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2015年12月8日火曜日

アクティビスト(物言う株主)

コーポレートガバナンスのセミナーに参加した(2015.11.30)。CamberView Partnersという株主助言サービス会社のAbe Friedman 氏(Abeは、アベではなくエイブ=Abrahamの愛称)によるアクティビストについての講演内容は、次のとおり。
・米国では15年前までは株主は株主総会で委任状で賛成票を投じるだけだった。
・SOX法成立(2002年)のきっかけとなったエンロン、ワールドコムなどの大企業による粉飾事件によって、株主の投票行動に変化が見られるようになった。
・アクティビストと呼ばれる「物言う株主」が、その後台頭してきたが、その後、変化したのはアクティビストではなく、機関投資家の行動であった。
・たとえば、インデックスファンドが増加する傾向にあるが、インデックスファンドでは、株を売ってポートフォリオの入れ替えすることができない。このため、長期視点で会社に注文を出すことによって、企業価値(株価)を上げていくことが必要になる。
・一方、アクティティビスト・ファンドへの資金流入が急増している。このため、ターゲットとする会社を米国だけに求めていたら資金を使えないので、日本を含む海外企業をターゲットにするようになった。
・大手機関投資家には、投資対象企業の経済的パフォーマンスを見るチームの他にガバナンスと投票を担当するチームがある。(ただし、このチームの人数は少なく、担当会社数が多いのが現状)
・アクティビストはPublic Campaignといって、自らの行動に同調する株主を増やす活動をする。その中に機関投資家が含まれることもある。
・アクティビストが指摘する問題は2つ:経済的パフォーマンス(会社の問題)とガバナンス(運営する人の問題)

この中で、インデックスファンドが増大しており、このファンドでは株式が売れない(たぶん株数の増減は可能)ため、長期的な投資視点となる、というのが面白いと感じた。株主は、会社が気に入らない場合には株式を売ればよいのであるが、インデックスファンドでは、JPX日経インデックス400のような株価インデックスに連動することが求められることから、インデックスを構成する会社の株式を保有し続ける必要がある。

ただ、インデックスファンドが長期的視点で、企業価値を上げるような株主行動をとるかどうかは、少し疑問が残る。インデックスに連動していれば、それでよいと考えるのかもしれない。ただし、他社のインデックス投信よりパフォーマンスがよい投信にしたい、と考えるのであれば、企業価値向上になんらかの貢献をしようとするかもしれない。しかし、一つのファンドがこの行動をとって、企業価値(株価)が上がれば、他のファンドにも恩恵が及ぶことから、ファンドの差別化にはなりにくいかもしれない。

何れにしても、ファンドは一般に短期志向ではなく、長期志向であることは言える。

アクティビストファンドへの資金流入が増加している点も面白い。これは、このようなファンドのパフォーマンスが良いから、ファンドが売れるのだと考えられる。ということは、アクティビストが活躍すれば、この種のファンドへの投資家は潤うことになる。ただ、法律ギリギリのところで悪さをするアクティビストは排除しなければならない。

米国では、アクティビストの活動が起爆材となって、機関投資家の株主行動が変わってきたとのこと。これは望ましい方向と考えられる。株主から「あそこまでやろうと思えばできるのに、なぜしないのか?」という疑問が投げかけられてもおかしくない。

次に、パネルディスカッションでのインテルの独立取締役からのコメントが面白かった。
・最近、独立取締役の間で話題になっているのは、サイバーセキュリティとアクティビストである。

アクティビストは、サイバーセキュリティに並ぶ、会社を攻撃する悪の代表のようなコメントと感じた。そういう面もあるのだろうと思われる。短期的視点で活動するタイプのアクティビストと長期的視点で企業価値向上を目指すアクティビストがあるとすると、前者は「悪」であることが多い。資金流入しているアクティビストファンドは、前者が多いと思うが、後者の長期視点のアクティビストが増えることは望ましい方向と考えられる。

日本版スチュワードシップ・コードが導入され、日本でも機関投資家の株主行動に変化が見られる。一方、村上ファンドの問題が指摘されているが、日本にはアクティビストが少ないとのこと。村上を応援するわけではないが、もう少し良い方のアクティビストが活躍してくれれば、機関投資家の行動がさらに改善されるようになると考えられる。

コーポレートガバナンスは企業価値向上に役立つか?

「コーポレートガバナンスは、企業価値の向上に役立つのか」という問いかけを企業経営者から多く聞く。コーポレートガバナンス・コードが導入されたので、最低限はそれに準拠するしかない、というのが多くの上場会社の現状と考えられる。

この答えについて、考えてみた。パフォーマンスの悪い会社があるとしよう。経営成績が悪い会社は、経営方針が悪いのか、それを決める経営者が悪いのかどちらかである。

これは、株主、特にアクティビスト(物言う株主)の立場から見ると、経営戦略の見直し(例えば子会社売却などのリストラ策)を求めるか、経営者の交代を迫るか、経営者を監視する人たちを入れるかのどれかが、選択肢になる。

経営は、経営戦略と、それを決めて実行する経営者の能力の関数である。経営戦略が良ければ、経営者はそこそこでも良い成績を収めることができるし、経営戦略がそこそこでも、経営者の手腕でなんとかなるかもしれない。その両方が良ければ、それに越したことはない。

経営戦略は経営者が決める。このため、経営者がしっかりしていないと、良い経営戦略は生まれない。その意味では良い経営者を選ぶことが優先される。

良い経営者を選び、その経営者のパフォーマンスを最大限生かすように持って行くのがコーポレートガバナンスの役割であろう。

そういう観点から、もともと経営者に恵まれている会社は、コーポレートガバナンスの役割は小さい。ガバナンスが必ずしも良いとは言えない会社のパフォーマンスが良いことがあるのは、このためと考えることができる。

ただ、例え良い経営者に恵まれていたとしても、人間は万能ではないため、優秀な経営者にも間違いは起こる。これを少しでも予防するのが、コーポレートガバナンスの役割と言える。

結論は次の通り。
・良い経営者に恵まれ、良い経営戦略の会社にとっては、コーポレートガバナンスは、それを持続させる面で役立つ。
・経営者または経営戦略に問題があるパフォーマンスの悪い会社にとっては、コーポレートガバナンスは、良い経営者を選び、良い経営戦略を選択するために必要な枠組みとなる。

コーポレートガバナンスは、上記の通り企業価値向上には役立つが、企業経営者個人にとっては、場合によってウルサイ存在になることは間違いない。この点で、パフォーマンスの悪い企業の経営者による「コーポレートガバナンスは、企業価値の向上に役立つのか」という問いかけには、微妙な意味合いがあることが分かる。


2015年11月12日木曜日

ドイツのフラオエン・クオーテ


VW社の不祥事により、ドイツのコーポレートガバナンスが問われているが、 ドイツでは、ヨーロッパ各国に比較して女性役員が少ない点の改善が進まないとのことである。これを受けて政府が力技で対応することにした。

ドイツのコーポレートガバナンスは、監査役会と取締役会の2層になっている。ドイツの監査役会は日本の監査役会とは異なり、取締役の選任・解任などの権限を持つ。取締役会の上に位置するガバナンス機関である。これが取締役会と翻訳されることもあり混乱するが、最近は「監査役会」で定着している感がある。

ドイツでは、監査役の30%以上を女性にすることを義務付ける制度がドイツで2016年1月始まる。この対象は、2016年1月以降、従業員2000人超の上場会社約100社である。














この制度はFrauenquote(フラオエンクオーテ)と呼ばれる。女性割当制という意味。日経新聞ではフラオエンクオータとなっているが、ドイツ語は上記の綴りなので、クオーテと発音されると考えられる。クオータは英語なので、Frauenドイツ語+quota英語の組み合わせになってしまっている。検索すると下記の画像が出てくる。

2014年の上位200社の監査役会の女性比率は2割弱とのことなので、30%は射程圏内と考えられる。しかし、日本の場合は、2011年の統計であるが、上場企業3,608社の役員等計41,973名のうち女性は515名であり,その割合は1.2%である(内閣府男女共同参画局)。大規模上場会社の会社の女性比率はもう少し高いとしても、ドイツと比べても格段に低い。


2015年11月10日火曜日

TPPはこれからどうなる?

まだ大筋合意の段階である

TPPは大筋合意したと報道された。あたかもTPPが発効したかの報道ぶりである。「大筋合意」であるから、今後細部を詰める作業は残っていると理解できる。

各国の批准が必要

大筋から完全合意になっても参加各国による批准が必要となる。民主党のクリントン大統領候補はTPPには反対であると表明している。また、共和党の候補者で賛成を表明しているのは、ジェブ・ブッシュだけとのことである。しかし、ブッシュが大統領になる可能性は低い。であれば、TPPは発効しないのか?

TPPの発効条件は?

となれば、発効条件がどうなっているか気になるので調べてみた。
TPP発効の条件は、
(1)すべての参加国が署名後2年以内に議会での批准手続きを終えるか、
(2)2年以内に参加国すべてが手続きを終了できなかった場合、TPP全体のGDP=国内総生産の85%以上を占める少なくとも6か国が批准手続きを終えると、発効する

上記(1)の可能性は低いと考えると、(2)のGDPの85%が引っかかる。
交渉参加12カ国の国内総生産(GDP)のうち日米で8割を占める、とのことである。
日本が25%、アメリカが55%とすると、この両国のどちらかが賛成しない場合には、発効しない。

成立の可能性は?

せっかく、時間と労力をかけて「大筋合意」したTPPは、アメリカの反対で反故にされることになる。可能性としては、次の2つ。
(1)オバマ大統領が2017年1月の任期切れまでに何とか議会にTPPを批准させる。
(2)次の大統領の気が変わり、批准に持っていく。

日本の国会での批准も一筋縄ではいかないかもしれない。
(1)自民党が来年7月の参議院選挙(場合によっては衆参同時選挙)で敗れる
(2)そうでない場合でも、自民党の反対派が党の方針に反してTPPに反対する。
日本の国会は、アメリカほどハードルが高い感じはしないが、前途多難であることは確かである。


2015年11月9日月曜日

フランスのフロランジュ法

今、フランス政府がルノーを支配しようとしていると話題になっています。

フランスのフロランジュ法というのがあります。2年間以上株主を続けると議決権が2倍になるという法律です。株主総会の3分の2以上の議決で2倍にならないようにはできますが、この決議をして定款に1株1議決権であることを明記しないと2年で2倍になります。

変な法律のように見えますが、そうとも言えません。短期で売買する株主の言うことより、長期に株式を所有して会社の企業価値の維持向上を期待する株主の発言権を強化しようということです。ガバナンスの議論の中でこうゆう考え方は以前からありました。

しかし、フランス政府の意図はフランスにおける雇用の確保を優先する目的のようです。フランスでは大手企業の株式を政府が所有しています。ルノーもその一つです。ルノーがリストラをしてフランス人が失業することに反対するために議決権2倍を利用しようとしていると報道されています。これに対してルノーと日産が対抗策を検討しているというのが最近話題になっているのです。


ルノーの時価総額は3.5兆円で、日産の時価総額が5.7兆円です。日本郵政グループのように、親会社の時価総額が子会社より小さい会社です。

このように、親会社と子会社が共に上場しており、子会社の時価総額の方が大きい場合には、親会社が買収されたり、親会社の大株主の意向が子会社にまで及んだりすることがあり、経営不安定の要因になってしまいます。日本郵政の政府持株が今後さらに売り出されると、このようなリスクにさらされることになります。

2015年10月29日木曜日

企業不祥事発生時には直ちに社内調査委員会を設置すべし

前項の「取締役への責任追求:オリンパスと大王製紙の違い」で述べたとおり、社内の自浄作用によって、社内調査委員会を設置して対処した大王製紙において、直接事件に関わりのない取締役・監査役への責任追求はされなかった。

そのため、不幸にも企業不祥事が発生した場合には、外部に情報が漏れ、株主や社会から第三者調査委員会の設置を迫られる前に、いち早く社内調査委員会を設置して対応することが必要となる。そうしないと、事件に関係しない取締役・監査役への責任追求が行われる可能性が高くなる。

日本監査役協会の監査等委員会監査等基準や監査委員会監査基準においては、「企業不祥事発生時の対応及び第三者委員会」というセクションを掲げている。これは、上記のような背景から次のように規定している(監査等委員会監査等基準第30条、監査委員会監査基準第27条)。

(1)監査(等)委員会は、「必要に応じて調査委員会の設置を求め」るとしている。

(2)取締役の対応がそれでも不適切な場合は、外部の独立三者による第三者委員会の設置を監査(等)委員会が勧告すべきであるとしている。

上記の(1)は第二層で食い止めることを目的としており、(2)はそれでもダメな場合は、第三層での対応になってしまうことを意味する。

取締役への責任追及:大王製紙とオリンパスの違い

いつもいろいろお世話になっている武井一浩先生(西村あさひ法律事務所)の話を久しぶりに聞いた。

オリンパス事件は、社長を含む一部の取締役が巨額の含み損失を抱える金融商品の飛ばしをやったという事件である。飛ばされた金融商品の代わりに計上された資産が含み損の分過大に計上されたまま、というのが大雑把な構図である。含み損は当初より徐々に減ってきているが(実現させているため)、財務諸表の虚偽記載額は約1千億円であった。

一方、大王製紙については、創業者(元社長)の息子(会長)が個人的に子会社などから約165億円の借り入れを行った、というものである。取締役会の決議など必要な手続きが行われていなかった。

オリンパスの場合は社長を含む一部の取締役以外の取締役は、不正会計が行われていることを知らなかったとされている。大王製紙についても、取締役会決議が行われていないのであるから、親会社の取締役は子会社から会長への貸付については知らなかったと考えられる。

事実を知り得ない取締役が、オリンパスの場合は損害賠償訴訟の対象となり、大王製紙の場合は責任を問われることはなかった。

この明暗はどこで分けたのであろうか。

オリンパスの場合は、だいぶ前から不正会計が行われているのではないかとFACTAという雑誌で取り上げられ(その経緯は本として出版されている)、英国人の社長の就任直後の退任により、不正会計が明るみに出た。その後、会社は第三者調査委員会を設置して報告書を公表した。

大王製紙の場合は、元社長の創業者に物が言える監査役が一人おり、この人が息子(会長)の巨額借り入れを察知して、創業者に報告している。これに対して会社が社内調査委員会を設置して、報告書を公表した。

オリンパスの方は、日弁連型の第三者委員会を設置し、大王製紙は社内調査委員会であった。それだけ見ると、オリンパスの方が優れているように見える。

大きく違う点は、大王製紙の場合は、外部に情報が出る前に社内で対応した点である。「自浄作用」とよく言うが、それが効いたということになる。オリンパスは、外からの圧力で日弁連型の第三者調査委員会の設置を迫られ、その結果詳細な事実が判明した。

武井先生は、企業のガバナンス構造を三層に分け、経営者を頂点とするマネジメント組織を第一層、取締役会(監査役会を含む)を第二層、株主・社会を第三層と呼んでいる。

大王製紙は、第二層で止めたことにより、それを知らなかった取締役・監査役の責任は問われなかった。一方、オリンパスは第三層まで行ったことから、知らなかった取締役・監査役の責任が問われたのである。この考え方は、メルシャンの循環売上不正の訴訟から確立されたもの、ということであった。

2015年10月28日水曜日

監査等委員会監査等基準の「補助使用人等」は見直しが必要

日本監査役協会が9月に監査等委員会監査等基準(「監査基準」ではなく「監査等基準」)を公表した。その第15条では監査等委員会の職務を補助すべき取締役及び使用人を「補助使用人等」とし、その確保を含む監査環境の整備が重要であるとの認識を代表取締役等と共有するものとする、としている。

第18条1項では、監査等の実効性の確保の観点から、補助使用人等の体制の強化に努めることが求められている。

これらはどちらもレベル4の努力義務事項となっている。

一方、第20条1項では、内部監査部門その他内部統制システムにおけるモニタリング機能を所管する部署等を「内部監査部門等」とし、監査等委員会と緊密な連携が保持される体制を整備するとしている。これはレベル3、すなわち不遵守が直ちに善管注意義務違反となるわけではないが、不遵守の態様によっては善管注意義務違反を問われ得る事項としている。

以上のとおり、日本監査役協会の監査等委員会監査等基準では、補助使用人等の確保を努力義務とし、内部監査部門等と緊密に連携することをそれよりレベルの高いレベル3としている。

日本監査役協会が従来から公表している「監査役監査基準」にも少し文言は異なるが上記の3点についてほぼ同様の規定が盛り込まれている。なお、監査役監査基準は、要求事項のレベル分けは、今のところ行われていない。

監査役に補助使用人が必要なのは、社長または監査担当取締役が管轄する内部監査部門を、取締役の業務執行を監査する立場の監査役が使うことができないからである。

監査等委員会には、監査役と同様に補助使用人の確保が必要であろうか? 監査等委員は監査担当取締役であるから、内部監査部門を管轄するべきである。

監査等委員会を設置しておきながら、社長を含む別の取締役が内部監査を管轄することは違法ではないが、明らかに合理的でない。監査を担当する取締役がいるにも関わらず、どうしても内部監査を直轄したい社長はいるかもしれないが、少数であろう。

このように考えると、監査等委員会設置会社には、監査等委員会の補助使用人は、内部監査部門そのものであり、別に用意する必要はない。補助使用人の確保が必要という規定は、監査役監査基準からのコピーであり、監査等委員会には不要である。

監査等委員会監査等基準には、「監査等委員会は内部監査部門を管轄する」という規定をレベル3にすべきと考える。

なお、監査実務ではなく委員会の運営事務を行う事務局を設置することは努力義務事項として監査等委員会監査等基準第5条5項に定められている。同基準では、「事務局」と「補助使用人等」は区別されている。



2015年10月27日火曜日

監査(等)委員会と監査役会、どちらが優れているか?

日経の「大機小機」には感心させられる。10月24日の記事は、社外取締役中心の監査委員会より、監査役会の方が効果的ではないかという意見であった。
理由は、社内監査役が会社のビジネスや内部事情に詳しく、調査権をもつなど法的権限も強いためとのこと。
東芝が社外取締役を(取締役会の)過半数にすることは正しかったのかについて問題提起し、監査役会設置にした方がガバナンス強化になるのではないか、というのが記事の趣旨である。
今回の記事は感心しない。理由は、監査役に法的パワーがあっても、人的バワーがないからである。いくら調査権があっても、社外監査役を含めて3人から5人の監査役の独任性(各自が監査をして結果を報告する)では、ちょっとした中堅企業でも監査なんぞできるはずがない。
たしか、電力会社では、監査役の監査補助者が30人ぐらいいたと思うが、これくらいいたらなんとか監査になる。東芝の監査法人が使う監査要員数は、海外を含めると100人ではきかないと思う。これに対して、監査経験がほとんどない社外監査役を含む5人程度では何もできないに等しい。
監査委員会や監査等委員会のメンバーの社外取締役には会社の知識がないのは事実であるが、取締役であるから内部監査を所管することができる。社外取締役には荷が重いのであれば、内部監査担当の社内取締役を監査(等)委員にして、内部監査を所管すればよい。
現状ではほぼ100%の監査役会設置会社において、内部監査は社長直轄となっている。グローバル企業の一部では100人を超える内部監査人を抱えている。東証一部企業であれば、20人や30人の内部監査人がいる会社は多い。内部監査人は内部監査を年がら年中するのが仕事。5年もやれば監査に習熟する(ただし、会計、法律、ITなどの専門性の不足に対しては外部の手を借りればよい)。一方、監査役の監査補助者は少数である。
監査役会設置を監査(等)委員会より優れた制度にするためには、監査役補助者をせめて内部監査並みにすることが必要となる。たとえば、内部監査が50名いたら十分な会社には、監査役監査補助者さらに50人置くことが必要となる。
監査役は取締役の業務執行を監査するのであるから、社長直轄の内部監査も監査役の監査対象となる。言い換えると、会社法上、監査役は社長を頂点とする内部統制システム全体をその外から監査するというになっている。したがって、内部監査と同数またはそれ以上の人的パワーがなければ監査ができない。
そこのところを合理化するのが監査(等)委員会である。指名委員会委員会設置や監査等委員会設置では、監査(等)委員会は、会議体なので、実際に手を動かして監査をする機関ではない。そのために「内部統制システムを有効に活用すべし」と言われるが、具体的には内部監査を所管するということであると理解しなければならない。
監査役制度の最大の弱点は、社長直轄の内部監査を指揮命令できないということである。監査役を独任性として強大な権限を与えたら、代表取締役などの経営陣の暴走を食い止めることができる、という時代錯誤の幻想の下に会社法がつくられている。証拠を掴まないと監査報告書は書けない。監査役監査補助者を内部監査人の人数以上置くことが前提でないのであれば、監査役は「お目付役」以上の何ものでもない。
人的バワー(専門性と人数)がないと大会社の監査はできない。社内事情に詳しいとか、取締役会などの主要な会議に出席していたら、監査をしたことになるわけではない。
東芝は、一連の改革の中で、内部監査を監査委員会の直轄とした。この決定は正しい。東芝のように、非常勤の社外取締役が監査委員長の場合は、腕の立つ内部監査部長の配置が必要となる。

なお、監査(等)委員長や監査(等)委員が、内部監査部長を兼務すれば、内部監査部長の設置も必要なくなるが、会社法上、監査(等)委員は、使用人を兼務できないことになっているため、これはできない。これは、たとえば監査委員がたとえば営業事業本部長を兼務することができないという趣旨であり、本来、内部監査部長を兼務することに問題はなく、返ってその方が望ましい。このような兼務禁止規定は、会社法上、内部監査が何たるかについて定義されていない(または理解されていない)ことが要因と考えられる。





2015年10月11日日曜日

TSR ー 業績連動報酬の指標

TSRとは、Total Shareholder Return=(株価の上昇額+配当額)/当初株価、である。業績連動報酬には、当期純利益などの財務指標と、株価などの市場指標がある。TSRは市場指標の代表格と言える。

当期純利益は、基本的には取締役がコントロールできる点で優れた指標と考えられる。しかし、株主視点に立った場合には、株価と配当額が直接的な関心事となる。当期純利益が増えれば、それが株価と配当額に反映する可能性は高まるが、株主から見ると当期純利益は間接的な指標に過ぎない。

TSRは、こうゆう意味で優れた指標と言える。ただし、株価は政治的要因や経済全体の動向などに左右される。景気拡大期 においては、取締役の努力とは関係なく株価が上がり、企業業績も上がることもありうる。景気後退期はその逆となる。

TSRから、このような要因による変動をできる限り排除するためには、5年程度の長期間を対象とするとともに、同業他社との比較が欠かせない。長期のTSRが同業他社を上回っているかに基づいて、業績連動報酬を決定する。

TSRをこのように使う事により、取締役の活動成果を適切に反映した指標となる。利益、株価、配当額は、絶対的な指標であるが、これは相対的な業績測定指標と言える。

米国の大手上場企業の多くでは、このような同業他社とTSRを比較する手法が使われているらしい。



2015年10月9日金曜日

顧客を知るーKnow Your Customer

顧客が欲しいものを提供するのがビジネス。しかし、お客に売れるチャンスがあるのに、売ってはいけない場合がある。

まず、与信が不足するので掛け売りができない顧客には売らない、というのは古典的なケース
最近は、反社会的勢力に貸し付けをした銀行のビジネスが問われた。
下記の記事は、それに近い国際版と言える。
昔、ヤマハ発動機の小型ヘリコプター(農薬散布などに使う)が、中国の軍事用に輸出され問題となった。今後は、ドローンもそのような課題を抱えることになる。
金融機関のマネーロンダリング対策も、特定の(リスト化されている)顧客の口座開設や送金依頼を扱わないというもの。
監査法人は、受注承認が厳しい。監査リスクの高い(たとえば、決算を粉飾する可能性が高い=それを防ぐのが監査法人の仕事ではないかと言われそうであるが、、)会社の監査は受けない。

これらは、すべて「Know Your Customer」の課題となる。誰が顧客かによって、販売するかしないかを判断することが必要となる。下記のように販売会社側の問題とも考えられる場合でも、メーカーの責任を問われることもありうるので、メーカーは自社の問題ではないと見過ごしてはいけない。

対応策は、まずは受注承認。J-SOX導入初期で「受注に承認が必要か?」と問われることが多かったが、上記の例を想起すると受注には承認が必要であることが分かる。件数が多い場合には、ブラックリストの作成と受注時にそれとのマッチング。これをグローバルで対応するのは容易ではないが、それに向かって対策を進めるしかない。

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「イスラム国」のトヨタ車使用 米財務省が調査
 【ワシントン=中西豊紀】米財務省は7日までに、過激派組織「イスラム国」(IS)がトヨタ自動車製の車両を数多く使用しているとして調査に乗り出した。同省が担うテロ対策の一環で、トヨタ自動車も調査に協力している。トヨタは同日「テロ活動に車両を転用するおそれのある人物や団体に車両を販売しないことを明確に定めている」との声明を発表した。
 米ABCテレビなどが財務省の調査を報じた。ISはシリアやリビアなどで四輪駆動の「ランドクルーザー」など多数のトヨタ車を改造して使っているという。トヨタ車は耐久性に優れているとされ、砂漠地帯などでのテロ活動に使われる場合がある。(日経新聞2015年10月8日)

2015年10月6日火曜日

決算のウェブ開示タイミングの誤り

決算を発表は、兜(かぶと)クラブ(東証の記者クラブ)の会見室で行うことが多い。筆者は、ここがあまり使われないタイミングの1月中旬に、毎年リスクマネジメント調査の記者会見をしていた。(この時期は記事ネタが不足がちのため、記事にしてもらいやすい)

以前は、東証の建物の3階か5階ぐらいの上の階にあったが、4−5年前に地下になったように記憶している。記者クラブの部屋に入ると各社ごとの棚が並んでおり、そこにプレスリリースを投げ入れるようになっている。これを「投げ込み」というらしい。

投げ込みの場合は説明なしであるが、記者会見をする場合は、事前に記者クラブに予告し、横に3つか4つある部屋を予約しておく。時間になったら、記者クラブの部屋に聞こえるスピーカーで「今からやります」と放送すると、ぞろぞろと記者が会場の部屋にやってくる。

上の階にあった頃は、会場を取り仕切る怖そうな中年女性(勝手なことをすると怒られた)がいたが、地下に移動してからはいなくなった。ちなみに、金融機関は東証ではなく、日銀で記者会見をするそうである。テレビを気をつけて見たら分かるが、金融機関の会見は後ろがごちゃごちゃした普通のオフィスのように見える。

ところで、このように決算発表を各社がするのであるが、これは証券市場の後場が終わる3時に行うことが多い。その日の株価に影響を与えないようにするためと考えられる。何れにしても翌日には株価に影響するが、一旦頭を冷やす時間があるのがミソかもしれない。といっても、海外市場は東証の後に開くので、今となっては、3時の発表にどれだけの意味があるかわからない。

さて、本題。下記の3社は、ウェブサイトで決算の開示をするタイミングが早すぎた例である。調べた限りでは、今年は2件、3年前に1件起こっている。ウェブサイトでの開示でタイミングが問われるのは、決算だけではない。特定の担当者まかせで、手作業で行うというのは危険。

要領としては、プログラムのテスト環境から本番環境への移行や、本番環境でシステムを動かすときの運用管理システムへのプログラム登録と同じようすればよい。

「事前に開示するファイルと開示時間をシステムに登録」→「それを別の人(上司)が内容チェック」→「時間がきたら自動的にウェブサイトに開示」、である。調べたことはないが、多分こうゆうシステムが販売されていると思う。もしかしたら、富士通製もあるかもしれない。すくなくとも富士通や新日鉄住金ソリューションなら自社で作れることは間違いない。

担当者任せはやめた方が良い。

富士通
午後3時に発表予定だった決算情報が午前10時24分から11時03分までの間、ホームページで公開されていたことを明らかにした。社内の指摘を受け、情報を削除。東証に報告後に発表時間を繰り上げ、午後0時半に開示した。(ロイター2015年7月31日)

新日鉄住金ソリューションズ
2015年7月28日、開示時刻より30分早くホームページに決算資料をアップするミスが発生した。(ロイター2015年7月31日)

ホンダ
2012 1029日、同日発表の決算関連資料を予定より4時間半早くホームページに掲載する人為ミスがあったと明らかにした。広報部の担当者が誤って掲載する操作を実行してしまい、20分間にわたって外部から自由に閲覧できる状態が続いた。決算情報は株価に大きな影響を与える可能性があり、情報管理のあり方が問われそうだ。(日経2012年10月29日)

2015年10月5日月曜日

業績報酬を取り返す ー クローバック制度

不正経理事件が発覚すると、過去の財務諸表が訂正される。一般にこの訂正は、上方ではなく下方訂正となる。取締役報酬が、業績連動になっている場合には、このような訂正により、過去の業績連動報酬が払いすぎであったことになる。

東芝の場合には、別項での述べたとおり業績連動報酬は少なかったが支払われていなかったわけではない。過去の財務諸表の訂正により払いすぎた業績連動報酬はどうなるのか?本来は、返金してもらう必要がある。

これまで、日本ではこのような実務はないと考えられる。しかし今後、業績連動報酬が増えてくると、返金制度すなわち「クローバック制度」の導入の検討が必要となるはずである。

米国では、ドッドフランク法に基づき、業績連動報酬に関する情報開示の法案が発表されたことを受け、SECはグローバックを求める条項10Dを追加した。米国では、過去4年間にFortune500社の約85%がすでにグローバック制度を導入しているとのことである。ただし、実際にクローバックを適用するかどうかは取締役会で決定するという内容とのこと(Pay Governanceニュースレター2015/8)。

東芝のように2008年度から過去6年にわたって訂正している(東芝プレスリリース2015/9/7)場合、どれだけ遡る必要があるか問題となる。米国の証券取引法案ではこれを3年会計期間(ルックバック期間)としている。

日本の場合、支払った取締役報酬を返金するという事例はあまりない。取締役が過去に支払った所得税が還付されるのか(例えば、罰金的なものと考えると還付されない)、定額固定報酬を前提とする役員報酬税制上、過去の役員報酬の減額が法人税法上どのように扱われるのか(減額前の差額が賞与認定される可能性)についても検討課題となる。






2015年10月2日金曜日

取締役の評価にExplainが最も多い

KPMGの調査によると、今年の7月ごろまでに東証に提出された「コーポレートガバナンスに関する報告書」では、取締役会の評価に最もExplainが多かったとのことである。


東証の上場規則によると、コーポレートガバナンス・コードの「原則」は、東証1部、2部だけでなく、マザーズ、ジャスダック上場会社にも適用される。原則4−11において、取締役会の評価に関しては、次のように記載されている。


【原則 4−11.取締役会・監査役会の実効性確保のための前提条件】 (中略)
取 締 役 会 は 、取 締 役 会 全 体 と し て の 実 効 性 に 関 す る 分 析 ・ 評 価 を行うことなどにより、その機能の向上を図るべきである。 

「実効性に関する分析・評価を行うことなどにより」となっているので、取締役会の評価は例示されているだけとなる。よってマザーズ、ジャスダック上場会社は取締役会の評価を実施していなくても、Explainは不要と考えられる。

一方、東証1部、2部上場会社だけに適用される「補充原則」には次のように記載されている。


補充原則 4−113
取締役会は、毎年、各取締役の自己評価なども参考にしつつ、取 締 役 会 全 体 の 実 効 性 に つ い て 分 析 ・ 評 価 を 行 い 、そ の 結 果 の 概 要 を開示すべきである。

「実効性について分析・評価を行い、その結果の概要を開示すべきである」としているので、これ以外の方法の実施や、これを実施していないときには、その理由の開示、すなわちExplainが必要となる。


2015年9月30日水曜日

業績連動報酬:税制にこだわりすぎてはいけない。

コーポレートガバナンス・コードでは、

「経営陣の報酬については、中長期的な会社の業績や潜在的リスクを反映させ、 健全な企業家精神の発揮に資するようなインセンティブ付けを行うべきである。」 (原則4−2)「べきである」となっていることから、そうしない場合にはExplainが必要であると考えなければならない。

インセンティブの典型は業績連動報酬である。実は現状の税制上これが大きな課題になっている。昔、筆者が勉強した法人税法では、役員報酬は毎月定額である必要があり、特定の月に多く払うとそれは賞与と見なされ、損金(経費)算入ができなかった。

2006年ごろに下記の「現在」の税制に変わっているようであるが、事前に届け出るような業績連動はあり得ず、業績指標は利益だけというのも使い勝手が悪い。もっと問題なのは、業績連動を取締役一律で、人によって事業部の業績を反映した報酬によることもできない。(下図は日経新聞2015/9/25より)













国税庁のウェブサイトによると利益連動給与は「有価証券報告書に記載されるその事業年度の利益に関する指標を基礎とした客観的なもの」となっている。管理会計に基づく事業部売上高や利益は一般に指標にできないと読める(セグメント情報は有報に記載されるのでそれは使えるのかもしれない。何れにしても取締役別にきめ細かな指標の設定は無理)。またROEも指標にはできない(ただ、ROEは経営目標というよりその結果なので、これを役員報酬に反映することには議論はあると考えられる)。

要するに、使い勝手のよい業績連動報酬を設計しても、法人税計算上、損金(経費)にはならないということ。支払いたければ、もともと損金にはならない役員賞与として一時金を支払うか、年度途中で役員報酬を増額し、増額分は損金不算入として税務申告するかになる。

次年度の役員報酬に毎月同額を上乗せすれば、損金になるという方法はある。この場合は、業績とそれに対する報酬の事業年度がずれることから、もし次年度の業績が悪くなった場合、役員報酬が増額されるという不具合が起こる。

以上のことから、上図のとおり法人税法改正の要望がされている。ただ、業績連動報酬は損金になることに越したことはないが、損金にならないから業績連動報酬を採用しない、というのは本末転倒である。もし、これをExplainとして開示する会社がいれば失笑ものとなる。

役員賞与は、旧商法では、株主配当と同類の利益処分項目と考えられていた。いまでもそれをそのまま引きずっているのか、法人税法上は損金にはならない。税法改正の動向は見守る必要はあるが、より良い業績連動報酬の設計を行うべきである。

なお、法人税法の観点からは、役員報酬や役員賞与の支払いすぎにこだわるのはどうかと思う。法人税率が今後どんどん下がっていくのであれば、法人税で取るより個人所得税で取る方が賢明ではないか?

2015年9月29日火曜日

ROE経営と法人税



日経新聞の今日(2015年9月29日)の記事にトヨタ自動車の国際税務の実務家として知られた槙祐治氏(57)が常務役員に抜てきされたことが記事になっている。
http://www.nikkei.com/article/DGXLASM404H06_V10C15A9MM8000/
筆者は、ROEを経営指標にするのであれば、収益の拡大と費用(コスト)の削減だけでなく、法人税の節税を経営目標に掲げるべきであると従来から主張している。ROE=税引後の当期純利益/自己資本であるから、税金もコストとして削減する努力が必要。
日本の経営者は、「払うべき税金は払えばよい」または「払うしかない」と考えている節がある。また、CFOに指示しても「これはどうにもなりません」と言われたら「そうか」と答えるしかない。
グーグル、アマゾン、スターバックスの過度な国際的な節税が問題となり、OECDがBEPS(税源侵食と利益移転=Base Errosion and Profit Shifting)の対策に取り組んでいる。OECDのガイドラインがでたら、それに基づき、加盟国が各国の税制改正をするという手順になる。
「それ見たことか、無理なことをしたら結局そのうちできなくなる。当社はそんことに手を染めていないので安心です」と考えるのは早計である。
国際的な節税対策をやれることをやったのかというと、ほとんどの日本企業は不十分と考えてよい。よく聞く話は、「日本の税制上、グーグルのようなことはできません」ということである。
グーグルができるのであれば、米国子会社がやろうと思えばできるのではないのか?ヨーロッパの子会社はどうか? 海外で利益が出ていないのであれば、どうしようもないと考えるのも早計。
BEPSの”Profit Shifting”というのは、税率の低い国で利益がでるようなビジネスするということ。人の移動や場合によっては本社の移動も考える。知財センターをアイルランドに作る、というようなことも検討対象になる。
こうなると、CFOや税務担当部長では、対応できない。税金対策のために、事業部門を動かす必要が出てくる。日本企業の国際税務戦略ができていないのは、これができないからである。
トヨタはこれに気づいたのかもしれない。国際税務の専門家を常務にしたのはこのためであれば、「あっぱれ!」を3つ。
なお、OECDのBEPS対策ガイドラインは、法律ではなく、各国の税法改正が前提。いろいろな税制インセンティブで企業を呼び込む政策を取っている国が、簡単にこれに応じることはないと考えられる。


2015年9月24日木曜日

東芝の役員業績報酬

9月24日付の日経ビジネス「東芝トップの報酬は少なすぎる」によると、東芝の役員業績連動報酬は下記のとおり。
 「過去の社長の業績連動報酬を遡ってみる。2012年3月期は社長の佐々木則夫氏に700万円、2013年3月期は佐々木氏700万円、2014年3月期は佐々木氏500万円と2013年6月に社長に就任した田中氏に1700万円、2015年3月期は田中氏1000万円だった。中長期的に企業価値を高めるインセンティブとなる、株式報酬は採用していなかった。」
この記事では、総額で1億円ちょっとの報酬のほとんどが固定報酬だったとしている。年収2億円レベルが増えてきている現状で、日本を代表する企業トップの報酬にしては、総額は少ないというのが、この記事のタイトルの意味である。
この記事の論調では、東芝はもっと業績報酬を多くし、ストックオプションも支給したほうがよいということなのか。業績連動報酬を増やすと、社長はもっと頑張って粉飾するようになるとは考えられないか。エンロンはそうであった。粉飾して形だけの業績をあげれば、役員報酬が上がる。
プロの経営者ではなく、サラリーマン的な社長であれば、年功序列で給料が固定的なほうが合っている。東芝がそうであったとしたら、業績連動報酬は意味がない。また、サラリーマン的な社長であれば、業績連動報酬に関係なく、粉飾するときはする。
ルース・ベネディクトの「菊と刀」によれば、日本は「恥の文化」。「そんな決算は恥ずかしくて公表できない。」ということが、粉飾の原因と考えてもおかしくない。(社長は実際にそう言ったと第三者委員会報告書にある)
業績連動報酬より「恥」やその反対の「名誉」がインセンティブで日本の従来型経営者は動いてきたと見ると合点がいく。
そうなると、コーポレートガバナンス・コードで推奨している業績連動報酬を増やすことには、問題があると言わざると得ない。
卵か鶏かという話であるが、業績連動報酬の前にプロの経営者が社長にならなければならない。
とりあえずの結論:
プロの経営者=業績連動報酬は意味がある。
サラリーマン経営者=少なめの固定報酬で十分。業績連動報酬は無駄。
この結果、日経ビジネスの「東芝トップの報酬は少なすぎる」は誤りということになる。



2015年9月23日水曜日

報酬委員会の仕事

指名委員会等設置会社(旧称:委員会設置会社)における報酬委員会について、役員報酬のコンサル専門会社の社長から話を聞いた。
報酬委員会の仕事は下記のように法定されている。
  • 報酬委員会(404条3項)
    • 取締役および執行役の個人別の報酬内容、または報酬内容の決定に関する方針を決める。
    • 執行役が委員会設置会社の支配人その他の使用人を兼ねているときは、当該支配人その他の使用人の報酬等の内容についても決定する。
これを読むと、取締役と執行役全員の人事査定をして報酬を決めるのが仕事と理解できる。まあ、はっきり言って、社外取締役が過半数の会議体である報酬委員会が取締役と執行役の人事評価をする仕組みを構築して運用することは無理である。
報酬案を事務局が作成し、それを報酬委員会が追認するというのが、現状の日本における実態とのこと。

日本の取締役報酬で特徴的なのは、会長の報酬が社長より高い、ということ。これを合理的に説明することができるのであろうか。

結果として事務局案の承認をするとしても、報酬決定方針と取締役等の評価指標を報酬委員会で決めるべきである。理想的には、取締役、執行役(大体が兼務している)の上位3名の報酬を報酬委員会が決め、社長がそれ以外の取締役等の報酬を査定した結果を報酬委員会で承認するというのが米国でのベストプラクティスとのこと。

報酬決定方針を決めるのは容易ではない。たとえば、社長がオーナーであるような会社は、会社からの配当金が多額にあるので、役員報酬は一般に低い。他の取締役等はその社長より報酬が低くなってしまう。あるオーナー会社の議長の話では、社長はその点を理解しており、自分の報酬は業績報酬だけで固定報酬はゼロにしているとのこと。

あと、一つ勉強したのは、米国の指名委員会では社外取締役の指名を仕事としており、取締役の指名は、報酬委員会が行うとのこと。報酬査定をしておいて、その選解任に関わらないのは合理的でないという理由。わかりやすい。

ーポレートガバナンスコードでは、役員報酬の決定方針とその手続を決め、それを開示・公表することが求められている(原則3−1)。

もう一つ、役員報酬というと、税法改正案がある。コーポレートガバナンスコードでは、「健全な企業家精神の発揮にしするようなインセンティブ付け」(原則4-2)をすべきとしていることを受け、業績連動報酬の損金算入を検討中とのこと。こうなると、損金不算入の役員賞与との区別がつきにくくなるので、役員賞与も合理的な基準で支払うのであれば、損金にすればよい。


なお、東証1部、2部以外の上場会社には、コーポレートガバナンスコードのうち、基本原則だけが適用されることから、上記の原則3-1や4-1は適用されない。

2015年9月14日月曜日

「物言う紳士」による対話の時代が来た

地道に経営陣と対話を重ね経営改善を促すファンドは「ソフト・アクティビスト」や「ジェントル(紳士的な)・アクティビスト」というそうだ。米CIIによる日本のコーポレートガバナンスに対する提案も参考になる。


どう動く米国マネー(中)統治改革に期待と疑念 粘り強い「物言う紳士」に人気

日経 2015/9/11

 公的年金や財団などが集うロビー団体、米機関投資家評議会(CII)の
ワシントン本部は、9月末に開く企業統治をテーマにした会議の準備に追われていた。
日本の企業統治についても議論する予定だという。
 4月の会議では企業統治に詳しい三井住友信託銀行の小森博司審議役が参加した。日本人をパネリストに招くのは30年の歴史で初めてだ。「会員の多くが日本株を増やしており、企業統治改革への関心は高い」と、CIIのエイミー・ボーラス暫定事務局長は語る。
 会員の運用資産は約300兆円に及び、影響力は大きい。「独立社外取締役は3分の2以上」「取締役会は15人以下に」。CIIは昨年、安倍晋三首相にこんな提言書を送った。改革が加速すれば株主価値の向上につながるとの思いからだ。
 外部の規律を強め、自己資本利益率(ROE)の向上につなげる――。官民を挙げての企業統治改革は海外勢が日本株を見直す大きなきっかけになった。もっとも全ての投資家が手放しで評価しているわけではない。
 「経営者の意識は変わっていないのではないか」。約14兆円を預かる米運用会社、GMOのポートフォリオ・マネジャー、トーマス・ローズ氏は今夏、投資家向け広報(IR)で同社を訪れた日本企業の説明を聞き、もどかしさを感じた。
 7~8月にローズ氏が面談した日本企業は50社を超える。確かにROEの目標を掲げる企業は増えたが、達成への方策を聞くと「従来と同じように増収頼みとの印象だった」(ローズ氏)。低採算事業からの撤退など、期待していた抜本策はあまり聞かれなかった。
 なお残る株式の持ち合いや買収防衛策、相次ぐ会計不祥事など、日本の企業統治が十分機能しているのか疑念は根強い。

 そんななか米国の長期投資家が頼る運用先がある。アクティビスト(物言う投資家)が手掛ける日本株ファンドだ。

 日経平均株価が大幅に下げた9月1日。米アクティビスト、アトランティック・インベストメント・マネジメントのアレクサンダー・ローパーズ社長は手応えを感じていた。同社の日本株ファンドに予定通り、富裕層などから新規のマネーが入ったからだ。
 「経営者を尊重し、建設的な対話を通じて日本企業に変化を促す」。2カ月前の7月8日、ニューヨーク・パレスホテルで開いた投資家向け説明会で、ローパーズ社長はこう訴えた。出席者は約50人と、前年の2倍以上に増えたという。
 アトランティックのように、地道に経営陣と対話を重ね経営改善を促すファンドは「ソフト・アクティビスト」や「ジェントル(紳士的な)・アクティビスト」と呼ばれる。株主提案や委任状争奪戦を通じ要求を突きつける劇場型のアクティビストと一線を画す。
 米長期投資家は日本企業の背中を押す存在としてこうしたファンドに期待する。かつての米スティール・パートナーズのように強圧的な態度だと抵抗にあうが、粘り強い対話で成果を上げる例が出ているためだ。
 「物言う紳士」の代表格、いちごアセットマネジメントの日本株ファンドの規模は前年の同時期に比べ約2倍の5500億円近くに膨らんだ。現在は新規顧客からの資金の受け入れを停止している。マネーの出し手には欧米の大学基金、財団などの名前が並ぶ。

 米国マネーを振り向かせることに成功した日本のガバナンス改革。企業の実行力が伴わなければ期待はあっという間にしぼんでしまう。本当に変われる企業はどこか。投資家はそれを厳しく見定めようとしている。

日本の遵法意識ーお天道様は見ている

ルース・ベネディクトの「菊と刀」は、大学1年生の時に読んだ。古臭いと思っていたが、なかなか当たっている。再来週、ある会社の役員コンプライアンス研修をするので、そのときに使わせてもらう。

お天道様は見ている

日経 大機小機 2015/9/11付

 日本人は順法意識よりも社会批判を重んじる。近頃の不祥事を見ても、組織が社会批判を浴びると慌てて沈静化を図るが、形式的な個人の違反と結論付け、組織責任を免れようとする。原因究明や徹底的な風土改革までは踏み込まず、批判が収まるとまた同じようなことを繰り返す。
 東芝では大規模かつ組織的な不適切会計を行っていたにもかかわらず、長期にわたり問題が発覚しなかった。ある程度の決算数値の操作はかまわないという誤解が、組織全体にまん延していたのではないか。
 東京オリンピックのエンブレムの著作権問題を巡る騒動も、理研のSTAP細胞騒動も本質的には同じ。素人目には盗用と思える無断引用、数値やデータの改ざん。ばれなければ多少は許されるとの慣行がどの業界にもあるのではないか。
 日本の証券市場では上場企業の決算にかかる情報が事前に関係者に伝わり、決算発表時には株価に反映済みのこともしばしば。インサイダー取引として罰せられるべき情報漏洩が黙認されている。経済社会全体に悪しき慣行が横たわっていると指摘せざるを得ない。
 日本の社会には、多少のルール違反は許されるという慣行がいまだ多い。とりわけ、業界ごとに存在する暗黙のルールへの批判に対しては、業界を挙げて抵抗する。批判の声が大きくなって初めて改善に動くが、そこに自己規律はない。
 ルース・ベネディクトは著書「菊と刀」で、西欧は宗教的倫理観に基づき自律的に善悪を判断する「罪の文化」であるのに対し、日本は内面的な倫理観ではなく他人の目が判断基準となる「恥の文化」だと指摘した。見られていなければ、悪事を働くことに抵抗が薄いという日本人論だ。とすると日本人の順法意識ではルールの整備や体制強化では効果がない。日常的に人の目を意識し、緊張感を保てる「お天道様は見ている」体制こそが最も効果的なガバナンスと思われる。
 社外役員などの議論も大切だが、組織の長にとって最良の「お天道様」は日常的に異論を突き付ける部下で、いわゆる番頭の存在だ。異論と向き合う風土づくりにはダイバーシティ(多様性)が欠かせない。イエスマンではない右腕を配することができるかが企業のガバナンスの在り方を左右する。
(小五郎)

2015年9月13日日曜日

ファナックがSR部を設置し、積極的に株主対策に乗り出す

IRにあまり熱心でなかったとされるファナックが、突然、SR(Shareholders Retations)部を設置し、やる気を見せたら株価が上がったという。下記は、日経ビジネス「ファナック、株主還元「最大80%」のナゼ」2015年4月28日の記事。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20150428/280509/
ゴールデンウィークを目前に控えた4月28日。富士山麓に朝早くから機関投資家やアナリストらが大挙した。もっとも、彼らの目的地は景勝地の忍野八海や山中湖ではなく、その近くにあるファナックの本社だ。前日27日に2015年3月期の決算を開示したファナックは2011年1月以来、実に4年3か月ぶりに投資家向け説明会を開いた。
説明会開催が決まってからの数週間、市場は「株主還元策が発信されるに違いない」と期待を強めてきた。そして27日、ファナックは「配当性向60%を基本方針とする」「今後5年間の平均総還元性向(配当と自己株取得の合計)80%の範囲内で、軌道的に自己株式を取得する」という株主還元の方針を開示した。28日の東京株式市場でファナックは大幅高になった。市場の期待以上だったと言えよう。

その後のファナックの株価は次の通り。4月28日が飛び出て一番高い。基本的に下降だが、少なくとも、短期的にはSR部の設置と4年3ヶ月ぶりの投資家向け説明会は、効果を発揮した。

「説明会」は、対話ではない。対話は双方向が原則。上記の記事によるとファナックは、4月から19社の株主に会ったとこのと。これは対話である。

コーポレートガバナンスコードでは、株主との対話に関して次のように言っている。
【株主との対話】
5. 上場会社は、その持続的な成長と中長期的な企業価値の向上に資する ため、株主総会の場以外においても、株主との間で建設的な対話を行う べきである。
経営陣幹部・取締役(社外取締役を含む)は、こうした対話を通じて 株主の声に耳を傾け、その関心・懸念に正当な関心を払うとともに、自 らの経営方針を株主に分かりやすい形で明確に説明しその理解を得る 努力を行い、株主を含むステークホルダーの立場に関するバランスのと れた理解と、そうした理解を踏まえた適切な対応に努めるべきである。 

ファナックの場合、上記のように、配当性向60%などを発表したことから、短期的に株価が上がったが、株主との対話は、中長期的な企業価値の向上が目的なので、短期的な株価上昇は関係ない。

ファナックは、SR部を設置したが、これはIRとは少し異なる。IR(Investor Relations)は、将来株主なる可能性のある潜在的な株主を含む。IRは「適正な株価形成」を活動の目的とするが、SRは「経営層への支持獲得」を目的とするということらしい。ファナックは、SRではなく、一歩進んでIR活動をしっかりやるべきという考えもある。

ただ、上記日経ビジネスの記事では、「投資家向け説明会」としていることから、必ずしも株主だけを対象として説明会を開催したのではないと考えられる。

もう一つ付け加えると、コーボレートガバナンスコードでは、「株主以外のステークホルダーとの適切な協働」(基本原則2)は謳われているが、潜在的株主を含む投資家との関係については、明確には記載されていない。スチュワードシップコードの方も、投資先と書かれており、これも株主としての活動について書いてある。

SRは昔から株主総会対策をやっていた総務の仕事、IRは経営企画、経理、広報の仕事ということで、担当する人のタイプが異なることが、活動内容にも反映する。SR活動とIR活動は融合すべきである、という話を先日、取締役協会の勉強会で聞いた。

潜在的な株主との対話は、中長期的な企業価値向上と適正な株価形成のために必要となる。




2015年9月8日火曜日

取締役会の評価規準

各取締役からの単なる意見を集計するのではなく、取締役会の評価を行うに当たっては、評価規準との比較することが必要となる。評価の規準としては、全米取締役協会の「Results of the NACD Blue Ribbon Commission on Board Evaluation: Improving Director Effectiveness」には、次のような質問が記載されている。

  • 現状の強みと弱みは何か?
  • 経営執行者、取締役会の各委員会、取締役会全体それぞれの役割を明確にするために何ができるか?
  • 取締役会が経営に口出ししすぎる、または指導監督が少なすぎることを避けるためにどうすればよいか?
  • 取締役は、会社のビジネス、財務、法務について、どの程度詳しくまたは能力経験がある必要があるのか?
  • 会社にはどんなリスクがあり、取締役会はそれをどのように評価し対応すればよいのか?
  • 最適な取締役会の構成・人数、委員会の利用方法、会議の頻度は?取締役への報酬レベルは?
  • 取締役会の活動に必要な資源(予算、人材など)は?
これは、参考にはなるが、少しまとまりがない質問になっていると思われる。


日本ガイシ前社長が禁固刑か?

日本ガイシが自動車向け排ガス浄化装置の販売について、米司法省から米独占禁止法違反(カルテル)の疑いで調査を受け、有罪を認めて罰金約6500万ドル(約78億円)を支払う司法取引に応じた、ことが報じられている(日経2015年9月4日)。これに関連して、日本ガイシの前社長(現在 相談役)は2002年から2007年まで、排ガス浄化装置を扱うセラミックス事業本部長を務めており、調査に非協力的だったこともあり、他の2名とともに免責されなかった模様とされている。
下記は、「化学業界の話題」というタイトルのブログであるが、カルテルに詳しい。
http://blog.knak.jp/2015/09/post-1597.html
日本人で禁固刑を受けたのは、今の所34名とのことであるが、それ以外の人も多く、起訴されているが、日本から出国しないと「海外逃亡」ということで、時効中断となるらしい。時効中断ということは、いつまでも国外に出れないということだろう。
いずれにしても、日本人の社長を含むホワイトカラーが、米国で禁固刑になるというのは異常事態である。会社のためにやったことだと考えられるが、そのために海外の刑務所に入るのは何とも情けない。禁固刑覚悟でやったことなら仕方ない。しかし、そういう法律が米国にあることを知らない社員も多いのではないか。
カルテルは絶対やってはいけないという社員教育はできているのか? それをはっきりさせずに社員にやらせていたのであれば、大きな問題。


2015年9月7日月曜日

東芝の過年度訂正、2000億円の虚偽記載

今日、提出された訂正有価証券報告書によれば、東芝の純資産額の過年度訂正額は次のとおりである。2013年3月期の訂正額が2102億円、2014年3月期は少し減って2063億円。今日の日経新聞では、税引き前損益への影響額を2009年3月期から2014年の第3四半期までを合計して、2248億円としている。ざっと2000億円の減額訂正となる。

純資産額(単位:百万円)

 
2010/3
2011/3
2012/3
2013/3
2014/3
訂正前
1,127,622
1,179,616
1,230,211
1,416,077
1,652,327
訂正後
1,034,865
1,103,224
1,083,858
1,205,823
1,445,994
差額
92,757
76,392
146,353
210,254
206,333

東証は、東芝を「特設注意市場銘柄」に指定する方針であり、証券取引等監視委員会は、課徴金を科すよう金融庁に勧告することになる。

そうなると、「不適切会計」ではなく、「2000億円の有価証券報告書の虚偽記載」として歴史に残ることになる。ちなみに、カネボウの粉飾額が約2000億円、オリンパスは1000億円であった。