(内部統制報告実務詳解(商事法務2009年4月) 第1章 内部統制報告制度の意義 4.米国における内部統制制度と内部統制の枠組み)
4-1. 米国における内部統制制度
わが国の内部統制報告制度の具体的な内容について検討する前に、先行している米国における類似した制度について概観しておく必要がある。米国においては、サーベンス・オクスリー法(米国企業改革法)が2002年7月に成立した。正式名称は、「2002年上場企業会計改革および投資家保護法(Public Company
Accounting Reform and Investor Protection Act of 2002)」であるが、この法律の議員立法を行ったポール・サーベンス氏とマイケル・G・オクスリー氏の名前で呼ばれるのが通例となっている。
内部統制制度に関わる条文はそのうちの404条である。404条は、「財務報告開示の充実」(Enhanced Financial Disclosure)という第4部(Title IV)に含まれる。404条では、次のような事項が要求されている。
① 年次報告書(10K)に次の事項を記載した内部統制報告書を挿入する。
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財務報告に係る内部統制の構築・維持に関する責任は経営者にあることの宣言
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最近の事業年度末における財務報告に係る内部統制の有効性の評価
② 登録会計事務所は、経営者による上記の内部統制評価に対する監査報告書を提出する。この監査は、公開会社会計監視委員会(PCAOB)による基準に準拠して実施する。
上記のPCAOBによる基準とは、PCAOB監査基準第2号(Auditing Standard No2: An Audit of
Internal Control Over Financial Reporting Performed in Conjunction With an Audit
of Financial Statements)を指す。その後、PCAOB監査基準第5号が発行され、第2号は廃止されている。
サーベンス・オクスリー法以前の米国においては、監査法人による財務諸表監査は、米国公認会計士協会(AICPA)による監査基準書(SAS: Statement of Auditing
Standards)に準拠して実施されてきた。しかし、サーベンス・オクスリー法により、監査法人の監督機関として証券取引委員会(SEC)の下部機関のPCAOBが設置された。この結果、上場会社の財務諸表監査と内部統制監査においては、このAICPAによる監査基準書ではなく、PCAOBが定めた監査基準に準拠して監査を実施することとなった。これにより、AICPAによる監査基準書は、非上場会社の財務諸表監査にのみ使用される基準となったのである。
サーベンス・オクスリー法404条に基づく内部統制制度の適用は、下表のとおり段階的に実施されることとされている。米国では、わが国より先行して内部統制制度の導入が開始されたが、その制度導入はまだ完了していない。特に中小規模会社に対する適用時期は、コストが掛かりすぎるなどの産業界からの反対などにより、これまでに度重なる延期が行われてきた。
米国企業の早期適用会社については、2004年11月15日以降に終了する事業年度から適用が開始されている。流通株式時価総額700百万ドル以上のトヨタ、ソニーおよびキャノンなどの日本企業を含む外国会社については、2006年7月15日以降に終了する事業年度から適用されている。外国会社のうち流通株式時価総額が700百万ドル未満の会社については、その外部監査の適用時期はわが国の内部統制報告制度とほぼ同時となり、流通株式時価総額75百万ドル未満の会社については、その適用時期はわが国の上場会社より後ということになる。
<図表 米国サーベンス・オクスリー法404条適用時期一覧表>
流通株式時価総額
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米国SOX法404条の適用時期
(下記日付以降終了事業年度より適用-注1)
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米国会社
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75百万ドル以上
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2004年11月15日
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75百万ドル未満
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2007年12月15日(内部統制報告書のみの提出)
2009年12月15日(監査報告書) -注2
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外国会社
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700百万ドル以上
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2006年7月15日
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700百万ドル未満
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2007年7月15日(内部統制報告書のみの提出)
2008年7月15日(監査報告書)
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75百万ドル未満
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2007年12月15日(内部統制報告書のみの提出)
2009年12月15日(監査報告書) -注2
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注1:「内部統制報告書のみ提出」とは経営者評価報告書だけの適用期限であり、この時点では外部監査は要求されない。「監査報告書」の適用期限から外部監査が適用される。
注2:本書執筆時点ではSECからこの適用時期に関する提案に対して2008年3月10日期限でパブリックコメントが求められている段階であり、最終確定はしていない。
上場会社の監査を実施する監査法人は、それぞれPCAOBに対して登録し、登録会計事務所となることが必要となった。米国において上場されている米国外の会社(外国登録会社)は、米国外の監査法人によって監査されるのが普通であるが、そのような監査法人も、同様にPCAOBに登録することが必要となった。わが国では、筆者の所属する監査法人を含め、大手監査法人がPCAOBに登録している。
PCAOBは登録会計事務所の検査権限を有している。検査の対象となった米国の登録会計事務所の詳細な検査結果が、そのウェブサイトにおいて公表されている。PCAOBの検査は、米国のおける登録会計事務所だけでなく、海外の登録会計事務所にも及んでいる。本書の執筆時点では、わが国の大手監査法人の一部がすでにPCAOBの検査を受けている。米国の法律がわが国においても適用され、米国の政府機関がわが国の監査法人を監督するといなお、サーベンス・オクスリー法の成立により、上場会社に関しては、公認会計士の自主規制機関であるAICPAがその機能を失い、米国政府機関のPCAOBに権限が移ったことになる。しかし、わが国の監査基準は、従来より金融庁における企業会計審議会が制定しており、内部統制報告制度が導入後においても、この点について変わりはない。
4-2. 内部統制の基本的枠組み
米国では1970年代から1980年代前半に金融機関を含む多くの企業の経営破綻と粉飾決算が発覚し、監査法人による財務諸表監査の強化だけでは、粉飾決算は防げないのではないかとの疑問が投げかけられた。これを受けて産学官共同の研究組織として1985 年に「不正な財務報告に関する国家委員会」が発足した。これは委員長の名前をとって「トレッドウェイ委員会」と呼ばれる。
トレッドウェイ委員会は、多方面にわたる検討を行って1987年に「不正な財務報告」と題する報告書を公表した。上場会社に対する主な勧告は次のとおりであった。
経営者は、不正な財務報告を防止または早期発見することの重要性を認識し、財務報告に関する統制環境を確立する。
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内部会計統制および内部監査を充実させる
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社外取締役から成る監査委員会を設置し、その機能を拡大させる
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内部統制に関する経営者の意見等を年次報告書に記載する
87年に公表されたトレッドウェイ委員会報告書において、すでに内部会計統制および内部監査を充実させることや、内部統制に関する経営者の意見等を年次報告書に記載することが勧告されている点は注目に値する。2002年に成立したサーベンス・オクスリー法404条において要求される内部統制報告書の考え方が、すでにここで示されているのである。
しかしながら、同委員会報告において、このような考え方が示されたものの、実際に制度として導入されるためには、その後のエンロン事件など一連の巨額粉飾事件を待つ必要があったのである。
この委員会の勧告によって内部統制のフレームワークを検討したのが、COSO(トレッドウェイ委員会組織委員会)である。COSO報告書において示されたフレームワークは、今やグローバル・スタンダードとなっている。サーベンス・オクスリー法404条の対象となる米国における早期適用会社のほとんどすべてがCOSOフレームワークに基づいて内部統制の整備・運用を行った。わが国における内部統制報告制度におけるフレームワークも、COSOフレームワークを基本としている。
COSOによる内部統制のフレームワークは、周知のとおり下図のようなCOSOキューブと呼ばれる立方体で表される。
<図表 COSOキューブ>
内部統制報告制度を導入するための前提として、内部統制フレームワークが必須となる。これは、内部統制のあるべき姿は、経営者による評価と外部監査人による監査の判断の基礎となるからである。これがないと内部統制の良否の判断ができない。
米国においては、前述のとおり内部統制報告制度が導入される前に、COSOフレームワークが公表されていた。しかし、わが国にはそれがなかったため、制度導入にあたり、内部統制のフレームワームを示すことが必要とされた。この結果、内部統制基準の第一部として「Ⅰ.内部統制の基本的枠組み」が示されたのである。
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