(内部統制報告実務詳解(商事法務2009年4月) 第1章 内部統制報告制度の意義 2.会社法の内部統制と内部統制報告制度)
2-1. 会社法における内部統制の考え方
2006年(2006年)5月に施行された会社法は、会社法上の大会社を対象として、内部統制に関する基本方針を取締役会で決定し、それを事業報告において開示しなければならないと定めた。本書が対象とする金融商品取引法に定められた内部統制報告制度より、一足先に会社法に定める内部統制がマスコミ等に取り上げられるようになったことから、両者が混同されることがある。
会社法において大会社が定めなければならない内部統制に関する基本方針は、「取締役(執行役)の職務の執行が法令及び定款に適合することを確保するための体制その他株式会社の業務の適正を確保するために必要なものとして法務省令で定める体制の整備」である。これらの事項は、取締役会(取締役会非設置会社では取締役)の専決事項、すなわち、必ず取締役会が決めなければならない事項になっている。
周知のとおり、会社法においては、内部統制という用語は使われていない。判例においては、「内部統制システム」が使われたことがあることから、「業務の適正を確保するために必要な体制」が内部統制ないし内部統制システムと考えられている。会社法においては、内部統制に関して定めるべき事項が掲げられてはいるが、内部統制の基本的な概念や枠組みは示されていない。
前述の基本方針は、決めればよいのであり、その方針に基づいて会社を運営しなければならないとは法律では規定されていない。従って、基本方針に従って内部統制を構築し維持しないからといって、直ちに違法とは言えないと解すこともできる。さらに、基本方針を定めないという基本方針を定めても違法ではないという解釈もある。しかし、内部統制を構築・維持していないことにより、違法行為や不祥事などが発生し、会社に損害を与えた場合には、取締役は善管注意義務違反ないし忠実義務違反などの結果責任を問われることは、言うまでもない。
これが内部統制の本来の姿と言える。本来、内部統制は経営者が事業目的を達成するために利用する手段であり、有効な内部統制を構築して維持すること自体は、事業目的にはなりえない。従って、経営者の意向に従って、必要な範囲で必要な内部統制を構築・維持すれば、事業目的を達成できるはずである。微に入り細にわたり、法律が内部統制の詳細について規定すべきではないのである。経営者は、外部の者から自社の内部統制について、内政干渉されたくないし、また、そのようなことをすれば、事業目的の達成を阻害することもありうる。
2-2. 金融商品取引法における内部統制との比較
会社法において内部統制の概念が体系的に規定されていないのは、各社の自治に任せるという基本的な考え方からであろうと思われる。といっても、実際に対応策などを検討するに当たっては、内部統制の概念について一定の考え方があったほうがやりやすいし、一般に妥当と考えられている概念に基づくものであるほうが、責任を問われたときに抗弁しやすい。このため、法律専門家が執筆している会社法に関する書物においても、本書で詳述するCOSO(コソまたはコーソー)が示されていることが多い。
会社法においては、前述のとおり基本方針として定める事項が掲げられているが、その内部統制の範囲は必ずしも明確ではない。しかし、「業務の適正を確保するために必要な体制」とされていることから、会社法が意図する内部統制は、事業目的達成のために必要となるすべての内部統制であり、その範囲が会社業務のうちの特定目的に限定されているとは考えられない。
このため内部統制の目的については、その一部に限定せず、すべてが対象となる。COSOでは内部統制の目的を次の通り3つとしている。
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業務の有効性と効率性を達成する
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法令等を遵守する
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財務報告の信頼性を確保する
後述のとおり、内部統制基準においては、その第一部において、日本版COSOとされる内部統制の枠組みが示されており、内部統制の目的は次の4つとされている。
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業務の有効性と効率性を達成する
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法令等を遵守する
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財務報告の信頼性を確保する
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資産を保全する
会社法が求める内部統制に関する基本方針は、COSOないし日本版COSOに基づいて決定することができると考えられるが、その運用については会社の自治に任されている。一方、内部統制報告制度では、上記の内部統制の目的のうち、財務報告の信頼性に係る内部統制に範囲を限定している。会社が評価すべき内部統制を示し、その評価を実施するための前提となる文書化の必要性などについても明確に定めている。このため、会社法が意図していると考えられる内部統制とは、かなり趣の異なったものとなっている。
すなわち、この内部統制報告制度では、定められた一定レベルの要件をクリアすること、内部統制が有効であるような状態にする努力を会社に強いることを意図している。この点は、会社法が基本方針の決定だけを規定し、その運用までは規定していない点と対照的である。本書を読み進めば分かるが、この制度においては、会社としての判断の余地はある程度あるものの、かなり詳細なルール化が図られている。企業の内部統制に関して、「箸の上げ下ろし」まで、国が規制しようとしているようにも見える。
このように内部統制に関して、企業の自治を認める会社法とその詳細を規定する金融商品取引法の立場の違いは、言うまでもなく上場会社に求められる責任の重さに由来する。これを理解するために、上場会社に対する規制強化の歴史とその背景を概観してみることとする。
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