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2014年9月21日日曜日

「内部統制報告実務詳解」 はしがき

(「内部統制報告実務詳解」商事法務2009年4月 はしがき)

はしがき

本書は、上場企業が適切かつ効率的に内部統制報告制度への対応準備を行うことができるように監査法人トーマツが作成した「トーマツ内部統制報告書制度アプローチマニュアル」(以下、J-SOXアプローチ)を基礎にして執筆したものである。

J-SOXアプローチは、主にトーマツの監査先の上場企業が利用するために作成した内部資料であった。これはトーマツの専門家の指導を受けることを前提として作成したため簡略に記述されている部分があり、2年近い期間にわたって書き足してきたことから記述の整合性がとれていない部分があった。また、200710月と20086月に公表された金融庁Q&A等が十分に反映されていない面もあった。本書は、一般の利用に供するために非公開資料であったJ-SOXアプローチ最終版に対して、その後に公表された解釈指針等を加味して、読みやすいように再構成したものである。

内部統制報告書制度以前においても、そもそも会社は適切な内部統制を構築・維持していなければならなかったはずである。まして内部統制報告制度によって求められている内部統制は、有価証券報告書に含まれる連結財務諸表を中心とした財務情報を適切に認識・集計・開示するための内部統制である。上場企業であれば、そのような内部統制はすでに存在していると考えなければならない。

しかし、内部統制報告制度においては、内部統制を記録・保存(文書化)し、それを評価し、その結果を記載した報告書を作成することが求められている。すなわち、内部統制の実態とその評価の内容を可視化することが求められる。さらに、その評価の範囲と評価結果の妥当性について、外部監査人の監査を受けることが求められている。したがって、上場企業としては制度導入開始前において、それ相当の準備を行っておくことが必要となる。実は、適切な内部統制がすでに存在していると考えていた会社であっても、このような可視化を実施することにより、さまざまな問題が浮かび上がることが多い。

国内外に子会社を多く抱え、分散型の経営を行う大規模な上場企業の中には、その準備に相当の時間がかかると予想して、内部統制基準や実施基準が公表される前から準備を開始していた会社があった。当初は手探りで、米国の類似制度であるサーベンス・オクスリー法404条対応を参考にして準備にとりかかった会社も少なからずあった。

内部統制基準と実施基準が確定し公表された後においては、このような先行企業だけでなく、すべての上場企業が対応準備に取りかかった。制度対応のためには、営業・購買・物流を含む各部を巻き込むことが必要となり、かつ関係会社を含む連結ベースで対応することが必要であることから、本社に特別な準備プロジェクトを設置することが通例となった。

そのようなプロジェクトチームの構成員、営業等の現業部門および内部監査部門等の役割を決め、プロジェクトの全体像を最初に理解しておくことは、このような大規模なプロジェクトを成功に導くために必要となる。また、プロジェクトを進めるにあたって、さまざま書式で情報を収集し、それらに基づいて意思決定をする。このような情報を文書化するにあたって、一定の書式を事前に決めておき標準化しておくことも必要となる。

内部統制基準および実施基準の公表前後から、トーマツでは、その監査先からの制度対応準備に対する支援の要請が増加してきていた。しかし、この制度は上場会社に対して一斉に適用されることから、監査先各社に対して十分な支援するための人材が不足した。そこで、トーマツにおいて指導する側の公認会計士が利用するというより、むしろ上場企業に利用してもらうことを前提とした「内部統制報告制度対応アプローチマニュアル」を開発したのである。

その計画フェーズだけが記述された第1版が平成20069月に作成され、上場企業を指導する数百名のトーマツの専門家に対して教育したのち、順次各企業での利用に供された。その後、版を重ね内部統制報告書作成までのすべてのフェーズを含む最終版の第3版が平成200711月に完成した。作成時点では事例や書式に基づき、手順を追って記述した解説書がなかったこともあり、J-SOXアプローチは、上場企業のためのガイドブックとして広く利用していただいた。

プロジェクトの流れやプロジェクト管理については、J-SOXアプローチを読めば、比較的簡単に理解できる。しかし、上場企業にとっては、特に業務プロセスの文書化と評価の方法の理解が困難であったため、具体的な事例に基づく研修の開催を望む声が多くあった。この要請に応えるため、トーマツでは、ケーススタディを中心としたディスカッション形式の実務者養成講座を多くの回数開催した。この講座には、実に延べ3,000名以上の方々に受講していただいた。

内部統制実施基準において、評価範囲については必要に応じて外部監査人と協議すべきであることが述べられている。評価の途中やそれが終了してから、外部監査人から評価範囲が適切でないと指摘を受けた場合には、追加して評価することが時間的にできなくなる可能性がある。このため、評価範囲を慎重に検討し、事前に外部監査人と十分に協議をして決定することが必要となる。

評価範囲決定にあたっては、売上高等の財務数値を指標として利用するが、これは本来事業年度が終了しないと確定しない金額であるため、過年度の推移から本年度の予算数値を加味してこの指標を決定するのが一般的なやり方となる。その妥当性についても、外部監査人の了解を事前に取っておくことも必要となる。

通常多くの時間が費やされる業務プロセスに係る内部統制の運用状況の評価では、監査の効率性の観点から外部監査人は、経営者が評価において選択したサンプルの一部または全部を、監査人自らが選択したサンプルとして利用することができる。ただし、外部監査人が利用できないような評価を会社が実施しても、直接的には問題になることはない。しかし、外部監査人に経営者評価を利用してもらう方が会社にとって有利であることは自明である。

これらに対して、上場企業はどのように対応したらよいのであろうか。上場企業は、外部監査人からできる限り指導を受けることが最善の策であると筆者は考えている。外部監査人は、監査のプロであるだけではなく、長年の経験から会社のビジネスや内部統制の状況を熟知している。このような外部監査人から、できる限りの指導を受けるべきである。

外部監査人は独立した立場で監査を実施することが求められることから、その監査先への指導においては一定の限界がある。しかし、外部監査人と協議をし、また外部監査人から適切な指導を受けることが制度の導入初期においては、非常に重要である。上場企業や上場準備中の会社が本書を利用するにあたっても、外部監査人から十分な指導を受けられることを強くお勧めする。

本書は、内部統制報告書制度対応の初年度において、対応中の上場企業がプロジェクトの前工程を振り返り、本年度のゴールに向けて準備するために利用することができる。2年目以降の制度対応においては、初年度での経験を踏まえ、特に効率性が重視されることが多いと考えられる。本書では2年度目以降における留意事項についても適宜記述しているため、その後の継続年度においても参考となるはずである。

これから株式上場することを計画する会社は、最初から順次本書を利用することにより、効果的かつ効率的な準備ができる。また、近年は企業買収により新たなビジネス展開を図る会社も多い。その場合に買収先会社での内部統制報告書制度対応にも本書を利用することができる。

本書はトーマツの内部資料であるJ-SOXアプローチの執筆者が執筆した。ただし、杉山雅彦、楠正彦、近藤宏治、加藤美奈子、鈴木徹也および冨田昭仁の各氏は、J-SOXアプローチの執筆は行ったが本書の執筆には関与しなかった。本書の記述の一部はこれらの執筆者の貢献によるものである。本書の基になったJ-SOXアプローチは、監査ERS業務本部長の小野行雄氏の強力なリーダーシップと貴重な示唆がなければ実現しなかった。ここに感謝の意を表したい。

最後に、早い時期に声を掛けていただいたにもかかわらず、なかなか実現しなかった本書の出版に当たり、根気強く対応していただいた商事法務の児玉良彦氏と樋口久隆氏には心よりお礼申し上げたい。

なお、本文中の意見にわたる記述は筆者を含む執筆者の私見である。また、もし本書の記述に誤りや不明確な点があるとすれば、本書全体の品質管理を担当した筆者の責に帰するものであることを申し添えたい。

2009年3月

執筆者を代表して 久保惠一

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