(内部統制報告実務詳解(商事法務2009年4月) 第1章 内部統制報告制度の意義 3.公正な資本市場運営のための制度改革)
3-1. 資本市場の環境と監督強化の必要性
金融商品取引法(証券取引法)は、投資家と金融システムの基本の一つである資本市場を保護することを目的とする。資本市場を公正に運営するためには、その担い手であるこれらの投資家を保護することが基本となる。日本の資本市場における破綻は、世界の投資家や金融システムにも大きな影響を与える時代になった。投資家保護と適正な資本市場の運営は、もはやわが国一国の問題ではなくなってきているのである。
金融商品取引法では、投資家保護の観点から、潜在的な株主である投資家と、すでに株主になっている投資家を平等に扱うようなことが必要となる。その点、会社法では自社の株主を平等に扱わなければならないことは規定されているが、自社の株主と、まだ株主になっていな者や他社の株主を平等に扱うことが要求されることはない。この点をとっても、金融商品取引法と会社法の役割が異なることが判る。
わが国の資本市場では、大幅な規制緩和が行われ、その主役が企業から個人や外国人に変わり、また、会社そのものがそこで売買されるようにもなった。そもそも証券取引法が金融商品取引法に改称するのも、規制緩和により、証券だけでなく金融商品全般を法の対象としなくてはならなくなったからである。
規制緩和により、銀行を中心とした間接金融から直接金融に転換したことにより、国の経済運営は、資本市場を中心とした米国型になってきたといえる。規制緩和は、事前調整型から事後チェック型の行政に転換することを意味する。このため、行政が市場の監視を強化するという動きになるということは、容易に予想できる。
不特定多数の株主から調達した資金により企業運営をしている上場会社は、投資家保護さらには信頼される資本市場の維持発展のために、自らを律することが必要となる。粉飾決算の誘惑に駆られず、適正な決算を経営者自らが作成することは、上場会社の当然の責務である。
3-2. 続発する粉飾決算
虚偽の財務報告をなくすためには、まず、企業が適正な財務報告を開示しなければならないという強い意思をもち、それを実行することが前提となる。その財務報告に対して信頼性を付与することを目的として、独立した第三者である監査法人等による財務諸表監査が制度化されている。
証券取引法に基づく財務諸表監査は、1951年7月に開始された。当初は被監査会社の受け入れ体制の整備をすることを目的とした監査が実施された。その後順次監査の範囲が拡大され、1957年1月以降は、「正規の監査」と呼ばれる本格的な財務諸表監査が実施されるようになった。実に5年半の助走期間を経て財務諸表監査が本格的に制度化されたのである。
この財務諸表監査制度が始まった後においても、多くの粉飾事件が発生している。記憶に新しい西武鉄道による有価証券報告書の虚偽記載、カネボウとライブドアによる決算の粉飾、さらに日興コーディアルグループの過年度決算訂正に至るまでの主な粉飾事件について、新聞記事等に基づき、下表のとおりまとめてみた。
<図表 わが国における主な粉飾事件の概要 >
発覚年
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会 社 名
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粉 飾 の 概 要
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1965年
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山陽特殊鋼
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1958年3月期から7年間に渡って粉飾を続けた。純資産は72億円過大計上され、それ以外に簿外損失が20億円あったとされる。当時の大蔵省の調査によれば、実際には1952年から粉飾を開始しており、倒産までの粉飾額の合計は130億円に上るとされた。粉飾は主に架空の売上高の計上と製造原価や経費の圧縮によって行われた。
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1974年
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日本熱学工業
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社長が他の役員と共謀し約34億円の架空利益を計上。また、子会社エアロマスターの在庫品コインクーラーの物品税を逃れるため架空譲渡。
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1978年
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不二サッシ
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アルミサッシの大手メーカーである不二サッシ工業と不二サッシ販売(現在は両社合併して不二サッシ)の両社合計で430億円という巨額の利益を過大計上。
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1985年
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リッカー
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架空の売上伝票を起票するなどにより架空売上を計上し、1984年3月期までの8年間にわたって329億円の利益を過大に計上していた。当時、不二サッシグループに次ぐ史上二番目の規模。
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1992年
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日東あられ
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売上を過大計上するなどの方法で粉飾して利益を計上、1990年3月期決算では、本来、当期未処理損失金が約283億円のところ、約4億円の利益であると虚偽記載していた。
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1997年
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ヤオハンジャパン
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経費の圧縮や在庫の過大計上、ペーパーカンパニーに自社不動産を売却して売却益を計上した後に買い戻し、多額の損失を出した百貨店事業をダミー会社に移す、中国やシンガポールなど海外の関連会社に損失を移すなどにより、1993年4月から1996年3月までの3年間で約130億円以上の利益の過大計上。
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同
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山一証券
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バブル崩壊に伴い、多額の含み損を抱えた有価証券の飛ばし取引の損失をペーパーカンパニーに移し替え、約2700億円の負債を簿外処理した。
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1998年
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三田工業
(非上場) |
1989年から1990年には、86年以降に計上した架空利益を相殺する形で逆粉飾を実施して利益の平準化を行った。しかし91年には急激な為替変動のあおりで売上高が減少したため、再び架空利益を計上し始めた。利益操作額は累計で約370億円を超えた。
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同
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日本長期信用銀行
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1998年3月期決算期で、関連会社向け融資を独自の基準で甘く査定し、貸倒引当金を約3130億円少なく計上し、約5846億円の未処理損失を約2716億円に減額した虚偽記載を行った。
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2002年
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フットワークエクスプレス
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架空売上の計上などにより、少なくとも1993年12月期から2000年12月期まで粉飾決算が行われ、粉飾額は400億円を超えたとみられる。
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2004年
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西武鉄道
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有価証券報告書において、親会社であるコクドの持株数を過小に開示した。
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2005年
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メディアリンクス
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2003年3月期の売上高を約8倍の約165億円に水増し計上した。架空取引に協力した会社は、当初は数社だったが最終的にライブドアを含む約80社に達したとされている。
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同
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カネボウ
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売上の架空計上、在庫・投融資の過大計上、経費の繰り延べ計上が行われた。2003年3月期においては、5億円と報告していた連結純資産は、訂正後は2179億円の債務超過であった。
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2006年
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ライブドア
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2004年9月期の連結損益計算書において、経常損失が約3億円発生していたにもかかわらず、投資事業組合を通じて売却した自己株式売却益約37億円、その他の架空売上約16億円をそれぞれ売上高に含めるなどして経常利益が約50億円と虚偽記載した。
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同
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日興コーディアルグループ
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日興プリンシパル・インベストメンツ(NPI)と、同社が設立した特定目的会社のNPIホールディングス(NPIH)は、2004年8月にデリバティブ取引を実施した。しかし、約140億円の評価益を計上したNPIを連結対象とし、同額の評価損を計上したNPIHは連結から外していた。過去最大の5億円の課徴金が課された。
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3-3. 粉飾決算に対する制度対応
3-3-1. 行政による監督強化
1998年6月、大蔵省から金融監督庁(現金融庁)が分離された。金融機関は、バブル期以降に続けた過度な融資拡大に伴って多額の不良債権を抱えることになり、結果として日本経済に大きなダメージを与えた。金融機関の監督責任について大蔵省が十分に職責を果たせなかったことから、金融行政を大蔵省から分離してそれを強化することが、金融監督庁設置の目的であった。
しかし、忘れてはならないのは、ここで大蔵省銀行局の機能だけでなく、大蔵省証券局の機能も金融監督庁に移管されたことである。これにより、資本市場に対する監督責任が大蔵省から独立した。それと伴に大蔵省証券局の下部組織であった証券取引等監視委員会は金融監督庁に移管された。同委員会は証券市場の監視、証券会社の検査および虚偽の有価証券報告書に関する検査などを実施する。
一方、2003年の改正公認会計士法に基づき監査法人等による監査の質の確保と実効性の向上を図るため、金融庁の下部機関として、公認会計士・監査審査会(CPAAOB)が2004年4月に新設され、監査法人等に対する監督が強化されることになった。これにより、市場のプレーヤーである上場会社、機関投資家および証券会社に対する監督体制と、上場会社を監査する監査法人等に対する監督の体制という両面が整備されたことになる。
2005年4月1日から課徴金制度が導入された。これにより、インサイダー取引、相場操縦、風説の流布および有価証券届出書の虚偽記載といった証券取引法違反に対して、行政上の措置として課徴金が課されることとなった。その後、課徴金は2005年12月以降に提出される有価証券報告書等の虚偽記載についても課されることとなった。
それまで金融庁は、有価証券報告書の訂正命令などの行政処分と、刑事告発による刑事罰という制裁手段は持っていたが、その中間的な手段を持たなかった。課徴金は裁判所が命じる罰金と異なり行政上の判断で課す制裁金であり、これまでの制裁手段の中間を埋めるものとして期待される。
3-3-2. 監査人側の自主規制の強化
山陽特殊鋼の粉飾事件を契機として、1966年に公認会計士法が改正され、日本公認会計士協会の特殊法人化や監査法人制度の創設などが行われ、監査人側の体制の強化が図られた。これにより、公認会計士は自主規制団体である公認会計士協会に加入しなればならなくなり、また、個人としての公認会計士による監査ではなく、監査法人によって組織的な監査が実施できる土壌が整備された。
2003年5 月、公認会計士法が大幅に改正され、監査法人等による監査の品質向上を行うための施策が実施された。その概要は以下のとおりである。
(1) 監査法人等の独立性の強化
社会的影響の大きい「大会社等」(上場会社および資本の額が100億円以上または負債の額が1000億円以上の株式会社)に対して、監査法人等の独立性が強化された。具体的には一定の非監査業務との同時提供の禁止、継続的監査の制限および単独監査の禁止といった業務制限が法定された。
大会社等の監査先に対して同時に提供することが禁止される業務は次の8項目であり、これらの項目は、米国のサーベンス・オクスリー法201条に掲げられた項目とほぼ同一である。
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会計帳簿の記帳代行その他の財務書類の調整に関する業務
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財務又は会計に係る情報システムの整備又は管理に関する業務
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現物出資その他これに準ずるものに係る財産の証明又は鑑定評価に関する業務
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保険数理に関する業務
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内部監査の外部委託に関する業務
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証券業(証券取引法第2条第8項に規定する)
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投資顧問業(有価証券に係る投資顧問業の規制等に関する法律第2条第2項に規定する)
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上記のほか、監査又は証明をしようとする財務書類を自らが作成していると認められる業務又は被監査会社等の経営判断に関与すると認められる業務
継続的監査の制限は、監査先と監査人の馴れ合いを防止するために、監査担当責任者のローテーションとインターバルを定める規定である。主任会計士(監査法人にあっては、審査担当社員を含めた業務執行社員)の7会計期間を超える継続関与が禁止され、また、その後復帰できる間隔(インターバル)も2会計期間とされた。これに関しては、大規模監査法人においては、日本公認会計士協会のルールにより上場会社の監査を担当する主任会計士に関しては、さらに厳しく継続監査期間5年、インターバル期間5年とされている。
単独監査の禁止は、共同監査の義務付けとも言え、個人の公認会計士が大会社等の監査業務を行うときは、必ず他の公認会計士と共同し、または他の公認会計士を補助者として使用しなければならないとされた。
(2) 公認会計士等の就職制限
公認会計士(監査法人にあっては関与社員)は、監査業務を行った会計期間の翌会計期間終了までは、その会社の役員等に就いてはならないものとされた。また、監査法人の関与社員が、関与した被監査会社等の役員等に就任した場合、その監査法人はその翌会計期間まで当該会社等に対する監査業務を禁止されることになった。
(3) 監査の品質に関する監視強化
監査法人が行う監査業務の品質管理については、日本公認会計士協会が平成11年から自主規制として「品質管理レビュー」を行ってきた。これに対して、職業団体による自主的措置では、監査の信頼性や公正性の確保には限界があるとされ、金融庁の下部機関である公認会計士・監査審査会がその内容をモニタリングすることとなった。
モニタリングの結果、監査法人等の内部管理体制に不備があると考える場合、同審査会はその監査法人等に立入検査する。日本公認会計士協会による品質管理レビューのモニタリングという位置づけながら、実質上、同審査会が監査法人に対して定期的な立入検査を実施することとなった。
(4) 監査法人の制度の見直し
規制緩和の観点から、また行政の関与が事前調整型から事後チェック型になったことから、監査法人の設立、解散および合併等が認可制から届出制に変更され、また、広告についての規制が緩和された。
3-3-3. 会計・監査制度の強化
最後に、粉飾決算に対応するために会計制度および監査制度の諸改革について概観してみたい。
(1) 連結監査の開始
証券取引法に基づく財務諸表監査は、1951年から開始されているが、その対象は親会社だけの単体財務諸表であった。赤字を子会社に押し付けるような粉飾決算を防ぐ効果がある連結決算制度と連結監査制度が1977年から導入がされた。1991年には有価証券報告書の添付書類であった連結財務諸表が有価証券報告書に組み入れられ、1999年4月1日から開始する事業年度からは、有価証券報告書における開示が連結中心主義となった。
(2) 会計処理基準の精緻化
会計処理基準の解釈を自社に有利に行うことにより、利益操作を行う手法がある。このようなことが行われるのは、わが国の会計処理基準があいまいであったということが原因の一つになっていた。この点については、近年、国際会計基準との国際的収斂(コンバージェンス)の過程において、日本の会計処理基準および監査上の取扱いは明確かつ詳細になってきている。
(3) 内部統制監査
2008年4月以降に始まる事業年度から、財務報告に係る内部統制に対する外部監査制度が導入されることになった。この制度は、結果としての財務諸表の適正性だけでなく、その作成プロセスとしての内部統制を外部監査の対象とするものであり、証券取引法監査の開始に匹敵する重要な制度改革と言える。
3-4. 今後の動向と内部統制報告書制度への期待
わが国では、一連の粉飾事件を受けて、資本市場に対する監視を強化するために金融庁は、違法に近い行為に対しても課徴金制度の運用などの行政処分権を行使することになった。具体的には、有価証券報告書の虚偽記載に関して、ジャスダック上場の住宅メーカー、東日本ハウスに対して2百万円の課徴金が課したのを初めとして、日興コーディアルグループに対しては5億円の課徴金が課し、大証ヘラクレス上場のシステム開発会社、エー・アンド・アイシステムの半期報告書の虚偽記載に対して約2千万円の課徴金を課している。
米国では、たとえば、巨額の粉飾決算事件を起こした米通信大手MCI(旧ワールドコム)に7億5千万ドル(約800億円)の制裁金が課されている。このような高額になるかどうかはわからないが、わが国では今後引き続き課徴金を引き上げる検討がなされると考えられる。
一方、東京証券取引所は2007年3月27日、「上場制度整備懇談会」(座長:神田秀樹東大教授)による提言として「上場制度整備懇談会中間報告」をまとめたが、これには取引所規則に違反した上場企業に対して、制裁金を課す制度の導入が盛り込まれている。これを受けて、東京証券取引所は2008年4月28日に上場契約違約金を1000万円とすることを発表した。
監査人に対する制裁としては、2007年の公認会計士法改正において、監査法人等に対する課徴金制度が新設された。同改正法では、粉飾決算に関与した監査法人と個人の会計事務所に最大で監査報酬の1.5倍の課徴金を課すこととされている。
規制当局の体制面では、金融庁の下部機関である証券取引等監視委員会を金融庁から独立させ、公正取引委員会のような準司法機関に改組してはどうか、という議論もなされた。いわば、検察特捜部が常時資本市場を監視するような強力かつ独立性の高い規制機関を創設すべきであるという議論である。米国の証券取引委員会(SEC)はまさにそのような機関として以前から存在し、サーベンス・オクスリー法によってさらにその権限が強化されている。
このように、上場会社とその監査人に対して、さらなる監督・監視の強化が予想される中で、いよいよ2008年4月から内部統制報告制度が開始される。これにより上場会社は、結果としての決算の適正性だけでなく、その適正性を確保するためのプロセスである内部統制の有効性を評価しなければならなくなる。
上場会社の大部分は内部統制が有効であると報告すると予想される。結局有効ならば、このような制度があってもなくても同じと考えるのは早計である。この制度は、内部統制の有効性について一定レベルを維持することを上場会社に求める制度であると理解しなくてはならない。結果としての決算だけでなく、そこに至るプロセスを評価することにより、上場会社は適正な財務諸表の作成の重要性とその困難さを理解することになろう。その過程において、粉飾決算や利益操作への誘惑の芽が摘み取られると期待される。
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