1 業績連動報酬は決算書に計上されていた
日経ビジネス2018年12月3日号「役員報酬開示の闇」によれば、「EY新日本監査法人の複数の関係者によると、同じ期間中の各期の損益計算書の販売管理費(給与及び手当の項目)には、ゴーン氏に支払うSARの受け取り確定額が計上されているという」とのことです。
これは、重要な情報です。決算書にはゴーン氏に対する未払の業績連動報酬が計上されているということです。監査法人は、決算書(財務諸表)の監査を行いますので、それが計上されているのであれば、監査上の問題にならないのでしょうか。
2 役員報酬の虚偽記載とは何か
この情報によって、逮捕容疑である「役員報酬の虚偽記載」とは、何が虚偽記載されていたのかが分かります。
有価証券報告書(有報)の目次は次のようになっています。
第1 企業の概況
第2 事業の状況
第3 設備の状況
第4 提出会社の状況
第5 経理の状況
第6 提出会社の株式事務の概要
第7 提出会社の参考情報
この中で、財務諸表は「第5 経理の状況」に記載されている連結財務諸表と財務諸表が監査法人による監査対象になります。
一方、虚偽記載されていたとされる役員報酬は「第4 提出会社の状況 5 役員の状況④ 役員の報酬等」に記載されています。この内容は、筆者のブログ「日産自動車の役員報酬はどのように開示されているのか、何が問題か?」でご紹介したとおりです。
ゴーン氏が虚偽記載したというのは、この「第4 提出会社の状況」に記載されていた役員報酬であり、一方「第5 経理の状況」の財務諸表にはそれが正しく計上されていたということだ、ということになります。
3 監査法人はチェックしないのか
有報の「第4 提出会社の状況」に記載されていなかったSARが、「第5経理の状況」の財務諸表には計上されていたということが分かりました。
それでは、監査法人の監査では、この不一致を指摘しなかったのか、それは監査法人の問題になるのかという点を検討しましょう。
前述のとおり、監査法人による監査の対象は「第5 経理の状況」に記載された連結財務諸表と財務諸表だけです。それ以外の記載は会社の責任となります。
しかし、監査法人が財務諸表以外を一切見ないかというとそうではありません。有報の「その他の記載内容」を「通読して」、監査した財務諸表と重要な相違があるかどうかを確認することになっています。
もし重要な相違があり「その他の記載内容」に修正が必要な場合、会計監査人はその会社に修正を求め、会社が修正に応じなければ、監査役等に報告するとともに、①監査報告書にその事項区分を設けて重要な相違について記載する、②監査報告書を発行しない、③可能な場合、監査契約を解除する、のいずれかの対応が求められています。
有報の「第4 提出会社の状況」に記載された役員報酬が、財務諸表と一致していないことについて、日産の監査人である新日本監査法人は、会社に問い正したが、「それ以上の追及はしなかったようだ」と冒頭の日経ビジネスの記事には記載されています。
未記載の業績連動報酬が年に10億円だったとすると、その金額が「重要な相違」と判断するのかどうかは微妙です。日産の連結税引前利益は7000億円ありますので、それと比較すると大きな金額ではありません。そのため、監査法人は監査報告書に記載するなど、前述の①から③のいずれかの対応は取らなかったものと考えられます。
4 監査基準改訂が先送りされていた
筆者のブログの中でアクセス数が多いKAM(Key Audit Matter)を監査報告書に言及するという、監査基準の改訂が行われた(平成30年7月5日)ことはご存じの方も多いと思います。
実は、「その他の記載内容」の重要な相違については、監査基準の改訂が先送りされていたのです。今回の改訂の検討課題には入っていたようですが、時間の関係で先送りとなりました。
国際監査基準では、監査報告書に「その他の記載内容」の区分を「常に」設け、監査・保証の対象でない旨などを記載した上で、未修正の「重要な虚偽記載」がある場合はその旨(ない場合は、報告事項がない旨)を記載するよう求めています。
この国際監査基準の改訂を日本の監査基準に反映することが検討されたのですが、時間切れとなったようです。
今回これが問題になったのですから、改訂しておけばよかったと、関係者は歯がゆい思いをしているかもしれません。いずれにしても、この点は近いうちに、日本の監査基準が強化されることになると思います。
ただし、日産の事例の場合、仮に監査基準が改訂されていたとしても、監査報告書に記載するかどうかについては、役員報酬に「重要な相違」があると判断するのかどうかが、ポイントになると思います。金額的(量的)には日産にとっては重要でないと言えますが、役員報酬の相違は質的には重要と考えられます。
さらに、仮に監査基準が改訂されていたとしたら「その他の記載内容」の項目が監査報告書に常設され、記載事項がないときは「報告事項がない旨」を記載することになります。役員報酬が10億円相違していたとしたら、「報告事項がない」という記載にはならない可能性が高いと思います。
0 件のコメント:
コメントを投稿