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2015年9月30日水曜日

業績連動報酬:税制にこだわりすぎてはいけない。

コーポレートガバナンス・コードでは、

「経営陣の報酬については、中長期的な会社の業績や潜在的リスクを反映させ、 健全な企業家精神の発揮に資するようなインセンティブ付けを行うべきである。」 (原則4−2)「べきである」となっていることから、そうしない場合にはExplainが必要であると考えなければならない。

インセンティブの典型は業績連動報酬である。実は現状の税制上これが大きな課題になっている。昔、筆者が勉強した法人税法では、役員報酬は毎月定額である必要があり、特定の月に多く払うとそれは賞与と見なされ、損金(経費)算入ができなかった。

2006年ごろに下記の「現在」の税制に変わっているようであるが、事前に届け出るような業績連動はあり得ず、業績指標は利益だけというのも使い勝手が悪い。もっと問題なのは、業績連動を取締役一律で、人によって事業部の業績を反映した報酬によることもできない。(下図は日経新聞2015/9/25より)













国税庁のウェブサイトによると利益連動給与は「有価証券報告書に記載されるその事業年度の利益に関する指標を基礎とした客観的なもの」となっている。管理会計に基づく事業部売上高や利益は一般に指標にできないと読める(セグメント情報は有報に記載されるのでそれは使えるのかもしれない。何れにしても取締役別にきめ細かな指標の設定は無理)。またROEも指標にはできない(ただ、ROEは経営目標というよりその結果なので、これを役員報酬に反映することには議論はあると考えられる)。

要するに、使い勝手のよい業績連動報酬を設計しても、法人税計算上、損金(経費)にはならないということ。支払いたければ、もともと損金にはならない役員賞与として一時金を支払うか、年度途中で役員報酬を増額し、増額分は損金不算入として税務申告するかになる。

次年度の役員報酬に毎月同額を上乗せすれば、損金になるという方法はある。この場合は、業績とそれに対する報酬の事業年度がずれることから、もし次年度の業績が悪くなった場合、役員報酬が増額されるという不具合が起こる。

以上のことから、上図のとおり法人税法改正の要望がされている。ただ、業績連動報酬は損金になることに越したことはないが、損金にならないから業績連動報酬を採用しない、というのは本末転倒である。もし、これをExplainとして開示する会社がいれば失笑ものとなる。

役員賞与は、旧商法では、株主配当と同類の利益処分項目と考えられていた。いまでもそれをそのまま引きずっているのか、法人税法上は損金にはならない。税法改正の動向は見守る必要はあるが、より良い業績連動報酬の設計を行うべきである。

なお、法人税法の観点からは、役員報酬や役員賞与の支払いすぎにこだわるのはどうかと思う。法人税率が今後どんどん下がっていくのであれば、法人税で取るより個人所得税で取る方が賢明ではないか?

2015年9月29日火曜日

ROE経営と法人税



日経新聞の今日(2015年9月29日)の記事にトヨタ自動車の国際税務の実務家として知られた槙祐治氏(57)が常務役員に抜てきされたことが記事になっている。
http://www.nikkei.com/article/DGXLASM404H06_V10C15A9MM8000/
筆者は、ROEを経営指標にするのであれば、収益の拡大と費用(コスト)の削減だけでなく、法人税の節税を経営目標に掲げるべきであると従来から主張している。ROE=税引後の当期純利益/自己資本であるから、税金もコストとして削減する努力が必要。
日本の経営者は、「払うべき税金は払えばよい」または「払うしかない」と考えている節がある。また、CFOに指示しても「これはどうにもなりません」と言われたら「そうか」と答えるしかない。
グーグル、アマゾン、スターバックスの過度な国際的な節税が問題となり、OECDがBEPS(税源侵食と利益移転=Base Errosion and Profit Shifting)の対策に取り組んでいる。OECDのガイドラインがでたら、それに基づき、加盟国が各国の税制改正をするという手順になる。
「それ見たことか、無理なことをしたら結局そのうちできなくなる。当社はそんことに手を染めていないので安心です」と考えるのは早計である。
国際的な節税対策をやれることをやったのかというと、ほとんどの日本企業は不十分と考えてよい。よく聞く話は、「日本の税制上、グーグルのようなことはできません」ということである。
グーグルができるのであれば、米国子会社がやろうと思えばできるのではないのか?ヨーロッパの子会社はどうか? 海外で利益が出ていないのであれば、どうしようもないと考えるのも早計。
BEPSの”Profit Shifting”というのは、税率の低い国で利益がでるようなビジネスするということ。人の移動や場合によっては本社の移動も考える。知財センターをアイルランドに作る、というようなことも検討対象になる。
こうなると、CFOや税務担当部長では、対応できない。税金対策のために、事業部門を動かす必要が出てくる。日本企業の国際税務戦略ができていないのは、これができないからである。
トヨタはこれに気づいたのかもしれない。国際税務の専門家を常務にしたのはこのためであれば、「あっぱれ!」を3つ。
なお、OECDのBEPS対策ガイドラインは、法律ではなく、各国の税法改正が前提。いろいろな税制インセンティブで企業を呼び込む政策を取っている国が、簡単にこれに応じることはないと考えられる。


2015年9月24日木曜日

東芝の役員業績報酬

9月24日付の日経ビジネス「東芝トップの報酬は少なすぎる」によると、東芝の役員業績連動報酬は下記のとおり。
 「過去の社長の業績連動報酬を遡ってみる。2012年3月期は社長の佐々木則夫氏に700万円、2013年3月期は佐々木氏700万円、2014年3月期は佐々木氏500万円と2013年6月に社長に就任した田中氏に1700万円、2015年3月期は田中氏1000万円だった。中長期的に企業価値を高めるインセンティブとなる、株式報酬は採用していなかった。」
この記事では、総額で1億円ちょっとの報酬のほとんどが固定報酬だったとしている。年収2億円レベルが増えてきている現状で、日本を代表する企業トップの報酬にしては、総額は少ないというのが、この記事のタイトルの意味である。
この記事の論調では、東芝はもっと業績報酬を多くし、ストックオプションも支給したほうがよいということなのか。業績連動報酬を増やすと、社長はもっと頑張って粉飾するようになるとは考えられないか。エンロンはそうであった。粉飾して形だけの業績をあげれば、役員報酬が上がる。
プロの経営者ではなく、サラリーマン的な社長であれば、年功序列で給料が固定的なほうが合っている。東芝がそうであったとしたら、業績連動報酬は意味がない。また、サラリーマン的な社長であれば、業績連動報酬に関係なく、粉飾するときはする。
ルース・ベネディクトの「菊と刀」によれば、日本は「恥の文化」。「そんな決算は恥ずかしくて公表できない。」ということが、粉飾の原因と考えてもおかしくない。(社長は実際にそう言ったと第三者委員会報告書にある)
業績連動報酬より「恥」やその反対の「名誉」がインセンティブで日本の従来型経営者は動いてきたと見ると合点がいく。
そうなると、コーポレートガバナンス・コードで推奨している業績連動報酬を増やすことには、問題があると言わざると得ない。
卵か鶏かという話であるが、業績連動報酬の前にプロの経営者が社長にならなければならない。
とりあえずの結論:
プロの経営者=業績連動報酬は意味がある。
サラリーマン経営者=少なめの固定報酬で十分。業績連動報酬は無駄。
この結果、日経ビジネスの「東芝トップの報酬は少なすぎる」は誤りということになる。



2015年9月23日水曜日

報酬委員会の仕事

指名委員会等設置会社(旧称:委員会設置会社)における報酬委員会について、役員報酬のコンサル専門会社の社長から話を聞いた。
報酬委員会の仕事は下記のように法定されている。
  • 報酬委員会(404条3項)
    • 取締役および執行役の個人別の報酬内容、または報酬内容の決定に関する方針を決める。
    • 執行役が委員会設置会社の支配人その他の使用人を兼ねているときは、当該支配人その他の使用人の報酬等の内容についても決定する。
これを読むと、取締役と執行役全員の人事査定をして報酬を決めるのが仕事と理解できる。まあ、はっきり言って、社外取締役が過半数の会議体である報酬委員会が取締役と執行役の人事評価をする仕組みを構築して運用することは無理である。
報酬案を事務局が作成し、それを報酬委員会が追認するというのが、現状の日本における実態とのこと。

日本の取締役報酬で特徴的なのは、会長の報酬が社長より高い、ということ。これを合理的に説明することができるのであろうか。

結果として事務局案の承認をするとしても、報酬決定方針と取締役等の評価指標を報酬委員会で決めるべきである。理想的には、取締役、執行役(大体が兼務している)の上位3名の報酬を報酬委員会が決め、社長がそれ以外の取締役等の報酬を査定した結果を報酬委員会で承認するというのが米国でのベストプラクティスとのこと。

報酬決定方針を決めるのは容易ではない。たとえば、社長がオーナーであるような会社は、会社からの配当金が多額にあるので、役員報酬は一般に低い。他の取締役等はその社長より報酬が低くなってしまう。あるオーナー会社の議長の話では、社長はその点を理解しており、自分の報酬は業績報酬だけで固定報酬はゼロにしているとのこと。

あと、一つ勉強したのは、米国の指名委員会では社外取締役の指名を仕事としており、取締役の指名は、報酬委員会が行うとのこと。報酬査定をしておいて、その選解任に関わらないのは合理的でないという理由。わかりやすい。

ーポレートガバナンスコードでは、役員報酬の決定方針とその手続を決め、それを開示・公表することが求められている(原則3−1)。

もう一つ、役員報酬というと、税法改正案がある。コーポレートガバナンスコードでは、「健全な企業家精神の発揮にしするようなインセンティブ付け」(原則4-2)をすべきとしていることを受け、業績連動報酬の損金算入を検討中とのこと。こうなると、損金不算入の役員賞与との区別がつきにくくなるので、役員賞与も合理的な基準で支払うのであれば、損金にすればよい。


なお、東証1部、2部以外の上場会社には、コーポレートガバナンスコードのうち、基本原則だけが適用されることから、上記の原則3-1や4-1は適用されない。

2015年9月14日月曜日

「物言う紳士」による対話の時代が来た

地道に経営陣と対話を重ね経営改善を促すファンドは「ソフト・アクティビスト」や「ジェントル(紳士的な)・アクティビスト」というそうだ。米CIIによる日本のコーポレートガバナンスに対する提案も参考になる。


どう動く米国マネー(中)統治改革に期待と疑念 粘り強い「物言う紳士」に人気

日経 2015/9/11

 公的年金や財団などが集うロビー団体、米機関投資家評議会(CII)の
ワシントン本部は、9月末に開く企業統治をテーマにした会議の準備に追われていた。
日本の企業統治についても議論する予定だという。
 4月の会議では企業統治に詳しい三井住友信託銀行の小森博司審議役が参加した。日本人をパネリストに招くのは30年の歴史で初めてだ。「会員の多くが日本株を増やしており、企業統治改革への関心は高い」と、CIIのエイミー・ボーラス暫定事務局長は語る。
 会員の運用資産は約300兆円に及び、影響力は大きい。「独立社外取締役は3分の2以上」「取締役会は15人以下に」。CIIは昨年、安倍晋三首相にこんな提言書を送った。改革が加速すれば株主価値の向上につながるとの思いからだ。
 外部の規律を強め、自己資本利益率(ROE)の向上につなげる――。官民を挙げての企業統治改革は海外勢が日本株を見直す大きなきっかけになった。もっとも全ての投資家が手放しで評価しているわけではない。
 「経営者の意識は変わっていないのではないか」。約14兆円を預かる米運用会社、GMOのポートフォリオ・マネジャー、トーマス・ローズ氏は今夏、投資家向け広報(IR)で同社を訪れた日本企業の説明を聞き、もどかしさを感じた。
 7~8月にローズ氏が面談した日本企業は50社を超える。確かにROEの目標を掲げる企業は増えたが、達成への方策を聞くと「従来と同じように増収頼みとの印象だった」(ローズ氏)。低採算事業からの撤退など、期待していた抜本策はあまり聞かれなかった。
 なお残る株式の持ち合いや買収防衛策、相次ぐ会計不祥事など、日本の企業統治が十分機能しているのか疑念は根強い。

 そんななか米国の長期投資家が頼る運用先がある。アクティビスト(物言う投資家)が手掛ける日本株ファンドだ。

 日経平均株価が大幅に下げた9月1日。米アクティビスト、アトランティック・インベストメント・マネジメントのアレクサンダー・ローパーズ社長は手応えを感じていた。同社の日本株ファンドに予定通り、富裕層などから新規のマネーが入ったからだ。
 「経営者を尊重し、建設的な対話を通じて日本企業に変化を促す」。2カ月前の7月8日、ニューヨーク・パレスホテルで開いた投資家向け説明会で、ローパーズ社長はこう訴えた。出席者は約50人と、前年の2倍以上に増えたという。
 アトランティックのように、地道に経営陣と対話を重ね経営改善を促すファンドは「ソフト・アクティビスト」や「ジェントル(紳士的な)・アクティビスト」と呼ばれる。株主提案や委任状争奪戦を通じ要求を突きつける劇場型のアクティビストと一線を画す。
 米長期投資家は日本企業の背中を押す存在としてこうしたファンドに期待する。かつての米スティール・パートナーズのように強圧的な態度だと抵抗にあうが、粘り強い対話で成果を上げる例が出ているためだ。
 「物言う紳士」の代表格、いちごアセットマネジメントの日本株ファンドの規模は前年の同時期に比べ約2倍の5500億円近くに膨らんだ。現在は新規顧客からの資金の受け入れを停止している。マネーの出し手には欧米の大学基金、財団などの名前が並ぶ。

 米国マネーを振り向かせることに成功した日本のガバナンス改革。企業の実行力が伴わなければ期待はあっという間にしぼんでしまう。本当に変われる企業はどこか。投資家はそれを厳しく見定めようとしている。

日本の遵法意識ーお天道様は見ている

ルース・ベネディクトの「菊と刀」は、大学1年生の時に読んだ。古臭いと思っていたが、なかなか当たっている。再来週、ある会社の役員コンプライアンス研修をするので、そのときに使わせてもらう。

お天道様は見ている

日経 大機小機 2015/9/11付

 日本人は順法意識よりも社会批判を重んじる。近頃の不祥事を見ても、組織が社会批判を浴びると慌てて沈静化を図るが、形式的な個人の違反と結論付け、組織責任を免れようとする。原因究明や徹底的な風土改革までは踏み込まず、批判が収まるとまた同じようなことを繰り返す。
 東芝では大規模かつ組織的な不適切会計を行っていたにもかかわらず、長期にわたり問題が発覚しなかった。ある程度の決算数値の操作はかまわないという誤解が、組織全体にまん延していたのではないか。
 東京オリンピックのエンブレムの著作権問題を巡る騒動も、理研のSTAP細胞騒動も本質的には同じ。素人目には盗用と思える無断引用、数値やデータの改ざん。ばれなければ多少は許されるとの慣行がどの業界にもあるのではないか。
 日本の証券市場では上場企業の決算にかかる情報が事前に関係者に伝わり、決算発表時には株価に反映済みのこともしばしば。インサイダー取引として罰せられるべき情報漏洩が黙認されている。経済社会全体に悪しき慣行が横たわっていると指摘せざるを得ない。
 日本の社会には、多少のルール違反は許されるという慣行がいまだ多い。とりわけ、業界ごとに存在する暗黙のルールへの批判に対しては、業界を挙げて抵抗する。批判の声が大きくなって初めて改善に動くが、そこに自己規律はない。
 ルース・ベネディクトは著書「菊と刀」で、西欧は宗教的倫理観に基づき自律的に善悪を判断する「罪の文化」であるのに対し、日本は内面的な倫理観ではなく他人の目が判断基準となる「恥の文化」だと指摘した。見られていなければ、悪事を働くことに抵抗が薄いという日本人論だ。とすると日本人の順法意識ではルールの整備や体制強化では効果がない。日常的に人の目を意識し、緊張感を保てる「お天道様は見ている」体制こそが最も効果的なガバナンスと思われる。
 社外役員などの議論も大切だが、組織の長にとって最良の「お天道様」は日常的に異論を突き付ける部下で、いわゆる番頭の存在だ。異論と向き合う風土づくりにはダイバーシティ(多様性)が欠かせない。イエスマンではない右腕を配することができるかが企業のガバナンスの在り方を左右する。
(小五郎)

2015年9月13日日曜日

ファナックがSR部を設置し、積極的に株主対策に乗り出す

IRにあまり熱心でなかったとされるファナックが、突然、SR(Shareholders Retations)部を設置し、やる気を見せたら株価が上がったという。下記は、日経ビジネス「ファナック、株主還元「最大80%」のナゼ」2015年4月28日の記事。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20150428/280509/
ゴールデンウィークを目前に控えた4月28日。富士山麓に朝早くから機関投資家やアナリストらが大挙した。もっとも、彼らの目的地は景勝地の忍野八海や山中湖ではなく、その近くにあるファナックの本社だ。前日27日に2015年3月期の決算を開示したファナックは2011年1月以来、実に4年3か月ぶりに投資家向け説明会を開いた。
説明会開催が決まってからの数週間、市場は「株主還元策が発信されるに違いない」と期待を強めてきた。そして27日、ファナックは「配当性向60%を基本方針とする」「今後5年間の平均総還元性向(配当と自己株取得の合計)80%の範囲内で、軌道的に自己株式を取得する」という株主還元の方針を開示した。28日の東京株式市場でファナックは大幅高になった。市場の期待以上だったと言えよう。

その後のファナックの株価は次の通り。4月28日が飛び出て一番高い。基本的に下降だが、少なくとも、短期的にはSR部の設置と4年3ヶ月ぶりの投資家向け説明会は、効果を発揮した。

「説明会」は、対話ではない。対話は双方向が原則。上記の記事によるとファナックは、4月から19社の株主に会ったとこのと。これは対話である。

コーポレートガバナンスコードでは、株主との対話に関して次のように言っている。
【株主との対話】
5. 上場会社は、その持続的な成長と中長期的な企業価値の向上に資する ため、株主総会の場以外においても、株主との間で建設的な対話を行う べきである。
経営陣幹部・取締役(社外取締役を含む)は、こうした対話を通じて 株主の声に耳を傾け、その関心・懸念に正当な関心を払うとともに、自 らの経営方針を株主に分かりやすい形で明確に説明しその理解を得る 努力を行い、株主を含むステークホルダーの立場に関するバランスのと れた理解と、そうした理解を踏まえた適切な対応に努めるべきである。 

ファナックの場合、上記のように、配当性向60%などを発表したことから、短期的に株価が上がったが、株主との対話は、中長期的な企業価値の向上が目的なので、短期的な株価上昇は関係ない。

ファナックは、SR部を設置したが、これはIRとは少し異なる。IR(Investor Relations)は、将来株主なる可能性のある潜在的な株主を含む。IRは「適正な株価形成」を活動の目的とするが、SRは「経営層への支持獲得」を目的とするということらしい。ファナックは、SRではなく、一歩進んでIR活動をしっかりやるべきという考えもある。

ただ、上記日経ビジネスの記事では、「投資家向け説明会」としていることから、必ずしも株主だけを対象として説明会を開催したのではないと考えられる。

もう一つ付け加えると、コーボレートガバナンスコードでは、「株主以外のステークホルダーとの適切な協働」(基本原則2)は謳われているが、潜在的株主を含む投資家との関係については、明確には記載されていない。スチュワードシップコードの方も、投資先と書かれており、これも株主としての活動について書いてある。

SRは昔から株主総会対策をやっていた総務の仕事、IRは経営企画、経理、広報の仕事ということで、担当する人のタイプが異なることが、活動内容にも反映する。SR活動とIR活動は融合すべきである、という話を先日、取締役協会の勉強会で聞いた。

潜在的な株主との対話は、中長期的な企業価値向上と適正な株価形成のために必要となる。




2015年9月8日火曜日

取締役会の評価規準

各取締役からの単なる意見を集計するのではなく、取締役会の評価を行うに当たっては、評価規準との比較することが必要となる。評価の規準としては、全米取締役協会の「Results of the NACD Blue Ribbon Commission on Board Evaluation: Improving Director Effectiveness」には、次のような質問が記載されている。

  • 現状の強みと弱みは何か?
  • 経営執行者、取締役会の各委員会、取締役会全体それぞれの役割を明確にするために何ができるか?
  • 取締役会が経営に口出ししすぎる、または指導監督が少なすぎることを避けるためにどうすればよいか?
  • 取締役は、会社のビジネス、財務、法務について、どの程度詳しくまたは能力経験がある必要があるのか?
  • 会社にはどんなリスクがあり、取締役会はそれをどのように評価し対応すればよいのか?
  • 最適な取締役会の構成・人数、委員会の利用方法、会議の頻度は?取締役への報酬レベルは?
  • 取締役会の活動に必要な資源(予算、人材など)は?
これは、参考にはなるが、少しまとまりがない質問になっていると思われる。


日本ガイシ前社長が禁固刑か?

日本ガイシが自動車向け排ガス浄化装置の販売について、米司法省から米独占禁止法違反(カルテル)の疑いで調査を受け、有罪を認めて罰金約6500万ドル(約78億円)を支払う司法取引に応じた、ことが報じられている(日経2015年9月4日)。これに関連して、日本ガイシの前社長(現在 相談役)は2002年から2007年まで、排ガス浄化装置を扱うセラミックス事業本部長を務めており、調査に非協力的だったこともあり、他の2名とともに免責されなかった模様とされている。
下記は、「化学業界の話題」というタイトルのブログであるが、カルテルに詳しい。
http://blog.knak.jp/2015/09/post-1597.html
日本人で禁固刑を受けたのは、今の所34名とのことであるが、それ以外の人も多く、起訴されているが、日本から出国しないと「海外逃亡」ということで、時効中断となるらしい。時効中断ということは、いつまでも国外に出れないということだろう。
いずれにしても、日本人の社長を含むホワイトカラーが、米国で禁固刑になるというのは異常事態である。会社のためにやったことだと考えられるが、そのために海外の刑務所に入るのは何とも情けない。禁固刑覚悟でやったことなら仕方ない。しかし、そういう法律が米国にあることを知らない社員も多いのではないか。
カルテルは絶対やってはいけないという社員教育はできているのか? それをはっきりさせずに社員にやらせていたのであれば、大きな問題。


2015年9月7日月曜日

東芝の過年度訂正、2000億円の虚偽記載

今日、提出された訂正有価証券報告書によれば、東芝の純資産額の過年度訂正額は次のとおりである。2013年3月期の訂正額が2102億円、2014年3月期は少し減って2063億円。今日の日経新聞では、税引き前損益への影響額を2009年3月期から2014年の第3四半期までを合計して、2248億円としている。ざっと2000億円の減額訂正となる。

純資産額(単位:百万円)

 
2010/3
2011/3
2012/3
2013/3
2014/3
訂正前
1,127,622
1,179,616
1,230,211
1,416,077
1,652,327
訂正後
1,034,865
1,103,224
1,083,858
1,205,823
1,445,994
差額
92,757
76,392
146,353
210,254
206,333

東証は、東芝を「特設注意市場銘柄」に指定する方針であり、証券取引等監視委員会は、課徴金を科すよう金融庁に勧告することになる。

そうなると、「不適切会計」ではなく、「2000億円の有価証券報告書の虚偽記載」として歴史に残ることになる。ちなみに、カネボウの粉飾額が約2000億円、オリンパスは1000億円であった。

東芝の訂正内部統制報告書

東芝の訂正有価証券報告書が提出された。同時に訂正内部統制報告書も提出された。内部統制の経営者(会社)による評価結果は下記のとおりである。内部統制府令第1号様式記載上の留意事項(8)によれば、下記を記載することになっている。

「c 開示すべき重要な不備があり、財務報告に係る内部統制は有効でない旨並びにその開示すべき重要な不備の内容及びそれが事業年度の末日までに是正されなかった理由」

2015年3月期については、不適切な会計処理が顕在化した後に「内部統制が有効でない」という報告書を出している。今回、新聞情報では、2009年3月期から2014年3月期までの財務諸表を訂正している。2014年3月期以前に提出済みの内部統制報告書では、「内部統制は有効」としていることから、内部統制報告書も「有効でない」に訂正された。

財務諸表の過年度訂正が行われると、内部統制報告書も「有効」から「有効でない」に訂正されるのが通例となっている。内部統制報告制度は、一種のリスク情報提供のための制度であるから、本来、財務諸表の訂正が事前予知できないと意味がない。

地震が起こった後、「あの時、地震予知すべきでした」というのと同じである。今頃言われても手遅れである。


東芝の内部統制報告書(平成27年3月期)

3【評価結果に関する事項】

下記に記載した財務報告に係る内部統制の不備は、財務報告に重要な影響を及ぼすことになり、開示すべき重要な不備に該当すると判断しました。したがって、2015年3月31日現在の財務報告に係る内部統制は有効でないと判断しました。


当社が過去に行った工事進行基準案件に係る会計処理について、2015年4月3日に特別調査委員会を設置して事実関係の調査を行いました。その結果を受けて、同年5月15日に当社と利害関係を有しない中立・公正な外部専門家から構成される第三者委員会に委嘱し、上記の会計処理に加えて、映像事業における経費計上に係る会計処理、半導体事業における在庫評価に係る会計処理、さらにパソコン事業における部品取引等に係る会計処理について調査を行いました。
これらの調査結果に加え、独自の社内調査も踏まえ、当社において過去数年間にわたって利益の先取りや費用の先送り等不適切な会計処理が継続されていたことが判明いたしました。
また、本件に対する当社の対応として、2010年3月期以降の決算を訂正し、2010年3月期から2014年3月期までの有価証券報告書、及び2011年3月期第1四半期から2015年3月期第3四半期までの四半期報告書について訂正報告書を提出いたしました。
本件については、当社経営トップらによる目標必達のプレッシャー、上司の意向に逆らうことができない企業風土、経営者における適切な会計処理に向けての意識の欠如などの複合的な要因があいまって、意図的な利益の嵩上げのために各カンパニーにおける内部統制、及び単体決算や連結決算に関する内部統制が無効化され、当社の会計処理基準が適切に運用されていなかったことにより発生したものであります。
このため、取締役会、監査委員会といったガバナンスの観点から監視・監督を行うべき機関における内部統制が有効に機能しておらず、また、コーポレートの財務部、経営監査部並びにリスクマネジメント部等の各部門の内部統制も適切に機能しておらず、内部通報制度も実質的に機能していませんでした。
このような財務報告に係る内部統制の不備は、財務報告に重要な影響を及ぼしており、全社的な内部統制、決算・財務報告プロセスに関する内部統制の不備は開示すべき重要な不備に該当すると判断いたしました。
上記事実の特定は当事業年度末日以降となったため、当該開示すべき重要な不備を当事業年度末日までに是正することができませんでした。なお、上記の開示すべき重要な不備に起因する必要な修正事項は、適正に修正しております。
当社といたしましては、財務報告に係る内部統制の重要性を認識しており、開示すべき重要な不備を是正するために、第三者委員会からの提言を踏まえて、今後の経営体制、ガバナンス体制、再発防止策等を着実に実施していくために経営刷新委員会を設置いたしました。この委員会を中心に上記不備を是正し、新体制のもとで再発防止策を講じ、適切な内部統制を整備・運用してまいります。
財務報告に係る内部統制の重要な不備を是正するための措置を以下のように考えております。
1.ガバナンス改革
(1)取締役会の構成・機能強化
(2)監査委員会の監査機能の強化
(3)指名委員会の強化・指名手続の透明性確保
(4)中長期的な観点からの報酬設計の検討
2.企業風土改革
(1)予算統制見直し
(2)意識改革・コンプライアンス強化
(3)会計コンプライアンス教育の実施
3.内部統制機能強化
(1)財務部門の組織改革
(2)内部通報制度改革
(3)業務プロセス改革

上記是正措置の一部として、取締役会の人員構成の見直し等の対応策については既に実行に着手しております。

2015年9月4日金曜日

日本航空再生の中身

日本航空の再生の話を聞いた。
2010年1月に会社更生法を申請し、2012年9月に東証1部に再上場している。
更生法申請時は9500億円の債務超過だった。
再生のためには、外科手術(事業構造の改革)と内科手術(内面的な構造改革)の両方を行った。
外科手術としては、16000人削減、給与平均20%カット、企業年金現役50%カット、OB30%カット、不採算路線からの撤退(2/3の事業規模にする)など。
内科手術は、意識改革と部門別採算制度の導入。これを実施しないと、短期的に再生できても、また元に戻る。
意識改革は、「変われ」ではなく、「変わる」教育を実施。特に管理職、リーダーの意識改革を重視した。若手は意欲を持って変わるが、管理職が変わらないと元の黙阿弥になる。幸い、顧客に接する社員が多いことから、顧客からの叱責や励ましが大きな力になった。
部門別採算制度は、稲盛流。各路線の採算管理に1名ずつ張り付くイメージ。この人員増強もした。経理人員は、破綻前の2倍にした。破綻前は、月次決算が2ヶ月後であった。
ただ、破綻後に実施したことは、破綻前に考えていたこと以外は実施していない。破綻前には真剣にやってこなかっただけであった。
安全管理面では、非懲戒方針を強化した。エラーやヒヤリハットをオープンにする職場風土を作るため、2007年にヒューマンエラーに関わる非懲戒方針を導入している。

2015年9月2日水曜日

東芝、最悪のシナリオ

東芝は、延長期限の8月31日までに有価証券報告書が提出できなかった。これは決算と監査作業が終わらないというのが理由と報道されている。提出期限を、来週月曜日の9月7日に再延長した。現実になってほしくないが、リスクマネジメントを長年やっていると最悪のシナリオを考えてしまう。

最悪のシナリオは、有価証券報告書提出の再々延長である。

たとえば、同じ新日本監査法人が監査していたNECの場合は、米国上場していた当時、SOXの報告書を一度も出せなかった。米国基準の場合は、米国EYの意見が優先する。それから想像すると米国子会社の監査人としてのEYではなく、米国基準であるSOXの品質管理を仕切るEYSOX監査意見を出せないと結論付けたと考えられる。

NECSOXの報告書を一度も出さずに、米国上場廃止にした。監査人はその後あずさに変更。その間(たしか23年間)、新日本監査法人は、有報に適正意見を出し続けていた。NECの場合も、問題になったのは工事進行基準の内部統制と言われている。SOXの監査意見が出ないような内部統制上の問題があったにも関わらず、有報の財務諸表への監査意見が出たのは、理解を超える。(日本基準と米国基準は違うというのが、おそらくその理由)

いずれにしてもNECの場合は、内部統制の話だが、東芝は決算そのものが問題になっている。NECの場合と異なり、有価証券報告書の監査なので、米国EYは米国子会社の監査だけを仕切っているだけと見るのは早計である。東芝の会計処理基準は米国基準である。

東芝は、米国上場していないため、SEC基準ではない米国基準。このため少し判断が緩いと考えることができる。とは言っても、日本基準ではないことから、またもや米国EYの意見が反映されることは間違いない。

内部統制の場合は、重要な欠陥がないようにするためには、組織、システム、業務マニュアルの変更が伴うことから、いつまでも対応できないということがあり得る。しかし、財務諸表監査は、よっぼどのことがなければ、時間をかければ監査は終わる。しかし、東芝の場合は、その時間が大きな問題になる。

そうなると、東芝の有価証券報告書の提出が再々延長になるというのが、最悪のシナリオになる。

2015年9月1日火曜日

コーポレート・ガバナンス・コードで求められる取締役会の評価

取締役会の評価が求められている
 コーポレート・ガバナンス・コードの中で、私が特に注目しているのは、取締役会の評価です。新聞紙上などでは、東証1部と2部の上場会社は、独立社外取締役を2名以上選任する必要があることが強調されています。
 これは一つの形式基準であり、これをクリアしたからといって、実際に取締役会が適切に運営されるかについての保証はありません。実際、不適切な経理事件を起こした東芝では、指名委員会等設置会社として社外取締役が4名いたにも関わらず、取締役会が機能しなかったことが指摘されています。
 いろいろな原則がコーポレート・ガバナンス・コードに定められていますが、それらがうまく達成できたかについては、誰がチェックするのでしょうか? 
 マネジメントサイクルや内部統制で重要なことはPDCAです。最初はやる気になってPlanDoをしたとしても、うまくできていたかをCheck(評価)をしないと長続きしません。
 そこで、コーポレート・ガバナンス・コードでは、「原則4-11 取締役会・監査役会の実効性確保のための前提条件」の最後に「取締役会は、取締役会全体としての実効性に関する分析・評価を行うことなどにより、その機能の向上を図るべきである。」としているのです。
 これは取締役会の評価を規定した原則です。日本のコーポレート・ガバナンス・コードのお手本になった英国のコーポレート・ガバナンス・コードでは、「基本原則B.6 評価」として独立した原則となっており、取締役会の評価を求めています。
 特に、FTSE350に含まれる上場会社については3年に一度、外部専門家による評価が求められています。これらの会社には、外部評価者との利害関係がないことを示すため、誰に評価してもらったについての開示も求められています。
 日本のコーポレート・ガバナンス・コードでは、ひっそりと基本原則4の最後に記載されていますが、取締役会の評価は、上場企業が毎年実施する必要のある重要な活動なのです。
 なお、ニューヨーク証券取引所(NYSE)の上場規程でも、取締役会のパフォーマンス評価を毎年実施することが規定されています。米国の場合は、コンプライ・オア・エクスプレインの考え方はなく、上場規程として規則化されています。

評価対象は3つ
 それでは、どのように取締役会の評価をしたらよいのでしょうか? 日本でもコーポレート・ガバナンス・コードにおいて、上記のように規定された以上、何らかの対応をすることが必要になります。
 まず、取締役会といっても、何を対象に評価をしたらよいのでしょうか? 日本のコーポレート・ガバナンス・コードでは、「取締役会全体としての実効性に関する分析・評価を行うことなど」(原則4-11)としていることから、取締役会全体を評価の対象とすることを求めているように解釈できます。
 一方、英国のコーポレート・ガバナンス・コードでは、アニュアルレポートにおいて、次の3つの評価の実施状況についての開示が求められています。
・取締役会全体
・委員会
個々の取締役
 日本のコーポレート・ガバナンス・コードにおいては、委員会と個々の取締役の評価は「分析・評価を行うことなど」の「など」に含まれると考えることができます。コーポレート・ガバナンス・コードを初めて導入する日本では、まずは取締役会全体の評価からやってください、ということと考えられます。

取締役会評価規程を作る必要があります
 評価の対象は、取締役会全体とするとしても、次に、評価の目線をどうするかを決めることが必要です。これについては、全米取締役協会から「Director Professionalism」というタイトルの報告書が参考になります。そこには取締役会の自己評価についての6つの条件が記述されています。これらは、取締役会評価規程に盛り込む内容と考えて良いでしょう。 
 「業務執行からの独立性」、「評価のプロセスと目標の決定」、「企業に合った自己評価の設計」、「虚心坦懐・機密保持・信頼性の確保」、「定期的な自己評価プロセスのチェック」、「自己評価の手続と規準の開示」がその6つです。
 評価は、経営執行者から独立して実施する必要があります。評価のやり方やその目的を決め、自社に合ったやり方を設計しなければなりません。評価は、虚心坦懐に行い、評価結果の機密保持に留意し、例えば外部専門家のアドバイスも受けて信頼性を確保することも大事です。評価プロセスにもPDCAが必要になりますので、それをどのようにCheck(評価)するのかについても検討しておく必要があります。最後に、これらの内容の開示を行うということも大事です。

取締役会全体の評価項目
 前述の全米取締役協会の報告書の巻末資料には、次のような評価項目の例が掲載されています。これを参考に自社に合った評価項目を設定して下さい。
  1. 取締役会の役割と議題の設定
  2. 取締役会の人数・構成・独立性
  3. 取締役への研修
  4. 取締役会のリーダーシップ、チームワーク、業務執行者との関係
  5. 取締役会(委員会)の会議の内容と必要な情報
  6. 取締役と取締役会の評価・報酬・自社株保有
  7. 業務執行者の評価・報酬・自社株保有
  8. 後継者計画
  9. 企業倫理・法令遵守
  10. 利害関係者との関係
取締役会の評価方法と評価結果の開示
 コーポレート・ガバナンス・コードでは、「補充原則4-11③ 取締役会は、毎年、各取締役の自己評価なども参考にしつつ、取締役会全体 の実効性について分析・評価を行い、その結果の概要を開示すべきである。 」としており、評価結果の概要を開示することも求められています。
 米国や英国では、評価方法の開示も求めています。日本の上場会社も評価の方針や方法についても開示することが望まれます。
 日本の会社でもすでにTDK、第一生命、オリンパス、花王などが、取締役会の評価結果を開示しています。これらは各社のウェブサイトで見ることができます。

おわりに

 コーポレート・ガバナンスは、その「形」の議論から入ると、監査役設置、監査等委員会設置、指名委員会等設置のどれが良いかや、独立社外取締役は何名必要かなどの議論になります。しかし、良いコーポレート・ガバナンスのポイントはその運営です。取締役会の運営を継続的に改善していくPDCAを組み込むことが必要です。そのために、取締役会の評価が重要な役割を果たします。