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2016年5月13日金曜日

まだまだ多い意思決定ボード

 ある高収益企業の社長が次のように新聞に書いています。
「取締役が多いと意思決定が遅くなり、競争力が落ちるのではないかと指摘されるが、それは違う。単に決断を早くすることだけが社会や企業のためになるのではない。各分野に精通した担当取締役がしっかりと主導すれば意思決定が遅くなることもない。そもそも数年で替わる社外取締役が経営判断に参画するには限界がある。財務諸表などの数字だけでは適切に判断できない。」
 揚げ足取りはしたくないですが、私は次のように考えます。
「取締役が多いと意思決定が遅くなり」・・・取締役会は意思決定するところ、という考え方からこの議論が始まっているようです。新しいガバナンスの考え方は、取締役会は、モニタリングボードであるという考え方です。意思決定は取締役会ではなく、その下の経営会議などで十分議論して行うのが前提です。このため、取締役会に上程する議題はモニタリングに関する議題を主とし、意思決定は最小限にするのが原則です。
「各分野に精通した担当取締役」・・・取締役が各分野に精通していなくてもよいと思います。経営者が各分野に精通してください。社内のしがらみがない第三者(取締役)に説明するのが経営者の役割です。
「そもそも数年で替わる社外取締役が経営判断に参画するには限界がある」・・・社外取締役の役割は、経営判断ではありません。経営判断する取締役をモニタリングすることです。
 そもそも経営者は、自分をモニタリングする人を置きたくないはずですので、モニタリングボードとしての取締役会にするという意思決定をほっておいたらやらない経営者もいると思います。会社に任せて、それぞれの会社が決めたら良いということではないように思います。
 そういうことから、コーポレートガバナンスコードが東京証券取引所のルールとして導入されたわけです。上記の社長の会社の取締役会は、意思決定ボードになっているという前提で理解すれば、納得できます。コーポレートガバナンスコードは、comply or explainルールの下、会社が決めたら良いという部分を残しています。意思決定ボードでよいと考えるのであれば、それも認められます。
 儲かっている会社は、儲かっているうちは良いのですが、いつまでも儲かる会社を続けられるわけではありません。そういうときに、また、そうならない前に、社長の交代を含めて早めに手を打つことができなければなりません。大勢の社内取締役がいたら、どうしても権力争いが起きて、そういうことが難しくなるのではないでしょうか。
 意思決定ボードからモニタリングボードにしたら、直ぐに会社が儲かるようになるということはないかもしれませんが、中長期的に下方硬直力の強い会社になると思います。また、会社は「社会の公器」ですから、「儲かっていれば文句ないだろう」ということではないという面もあることを忘れてはなりません。

2016年5月3日火曜日

D&O保険の適用範囲、特約、免責条項に注意が必要

D&O保険第三弾として、保険を付保する場合の留意事項について、フェデラル・インシュアランスの山越誠司氏のお話に基づいて、お話します。

1、被保険者と子会社の範囲
被保険者は、取締役と監査役が普通ですが、執行役員や管理職の従業員、子会社の取締役、監査役、管理職従業員などを対象にすることができます。対象範囲が広い方が、安心感はあるのですが、本来カバーしなければならない親会社の役員ではなく、それ以外の人たちが支払限度額を使い切ってしまっては本末転倒になります。

米国での訴訟の場合、米国の弁護士費用が多額なのでこれによって支払限度を使ってしまうということもありえます。このため、被保険者を増やしてあげようという親心は禁物です。

2、補償の広さに惑わされない
① 会社訴訟の補償
会社が役員を訴える訴訟を補償の範囲に含めることができます。別稿で述べたとおり、その場合も、保険料を会社負担することができます。しかし、問題を起こした役員を会社が訴えるというケースの場合、その損害賠償の負担は役員個人がすべきという考え方もあっておかしくありません。米国のD&O保険では、会社訴訟は対象外になっているそうです。

② 会社の費用の補償
第三者や株主から役員が訴えられた場合に、会社がそれに対応して役員を支援することがあります。それには次のような3類型があります。
・会社補助参加費用
・会社初期対応費用
・第三者委員会設置費用
これらをD&O保険でカバーすることができますが、これらが支払限度額の内枠の場合には、上記①と同様に支払限度額を使ってしまうことになります。

3、事実免責と確定判決免責
日本のD&O保険約款では、事実免責(in fact exclusion)と言って、原告が訴えた時点か、何かしら事実を証明する証拠が出された時点で、保険会社が保険支払を免責されることになっています。

免責条項で一般的なのは、役員が故意に会社に損害を与えたとか、役員が私的利益を得るために会社に損害を与えたというものです。例えば、原告の損害賠償事由に私的利益が含まれている場合には、免責条項により保険金が支払われないということになってしまいます。

日本の保険約款では、この事実免責の条件が曖昧で不安定と言われているそうです。米国では、判決確定免責(final adjudication exclusion)になっていることから、判決が出ない限り免責とならず、保険金が出るということになります。役員から見たら、このほうが有利ですね。

ただ、米国の場合、判決で私的利益や故意が認定されてしまうと、保険金が出なくなることから、判決が出る前に和解に持ち込むケースが多いそうです。

日本の保険会社のD&O保険では事実免責、米国の保険会社の場合は確定判決免責ですので、上記の点を考慮して、どちらにするか検討が必要となります。

D&O保険を会社負担とする場合の法的手続

別稿「D&O保険の保険料は会社負担してよいか」で、D&O保険料は、会社負担してよいというお話をしました。ここでは、どのような法的手続必要かについて、経済産業省が作成した「解釈指針」に基づいてお話します。

同解釈指針によれば、以下の手続を経ることにより、現行法においても、適法に会社がD& O 保険料を負担することができるとしています。

⒈ 利益相反の観点から取締役会の承認を行う
⒉ D&O保険は、インセンティブとしての機能を有することや、決定手続における利益相反も踏まえて、以下のいずれかの方法により、社外取締役が監督①や監督②を行い、適法性や合理性を確保する。
①社外取締役が過半数の構成員である任意の委員会の同意を得る
②社外取締役全員の同意を得る

FAQは次の通りです。

  • 社外取締役が1名のときはどうか? それでも問題ない。
  • 社外取締役が存在しない場合はどうか? その場合は不可。
  • 指名委員会等設置会社、監査等委員会設置会社の場合には「任意の委員会」ではなく「法定の委員会」になるが、それでもよいか? 解釈指針は監査役設置会社を前提に記述した。当然に法定の委員会の場合も問題ない。
  • 会社提訴の場合をカバーするD&O保険の保険料は会社負担可能か? 可能である。
注)会社提訴とは、会社が役員を提訴する場合のこと。(この場合、会社が保険料を負担し、保険金を受け取るのも会社となる。株主代表訴訟の場合も、この点は同じ。)




2016年5月2日月曜日

監査監督機関国際フォーラム(IFIAR)が東京に本部を設置

金融に関する国際機関には、下図のようにバーゼル銀行監督委員会、保険監督社国際機構(IAIS)、金融安定理事会(FSB)(以上スイス)、証券監督社国際機構(IOSCO)(スペイン)、国際通貨機構(IMF)、世界銀行(以上米国)があります。

日本には例えば国連大学が1975年から渋谷区の青山学院の向かいにありますが、アジアは欧米からの距離があるので、いくらGDP世界3位の日本でも、国際機関を置くのは、欧米各国の了解を得るのが難しいと思います。このたび、設置されることになったのは、監査監督機関国際フォーラムという機関で、監査監督当局の国際機関です。

金融といっても監査法人を監督する国際機関ということになります。日本では、金融庁がそのメンバーになります。金融庁の下部機関の「公認会計士・監査審査会」(CPAAOB)が具体的な事務を行っています。国際会計基準(IFRS)は、米国と日本が採用していません(任意採用は可能)が、実は監査の基準は、すでに国際的に統一されているのです。

証券監督機関や証券取引所の国際団体であるIOSCO(スペインに本部)が、証券市場における投資家保護の見地から、監査基準の国際的な統一の推進に力を入れました。

日本においても、監査の基準は、国際監査基準(ISA, International Standards on Auditing)に準拠させるようにしました。金融庁の企業会計審議会が策定する監査基準は、大雑把なことしか書かれていませんので、日本公認会計士協会が策定する監査基準委員会報告が順次改訂され、その改訂は終了しています。これは明瞭化(クラリティ)プロジェックトと呼ばれています。

SECが求める監査が一番厳格であると言われていますが、基本的な監査基準は国際的に統一されてはいますが、国によっては厳格度は異なります。ついでに言うと、内部統制監査は、国際監査基準では対象にしていません。米国、日本、中国でしか導入されていない制度だからです。

米国の場合、エンロン事件の後にSECの下部機関として設置された公開会社会計監委員会(PCAOB)が、この監査の国際機関のメンバーになるのだと思います。PCAOBは、日本の監査法人の検査を行うために日本に来ています(日本の金融庁から見たら越権行為と言えます)。これはトヨタやソニーなどの日本企業が米国に上場しているからです。

そういう点では、日本にPCAOBが利用できるオフィスが確保できるということであれば、日本の監査法人の検査がやりやすくなる、ということにもなるかもしれません。    


東京に初の金融国際機関 監査法人の監督当局、アジア各国加盟に役割期待

2016/4/23付
 公認会計士・監査審査会は22日、監査法人の監督当局でつくる「監査監督機関国際フォーラム(IFIAR)」の本部事務局を東京に設けると発表した。金融分野の国際機関が日本に本部を置くのは初めて。2017年4月に始動する。経済成長で会計監査の重要性が増すアジア各国の加盟に向け、日本が主導的な役割を果たす。
 IFIARは巨額の損失隠しで破綻した米エンロンなどの不正会計事件を教訓に、各国の監査監督当局の協力・連携の場として06年に発足。51カ国・地域が加盟している。現在は常設の事務局がなく、2年ごとに代わる議長と副議長を出している国の当局が担ってきた。国際的に監査の質的向上が求められるなか、常設の本部事務局をつくり情報共有を密にする。
 これまで金融分野の国際機関はスイスのバーゼル銀行監督委員会やスペインの証券監督者国際機構(IOSCO)など欧米に集中。IFIARも加盟国の半数以上を欧州が占めるが、日本が選ばれた大きな理由の一つは、アジア各国への地理的な近さだ。アジアからの加盟は10カ国・地域で、中国とインドは未加盟だ。
 足元では鈍化しているもののアジア企業への投資は今後も増える見込みで、アジア企業の会計監査に対する信頼性向上が欠かせない。そのためにも中国、インドをはじめとするアジアの新興国を枠組みに取り込むとの狙いが東京への事務局設置につながったようだ。
 IFIARは当局間の情報共有がメーンだが、将来的に監査法人に対する国際的な規制づくりを担う可能性もある。その場合、事務局のある日本の意見が反映されやすくなるとの見方もある。