付いている。
水浄化ビジネスに取り組むきっかけになったのは1991年。インドネシアのバイク製造工場で働く現地駐在員の家族から「水道の水が茶色い。鉄臭い」という苦情を受け、水道水を浄化する家庭用浄水装置を開発し、販売を開始した。
その後、工場に通う従業員の半数以上が水道のない地域から通っており、河川の水を生活用水として使っていることもわかった。そこで、河川の水を浄化する大型装置を開発した。2010年から現地で試験的に販売・運用したのが、現在のクリーンウォーターシステムの原型である。
装置の開発に当たって重視したのが、装置を持続的に運用するための仕組みと体制作りである。これまでも国際援助によって高度で大規模な浄水施設が建設されたことはあった。しかし、稼働させるための電力や運用のための薬品を用意できなくなったり、外国から来た技術者が帰国するなどして、設備が止まってしまうケースが多かった。
水の浄化には、砂や砂利を利用する「緩速ろ過式」と呼ばれる仕組みを採用した。ポンプで汲み上げた河川の水を、砂や砂利を敷き詰めた「前処理層」に通して泥やゴミを取り除く。その後、「バイオ槽」と呼ばれる装置を通して生活排水に含まれる有機窒素やリンを取り除く。バイオ槽には河川に自生している藻を使う。不純物を取り除くための凝集剤やフィルターが不要になるため、運用にかかるコストを抑えられる。
浄水装置1台で、1日当たり約8000L、約2000人分の浄水を供給する能力を持つ。ポンプ稼働のために必要となる1日当たり5kWhの電力は、太陽光発電装置を設置して賄う。
装置の運用や保守は、村に自治運営委員会を作り、現地の人たちだけで運用できるようにした。装置の運用の他、水の販売ビジネスも提案し、売り上げは装置を動かすための電気代や人件費などに充てる。太陽光発電を併設した装置の場合は、携帯電話の充電サービスも提供できるようにした。
■「援助に頼らない事業」が課題
設置先の決定では、地元のNGO(非政府組織)と連携し、たくさんの人が集まる村落や学校など、需要が高いと思われる地域をいくつか選ぶ。その後、現地調査を経て問題がなければ設置となる。地元NGOには、村人などへの交渉のほか、装置設置後の教育や、自治運営委員会にも携わってもらう。
現在は、政府機関の無償援助が中心。企業スポンサーの参加も促し設置拡大を狙う
装置の価格は約500万円である。資金提供は、日本政府の「草の根無償資金協力」の活用が中心であり、事業としてはまだ緒に就いたばかりだ。2018年には年間50台以上の販売を目指し、事業単独で黒字を目指す。そのためには、公的資金に頼らないビジネスの実現が課題となる。今後同社は、民間企業のスポンサー募集やマイクロファイナンスなども活用して装置の設置数を増やしたいと考えている。
低所得者層へのブランド訴求が、どれだけ将来の売上増につながるかは未知数だ。しかし、少しずつではあるが、手ごたえも感じている。インドネシアでは、水を運んで売るのにヤマハのオートバイを利用する人が現れた。このようなケースを増やし、ヤマハ商品の購入に結び付けていくには、これまで以上に住民のニーズに耳を傾け、生活向上のシーンに合わせた商品の開発や提案も必要となる。
海外のグローバル企業が、続々と途上国市場に参入している。早くから途上国市場をターゲットにビジネスを展開してきた同社の真価が問われようとしている。
(日経エコロジー 半沢智)
[日経エコロジー2015年8月号の記事を再構成]
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